第47話 俺の隣の席にやってきた噂のS級美少女がクマだって俺だけが知っている

 俺は今見たもの、そして感じたことに戸惑う。


 クマが……かわいい?


 いや、これは別におかしなことじゃない。

 クマを見てかわいいと思う感性は普通なはず。

 だってモフモフに見えるしな。


 ……でも、野放しのクマに会ったら怖いと思うのも普通だ。

 じゃあ、なんで『怖い』よりも『かわいい』が今、先にぱっと頭に浮かんだんだ、俺……?


「……どうしたの?」


 クマが小首を傾げてきた。

 あれ? その仕草すらもかわいくなってきてない?

 ……興奮してきたな。

 ……俺、なんか始まっちゃったか?

 獣の性癖に目覚めてしもうた……?


「いや、待って?」


 俺はクマに片手を差し出して、制した。

 いったん落ち着こう……。

 今、クマに近寄られるとかわいすぎる……!


 ……まあ、待て。

 クマをかわいいと思えるのは、そのクマが決して危害を加えないとわかっている状況においてのみ、だ。たぶん。

 例えば、動物園のクマや画像の中のクマの親子。

 これはかわいいって思える。

 物語やマンガの中のクマも大体かわいい。

 でも、柵も檻もない、むき出しの状態でクマの親子に会ったら?

 母クマにめっちゃ殺される未来しか想像できなくて震える。

 母クマは、会う者みんな絶対殺すマンだっていうからな……。

 他にも、クマに襲われて食われるまでを綴った大学生の走り書きの手記なんか読んだ時は、クマやべえ……しつこ……としか言いようがない。

 そんな風に、自分の身に脅威が及ぶかも? と想像してしまうクマには怖いという感情が先に来る。

 うん、そうだな。そういうことだろう。

 ……じゃあ、こいつを見て、怖いではなくかわいいが先行してしまった、俺って……?

 このクマが俺の脅威だと思えない、ていうか思えなくなったってことか?

 ベアトリクスは俺に危害を加えるようなクマじゃない、という謎の信頼感。

 でも、実感だ。

 小さな頃から育てて一緒に過ごしてきたクマを野に放した後、久しぶりに再会しても全然恐怖を感じない、むしろ家族と再会できて嬉しい! みたいな。


「猟平……こっちを見て?」


 クマが真正面に迫ってきた。


「……避けられたら悲しいよ」

「べ、別に避けたりはしてな……」


 いや、これまでクマ怖いって散々避けてたかもしれないけど。

 でも、今は。


「その……嫌だとかじゃなくて……そんなにじっと見られると……」

「?」

 

 好きな相手に見られてたら気になっちゃうってわかるだろうに。

 ……て、好きな相手?

 俺、自然になに考えてるんだ?

 ……思えば、クマはいつも俺を見ていた気がする。

 いろんな場面でいろんなとき、俺をじっと見ていてくれた。

 俺の今回のオラつき具合もそうだ。

 クラスの皆や他の連中が、見てもスルーか気付かないままだったのに。

 クマだけは俺の態度に気付き、そしてある意味受け止めてくれた。

 これって、俺のことを本当に見ているからこそできることなんじゃないか?

 俺のことを……大切なエサとして常日頃から見張っていてくれたからこそ……!

 俺がクマのこと、俺を狙う捕食者だと常日頃見張っていたのと同じような真剣さで向き合ってくれてたわけだ。

 食うものと食われるもの。

 お互い、真摯に向き合い続けてきたからこそ生まれた理解……!

 そして、今。

 俺はクマのことをかわいいと感じてしまうくらい信頼してしまっている……。


「……あのさ。俺、お前のこと嫌いなんかじゃないよ」

「! ……そう。よかった!」

「むしろ好き。かわいいし」

「……え」


 俺の何気ない言葉。

 それにクマは一瞬反応が遅れた。そして、


「え、それって……」


 顔が真っ赤に変色。

 と、今度は俺が絶句する番になる。


「あ!?」


 俺の目の前で、クマがクマではなくなっていた。

 栗色の髪のクールな美少女、ベアトリクスの姿になっている。

 しかも、その氷のような白い肌が真っ赤になっていくじゃないか。


「……! ……!」


 無言で、顔を真っ赤にしたベアトリクスが身をよじり続ける。

 両手を頬に当て、顔を隠すかのよう。

 綺麗なうえに、こんな……!

 俺は呻く。


 クマがまた美少女に見え始めた……!

 やっとクマのこと、怖いじゃなくてかわいいって思えるようになってきたのに。

 それが、こんな綺麗でスラっとした女の子になっちゃったら……。

 今度はその綺麗さの所為でまともに接することができなくなってしまう……!

 美少女を前に、心臓バクバクですげえ緊張する。


「これだったら……」


 俺は呻き声交じりに漏らした。


「……お前、クマのままの方がよかったのに」

「……え?」


 俺の呟きにベアトリクスが引っかかり、きょとんとした目で見てくる。


「クマ……? どういう意味?」

「あ、いや……」


 今のクマ、というかベアトリクスはとにかく綺麗で、それが行き過ぎてみんなを委縮させるくらいのオーラがある。

 そういう存在に対して、どこか遠慮したり壁を作ってしまう人もいるだろう。


 でも……と、俺は思い直す。

 人は見た目じゃない、もんな。

 これまで、ずっと彼女のことを見続けてきたのだ。

 それくらいはわかる。

 たとえ、ベアトリクスがどんなにクールで取り澄ました超絶美少女に見えたとしても……。


「でも、大丈夫だぞ」

「? なにが?」

「お前がホントはかわいいクマだってこと、俺だけは知ってるからな」


 俺は不思議そうな顔したベアトリクスにそう告げた。

 と、その瞬間、屋上に虹がかかった。

 雨も降ってないのに。

 でも、そう感じたのだ。

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俺の隣の席にやってきた噂のS級美少女転校生がどう見てもS級危険生物なんだが 浅草文芸堂 @asakusabungeidou

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