第40話 彼の名前はグヘヘーヘ・グーヘヘです

 クマがチンピラに肩をぶつけられた。

 この事態に、俺は心配になって叫ぶ。


「だ、大丈夫か!?」


 もちろん、クマに向かって言ったわけじゃない。

 肩をぶつけてきたチンピラに向かってだ。

 こいつら、軽い気持ちで肩をぶつけてきたんだろうが、相手が悪い。

 だって巨大なクマにわざわざぶつかってきたのだ。

 そんなの暴走トラックに衝突するようなもの。

 手足は千切れ、体はゴムまりみたいに弾き飛ばされかねない。

 下手したら死ぬぞ……?

 だが、肩を押さえている大柄の男には危機感がない。


「ああ、いてーいてー。おいおい、どうしてくれんだよ、ああ?」


 へらへら笑いながら激痛を訴えてくる。

 きっとクマに一撃食らった影響で脳内麻薬でも出てるんだろう。

 興奮状態で痛みへの反応が鈍くなっているか……最悪、死んでるのにお気づきでない……?

 いや、見たところ四肢の欠損はないし、こいつはまだ助かる!

 だが、このままでは……!

 ムカついたクマが追い打ちかけてきたら間違いなくお陀仏……!


「い、今の内に逃げろ……!」


 俺はチンピラ達に叫ぶ。

 クマが本気になっていない今なら、こいつらも逃げ切れるかもしれない……!


「は? なに言ってんだ、てめえ? こっちは怪我してんだぞ? ああ、こりゃひでえ。きっと血も出てるわー」

「兄貴! 大怪我っすね! こりゃ治療費弾んでもらわないと!」

「血!? 流血してるのか!? 肩がぶつかっただけで!?」

「当たりどころが悪かったんだろうなあ? おー、いてえ!」

「……当たりどころが悪かった……? いや、そうじゃない……」


 こいつ、やったな……?

 俺は、ごくり、と唾を飲み込んでクマを見つめた。

 ……全く見えなかった……!

 そろばん三級の俺の目をもってしても全く……!

 ぶつかったとき、チンピラに爪で一撃入れやがったな……?

 完全に故意だ。たまたま当たりどころが悪かったとかじゃあない。

 しかし、流血してるなんて……。


「……最悪だ!」


 血の匂いに興奮して、クマの自制が効かなくなる恐れがある……!

 それは血に飢えた野獣が街中に放り出されることを意味する……っ!


「そうそう、お前らにとっちゃ最悪のデートになっちまったなあ? ぐへへ……」

「そうだぞ! ざまあみろ! イチャイチャしやがってよぉ! 見せつけてくれやがって! ねえ、兄貴!」

「おうよ、俺達はな、幸せそうな彼氏彼女を見てるとクッソムカついてきてめちゃくちゃにしてやりたくなるんだよ!」

「彼氏でも彼女でもないが!?」


 クマと一般人です。

 そう訂正しようとしたところ、俺はふと気付いた。

 クマの様子がおかしい。

 無言のまま、表情が赤く染まっていく。

 怒りのためか、興奮してきたのか。

 危険な唸り声までしてきた。

 やばい……! マジでキレかけてる……!?

 俺は上擦った声でチンピラ達に呼びかけた。


「お、お前ら、もう止めとけ! このままじゃ血の雨が降るぞ……!」

「ああ? かぁっこいい~! 彼女の前だからっていい恰好しようってか? 俺達相手に血の雨を降らせてくれるとよ」

「怖いっすね、ねえ、兄貴!」

「まったく舐められたもんだぜ……こっちは怪我させられた被害者だってのによぉ!」

「く……っ! マジでやばいんだって! し、鎮まれ……鎮まれ、怒りを抑えるんだ……!」

「はあ? やべえ、こいつ中二かよ……」


 俺がクマに必死で宥めていると、チンピラは眉をしかめて吐き捨てる。


「とにかくよぉ? 治療費が払えねえなら、一緒に来てもらおうか?」

「なに?」


 た、確かに、こんなところでクマが暴走したらたくさんの人に被害が及ぶかもしれない。

 いいこと言うな、こいつ!


「そ、そうだな! 人気のないところに行こうか」

「え……自分から人気のない場所へ……? ……ぐへへ、話が早くて助かるぜ!」


 チンピラはいやらしく笑った。


「なーに、ちょっと俺達と遊んでくれりゃいいだけだからよ」

「こんな綺麗な女と3人で遊べるだなんて興奮しやすね、兄貴!」

「いや、おめえは後だよ?」

「さすが兄貴だ! ちくしょーっ!」


 俺は奴らのやり取りを聞いて戦慄く。


「遊ぶって……お、お前ら、死にたいのか……?」

「さっきから、やる気満々だなあ? てめえ……。そんなに腕っぷしに自信があるってのかよ? くそが、調子こきやがって……」

「え、いや……なんの話?」


 俺は目を瞬かせて、まごついた。

 それを見て、チンピラはさらに凄みだした。


「俺らが誰だか知ってんのか? ああ?」

「知らねえってのは怖いですね、兄貴!」

「いや、知らないけど……誰?」

「俺ら関東グヘヘ連合に逆らってただで済むと思うなよ……?」

「関東グヘヘ連合……?」


 東京生まれ、グヘヘ育ち、悪い奴は大体友達?


「へっ、ビビッて声も出ねえか? 間抜け面しやがって。そっちの姉ちゃんも、こんなキモイ奴が彼氏じゃ満足できねーだろ? 俺の女にしてやるよ」

「ば、ばか、やめろ!?」


 俺は、うかうかとクマに手を伸ばしかけたチンピラの手を払ってやった。

 危うく手首から先が無くなるところだったチンピラは激怒する。


「てめええ!」

「いや、その……」


 口ごもりかけるが、ふと口に出していってしまう。


「……こいつも、クマとはいえ女の子なんだ。それに手を出そうとするのは黙って見過ごせない」

「くそザコが、ビビッて震えてりゃいいものをよ……てめー明日の朝刊載ったぞこらぁ!?」


 そう聞いて、クマがプルプル震え出していた。

 まるで火山が噴火する前みたいに。

 あ……これはいよいよヤバい……?

 俺はこれから始まる殺戮ショーを予想して、血の気が引く。

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