第45話 ヤクザになる日

 ヤクザになった俺。

 悪いことをしまくることにする。

 まず、髪をぴっちりオールバックに。

 おっさんっぽくワックステッカテカ。

 そして、グラサンかけてよたよた肩を怒らせて歩く。


「ああん!? おおん!?」


 鳴き声も練習した。

 鏡の前で眉間に皺寄せながら、ああんおおん!?

 ……よし、かなりヤクザになってきたな。

 俺は自分の出来栄えに満足した。


 そうして登校する。

 朝の爽やかな風の中、ヤクザとなった俺が颯爽と肩で風切って歩く。

 道行く連中は誰も俺と目を合わそうともしない。

 がはは、どいつもこいつも俺のヤクザっぷりに恐れをなしたか。

 ……まあ、普通の格好してても、誰も朝の通勤通学時間帯で目を合わせたりしなかったけど。

 あ……。

 よったよった歩いてたら、犬のうんこふんじゃった……。

 ヤクザの歩き方って、足元の確認が難しくねえか……?


 そんなアクシデントに見舞われながら、早くも学校前だ。


「ほら、もうすぐチャイムなるぞ。はやくしろよ~」


 校門前で立ち番している生活指導の先生から声をかけられる。

 へっ、俺のヤクザっぷりに恐れをなして、身なりとかの注意もしてこねえ!

 ……いくらうちの学校が服装自由だからって限度があるだろ。

 グラサンしてんだぞ、こっちは?

 ……金髪チャラ男先輩があの格好で普通に通学してるんだから、俺のグラサンくらい屁でもないのかもしれねえ。

 もしかして、うちの学校は人を見た目で判断しない実に進んだ学校だったのか……?


 それはともかく、俺はヤクザなので、もちろん時間は遅刻ギリギリだ。

 慣れないよたよた歩きしてたら、すげえ疲れた。

 教室に入るまでに予鈴が鳴り終わりそうになって、必死によたよたヤクザ歩き。いや、ヤクザ走り?

 たぶん、俺、今世界最速のヤクザだわ。

 ベルが鳴り終わる前になんとか1-Aの教室に入り込めた。


「お? 叉木、まーた今日も遅刻寸前かよ」

「ああん!?」


 俺の前の席の小前田が気安く声をかけてきたので、鳴いて威嚇する。


「まったく懲りないな。もうちょっと早く家を出ればいいのに、って言ってんのに」

「おおん!?」


 小前田は肩を竦め、へらッと笑う。

 そして、コソコソ小声で囁いてきた。


「……ところでベアトリクスちゃんにもちゃんと声かけろよ? なんか……おまえのこと待ってたみたいだぜ?」

「ばっ……うるせーな!?」


 鳴き声忘れちゃった。

 俺はクマとの出来事を思い返し、慌ててしまう。

 今思い出させるなよ、あの、キスのこととか……。

 俺は今ヤクザやってんだからよお!

 あれは間違いというか、怖かっただけなんだから……。


 と、俺は隣の席のクマにちらっと眼をやった。

 クマはじーっと俺を凝視していた。

 目を丸くしている。

 びっくりしてる、のか?

 俺の格好を見て、戸惑っている?

 まあ、隣の席の奴が急にヤクザになってたら誰だってびっくりするよな。

 ……小前田とかは全然びっくりしてないみたいなんだが……。

 俺のグラサンやオールバックにもツッコミないし……。


 そこへカエルの干からびたみたいな早贄先生が教室に姿を現し、


「よーし、みんなー。席に着け―」

「おおん!?」


 俺は鳴いて返事をするが、早贄先生もツッコんでくれなかった。

 ……あれ? もしかして、みんな俺の姿見えてない?

 ……みんな死んでる?

 これはあれか?

 ベアトリクスがクマなのに気付いているのは俺だけなのと同じように……。

 俺がヤクザにジョブチェンジしたのに気づいているのはクマだけ、みたいな感じ?

 みんなには俺が普通の俺に見えていて、ヤクザの俺は見えていないのでは……?

 つまり……俺とクマだけが、この世界の真実を知ることができる存在……!

 

 やべーな。

 俺、選ばれし人間じゃん。

 ヤクザやってる場合じゃねえ!

 俺はヤクザを辞めた。

 と、思ったんだけど、ヤクザってそんな簡単に辞められる職業ではなく。

 しかたないので、俺は選ばれしヤクザとして頑張っていこうと思う。


  ◆


 で、今日一日、選ばれしヤクザをやってみてわかったことがある。

 誰も、俺の格好のこと気にしてねえ……。

 オラついて見せたのに、誰もが普段通りに接してきやがった……!


「叉木~! じゃんけん! 負けたらジュース買ってきて!」

「ああん!?」

「やりぃ! 俺アップルコーラね!」

「俺、冷やし飴!」

「おおん!?」


 頼まれた通りのものを買って持ってきてやったのに、誰もビビらねえ……!


「猟平~?」

「あ、ああん……?」


 小兎が目をクリクリさせながら俺に聞いてきたときもそうだ・


「なんかあの後、猟平、さっさと帰っちゃったけど……わたしを呼び出した用件って結局なんだったの?」

「お、おおん……」


 告白しようと思って……なんて言えるわけもなく、俺は鳴き声で誤魔化すしかなかった。

 で、小兎も俺がヤクザになったことを一言もツッコまなかった。


 ……俺って、マジでそんな影薄い人間だったのか……?


 だが、1人だけ俺の異変を感じ取っていた奴がいる。

 そう、クマだ。

 あれだけたくさんの人がいて、その中でクマだけが、


『りょうへい どうしたの?』


 と、俺に聞いてきてくれた。


 クマの奴、俺がヤクザだと気付いて、その危険性を察知したらしい。

 野生の勘、ってやつか。

 やはり、俺が本質的に危険な男だと感じ取れるのだ。

 奴は本能的に長寿タイプ。


 そのクマが俺にノートを突きつけてきた。


『ほうかご はなし ある』


 ほう。

 ヤクザと差しで話をしたいとか命知らずな……。

 俺はクマへ斜に構えた視線を送る。

 と、クマの何考えてるかわからない黒目にまじまじと見られた。


 ……こわっ。


 俺はさっと目線を外した。

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