第46話 クマVSヤクザ(俺)

 あまりの絶望にヤクザと化した悲しき獣、俺。

 だが、そんな俺を周りの皆は温かく受け入れてくれた。

 具体的に言うと、まるで反応してくれず普段通りに接してくれやがった。

 ……ちょっとは「どうした!?」とか「悩み聞こか?」とか気にしてくれても良くない!?

 オラついてるのに総スルーされるって、逆にキツいんだが。


 だが、そんなヤクザ化した俺のことをただ1人気付いてくれたのはクマだった。


「屋上へ行こうぜ……? 久々に……」


 そんな風に(意訳)クマに呼び出されたヤクザである俺。

 これからどうなっちゃうの~?

 と、ドキドキワクワクしながら(ほんとはしてないけど)、クマからの話とやらを聞きに行くと、


『りょうへい かっこわるい』


 普通にディスられた。


「ああん!?」


 俺は鳴き声で威嚇したが、クマに見据えられてすぐ俯いた。

 放課後、学校の屋上への呼び出し。

 こんなの普通、ヤンキーの喧嘩か告白かしかない状況だ。

 だが、俺の場合は呼び出してきた相手がクマだということを忘れちゃならねえ。

 放課後、学校の屋上、クマと2人きり。

 となればこの状況、逃げ場を封じられた餌場に他ならない。


 なんで俺、ほいほいクマに呼び出されて来ちゃってんだよ、こんなとこ。


「……な、なんだよ……? 俺のどこが格好悪いってんだよ……?」


 それでも俺は精一杯肩をいからせ、グラサン越しにクマを睨みつける。

 顎を突き出し、挑発的なポーズ。

 マンガとかでよく見るチンピラに成り切った。


『そのかっこう かっこわるい』

「シンプルな悪口」

『そんなかっこうする しんぱいしてほしいから わざと あぴーる』

「ぐぬ……お、俺がかまってちゃんだって言いたいのか……?」

『りょうへい はなし きいてほしい でも いわない ひとから きかれたい それ かっこうわるい』

「……俺の中になにか吐き出したいことがあるなら、自分から口に出して言えって言いたいのか? ……誰かに察してほしいとか、慰めてほしいとか……自分で言えって?」


 言えるか……っ!

 そんな恥ずかしいこと……っ!

 ずっと好きだった幼馴染がとっくの昔に他の誰かと付き合ってて、そのくせ好きだって言う割にはそんなことにも気付いてなかった俺です、と打ち明けろと?

 ……言わなくても、気付いてくれよ、それくらい。傷ついてるの、かわいそうだろ?


『こどもっぽい』


 ……畜生!

 拗ねて不貞腐れてて、それでも「どうしたの?」って聞いてきてくれるのは優しいママくらいってことか。

 小さな子供じゃあるまいし。

 もう高校生の俺が不貞腐れてみせても、周囲の連中はママでもないただの他人……!

 構ったくれなくても当然というもの……!

 でも、友達甲斐が無さすぎないか?

 いや……むしろ友達だからこそ、わざと触れないようにしてくれてるのか……?

 そこら辺はどうなんだかよくわからない。


 と、クマがノートに書きこんだ文字をグイっと押し付けてきた。


『ちゃんと はなす する』

「話せって……? いや、そういえば、むしろお前こそちゃんと話せよ!? お前、この前、筆談しなくても普通に喋れてた……」

『りょうへい わたし あんなこと した だから? だから きずついた?』

「え」


 俺はクマに見つめられ、小さく言葉を漏らす。

 クマが言ってるのはあれか。

 俺が、これからも一緒にいたい、と告白まがいのこと言ってしまって。

 そしたらクマも一緒にいたいって。

 で、キスをした、あれ。


「べ、別にそういう訳じゃ……」


 だが、あれがきっかけで俺は小兎に告白しようとし、小兎はとっくに幸せになっていたんだと気付いた。

 クマとのキスが無かったら……俺はまだ夢から覚めずにふわふわしてたかもしれない。


『じゃあ なに? ? ?』

「なにって……」


 小兎が他の男と付き合ってたのが辛いからヤクザになってオラついてました。

 これを改めて口に出して言うの、やっぱりみっともないよな……?


「……俺、小兎のこと、好きだったんだよ」


 クマの目から稲妻のような光が発せられたような気がした。

 クマ、……すっ、と前傾姿勢に移行する。

 構えられる前腕、その先に伸びるかぎ爪。


「あ゛?」


 クマ、やっぱり喋れるんやないか!


「……でも、小兎にはもうとっくに好きな相手がいて、そいつと付き合ってて……俺はそんなこと知りもしなかった、なんにも見えてないバカだったって初めて気づいた」


 クマの目から不穏な光は消えない。


「……で、自分のバカさ加減にムカついて……それを周囲に当たり散らしたくてこんな格好してオラついてた。そういうことだ」

「私てっきり……私とキスしたのが嫌だったからそんな風に荒れてるのかと……」


 クマはどことなくおかしなアクセントながら、透き通るような声でそう言った。

 そして、クマは再び俺を真正面から見据えてくる。


「……じゃあ……私のこと、嫌いじゃない……の?」


 そう問われて、俺は一瞬、言葉に詰まる。

 ここで嫌いって言ったら……俺食べられちゃうの?

 だが、言葉に詰まったのはそう言いそうになるのを飲み込んだからではなく。

 思わぬ真実を突きつけられたからだ。

 俺はクマのこと……怖い。

 近くにいたら逃げたくなるし、見つめられたら目を逸らしたくなる。

 そんな風に怖いのに……嫌い、じゃない。

 嫌い、とは思えない。

 それを再認識させられた気分だ。


 俺は顔を上げる。

 クマの目を受け止めた。


 クマは、かわいかった。

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