第42話 2人は幸せな……

 人目につかない、街の脇道。

 チンピラ達との騒動から逃げてきたところだ。

 そこで俺はクマと2人、顔突き合わせている。

 どうしてこうなった……?

 恋人同士なら壁ドンしてキス待ったなしの超至近距離。


 恋人同士……?


 俺はふと思い浮かんだ言葉に焦ってしまう。

 引きつった笑いが浮かんだ。


 ははっ! なにを馬鹿な!

 俺とこいつが恋人だなんてどうかしてる……!

 この胸の高鳴りは恋じゃなくて恐怖……!

 俺の身に今起きているめまい、息切れ、発熱、赤面、すべてがきっと恐れからくる現象だ。

 だって、だってベアトリクスはクマなんだから。


 俺は野性味あふれる、クマの表情を窺う。

 黒い目。

 尖った鼻づら。

 口元から除く鋭い牙。

 そのどれもが、ベアトリクスがクマであることを明確に示していた。強そう。


 そりゃ……人間形態の時はすげえ美少女だけど……。

 すらっとした体形。

 息を吞むほど整った、クールな表情。

 栗色の髪。

 思い返すだけでドキドキしてしまう。

 ただ……。

 皆には常にそう見えているけれども……でも俺は、俺だけはこいつの正体を知っている。

 凶暴なクマだ。

 好きになんかなれるわけないだろ!


「……大体、人間形態の時美少女だから何なんだ?」


 俺は口に出していた。


「……俺は人を外見で判断したりしない……ようにはしたい、と常々思ってる。お前がすげえ美少女に見えるから好きになる、とかじゃないんだ」


 俺の口走りに、クマは小首を傾げた。


「……中身なんだよ」


 一緒にいて楽しいとか飽きないとかドキドキしちゃうとか……。

 逆に言えば、中身が好きでさえあれば外見なんてどうでもいい。

 干からびたカエルみたいな容姿だろうが真面目にしてればイケメンなのにニヤつくとみっともない三枚目だろうが……クマだろうが?


 外見がクマだから好きになっちゃいけない……ってのは人を外見で判断しちゃってて、俺、間違ってる……?


 俺はなんだかよくわからなくなってきた。

 それでも一つだけ確かなことがある。

 俺はクマを意識している。いつも。四六時中。

 それは間違いない。

 常に意識して目の端に収めておかないと、いつ襲われるかわからないという恐怖心からだ。

 生き物として自然な反応。

 野生のインパラが自分を狙ってるライオンに意識を向けて、いつでも逃げられるように備えること。これは恋じゃないよな?

 だけど、それが……俺の場合、なんだか別の意味を持ち始めちゃってないか……?

 俺は毛むくじゃらの獣に恋愛感情を抱くド変態なのか……?


 囁き……。


「……えっ!? あれっ!? い、今、お前……!?」


 俺はいま聞こえたものが信じられず、クマの口元を凝視する。


「……さっきは、ありがと……」


 たどたどしいアクセント。でも、わかる……!


「……あんなのこと、言ってくれたね……」

「クマ……お前、口が……!」

「……まだ自信ないけど、喋れない、訳じゃない」


 いよいよクマが喋り始めた……!

 クマが文字書いて筆談するくらいならまだ許せたが、喋り始めるとかもう完全にファンタジーやん……!


 クマはじっと俺を見つめている。

 俺は落ち着かない。

 クマを目の前にしたら誰だってそうだと思う。

 好きとか嫌いとかの話じゃない。

 そのクマが、妙に感情のこもった……言ってみれば恥ずかしそうな声と表情をしだす。


「猟平、外見で好きになったりしない、だよね?」

「あ、さ、さっき口に出しちゃった話? ま、まあ、そう……そのつもりだけど」

「……わたしの外見じゃなく、中身、好きになってくれた? そういうこと?」

「え」

「……そんな人、初めて」


 俺以外の皆からは、常にS級美少女として見られているベアトリクスはクマ面を赤く染めた。

 なぜか。

 本当になぜか、俺はそれを可愛いと思ってしまう。

 クマなのに。

 クマの外見とか関係なく、仕草や心の動きがかわいい……のか?

 そして、クマは言葉を続ける。


「猟平……まだ一緒にいたいって。わたしと」


 ここで暴れたらもうみんなといられなくなる、我慢しろ。

 そんな意味でなんか俺、言いましたっけね。

 ここでクマがいなくなったら、これまでのクマの努力が無駄になっちゃう、それが俺悔しい、とかなんとかとも言った。

 俺はなんでか口をモゴモゴ、歯切れ悪く答えてしまう。


「い、いや、あれはその……か、勘違いしないでほしいんだけど……」


 クマ相手にあんなこと言ったの恥ずかしい。

 これからも一緒にいたい、だなんて……。

 そんな思いが、俺の心に湧きあがる。

 ……いや、そうじゃないな。

 ベアトリクスに、今、目の前にいる相手に対して、まるで告白みたいなこと言っちゃったのが恥ずかしいんだ。

 クマだから、じゃない。


「わたしも、だよ」

「……うん?」

「わたしも、猟平と一緒、いたいよ」

「え、ええっと……?」


 告白みたいなこと、言い返された?


 と、俺がまごついていると、唐突に命の危機が……!

 のそり、とクマが俺に覆いかぶさってくる。

 のしかかられた。

 ずっしり。

 逃げられない……!


「ずっと一緒にいたい……」


 牙の生えた口がずあああっと近づいてくる。

 俺はその牙から目が離せない。

 あ、一緒にいたいってそういう……お腹の中に入っちゃえば永遠に一緒ダネ……?的な?


 俺は立ち竦む。

 間抜けみたいに。

 棒立ち。

 そして、クマは。

 そのまま俺にキスをした。

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