第39話 こんなことってないよな……?

 俺はげっそりした顔で映画館から外へ出る。

 クマと手を組みながら、だ。

 クマは二足歩行でのっしのっし、俺を引きずらんばかり。

 こうして手を組んでいるのも、俺を逃がすまいという真意でもあるのか、がっちりホールド。


「そ、そんなにくっつくなよ……」


 俺はクマに囁いた。

 我ながら、弱弱しい声。


「その……練習の予定じゃ、あとは近くのファミレスでランチだろ? ……それで一緒に食事してムード出したらさりげない流れで告白っていう……」


 さりげない流れで告白とか、どうやるのか全然わからんが……。

 アバウトな練習だなあ。

 ……で、俺は練習とはいえ、これからクマに告白する。

 人生初告白……!

 好きだ、付き合ってほしい、とちゃんと口に出す。

 その姿を思い浮かべると……。


「……そんな焦って行かなくても……」


 だが、クマは鼻息も荒く、俺に顔を向けてくる。


『いく はやく ! 』


 うお……。

 なんて綺麗でキラキラした目をしてるんだ。

 クマでこんなかわいい目をしたやつ、初めて見た。


 さっきの映画、『シャークス&ベア―ス』をもう一回見たいとクマが言いだしたときはどうしようかと思った。

 同じ映画連続2回見るとか、そんなデートってあるか?

 余程の映画好きというか、映画が気に入っちゃったか……とにかく、デートの練習で映画2回見る必要はねえよなあ……?

 そこまでやんなくてもいいだろ?

 ……なのに、おかしいんだよ。

 これはあくまで小兎への告白のための練習であって、俺とクマで遊びに来たわけでは断じてない。

 俺はクマを楽しませるために、こんなことしてるんじゃあないんだ……。

 なのに、クマは全力でこれを楽しんでるようにみえてきた。


「……なあ? お前、楽しんでないか……?」


 つい疑問をそのまま口にしてしまった。

 そう聞いて、クマは急に顔を逸らす。

 空々しい様子で、


『たのしい ない ぜんぜん しかたない ある たくさん』

「……仕方なくやってるっていうのか? その割には映画を満喫してたよな……?」


 クマはそっぽ向いたまま口笛など吹き始める。

 ていうか、クマの口って口笛吹けるんだ!?

 それからクマ、ちらっと俺の様子を窺い、


『りょうへい ちゃんと できる ?』

「うん? なにをできるって?」

『りょうへい これから する こくはく』

「うっ……!」


 よくよく考えれば、クマに告白するなんて結構な罰ゲームじゃないか?

 確かにこれを乗り越えれば俺は鋼の心臓を手に入れ、小兎への告白も全然余裕でかませるかもしれないよ?

 でも……改めてクマへの告白を目の前にすると、足が震え出す。

 だって、流れによってはクマと超至近距離で愛の言葉を交わすことになるんだぞ?

 耳元でそっと囁くくらい、顔と顔を近付け……。

で、ガブッと。

 ……やっぱり、いつクマに噛みつかれるかという恐れは拭い去れない。

 人の心が読めないように、クマの心だって読めないんだから。

 今、こんなに意思疎通ができているように思えても、次の瞬間、俺を殺しに来るかもしれない。

 そして、クマにはその力が普通に全然ある。

 なんかもう、これはクマへの恐怖なのか、告白することへの恐怖なのか、よくわからなくなってきた。


『りょうへい ?』

「だ、大丈夫だろ。好きだって言うくらい、みんなやってることらしいし、しかも練習だし……見とけ、お前にきっちり告白してやるよ……!」


 俺は虚勢を張って、力強く言った。

 怖さを誤魔化すように。

 すると、クマはつんと鼻先を上げて、俺を見下ろすような仕草。


『しかたないから こくはく されてあげる』

「……なんか釈然としねえなぁ。なんかこれって、俺がお願いする立場なのか……?」


 こんなに怖い思いしてるのに……告白する方が負け、みたいな?

 クマはじっと俺を見つめてくる。

 獲物を狙う捕食中の目……ではなくて、その……女の子の目に見えた。


『りょうへい ちゃんと きもち こめる』

「……練習とは言え、全力で来いってことか……? 本気の告白をお前にしろと?」

『わたし きもち うごかす こくはく なら こと きもち うごかす』

「お前の気持ちを動かすくらいの真に迫った告白なら、小兎の気持ちを動かすくらい余裕、か……おもしれえ、やってやんよ……!」


 俺の言葉に、クマは、こっふこっふ、と息を継いだ。

 どういう感情表現か、別に感情なんてなく単に息をしただけなのかわからないが、とにかく鳴き声のように聞こえる。


『さあ いそいで いますぐ ! ! ! 』


 クマは息を荒げて、俺を促す。


「ま、待てって……だから、なんでそんな焦って行こうとするんだよ。そんなに早く告白されたいのか……?」


 俺はぐいぐい引っ張られる。

 お困りワンちゃんにリード引っ張られる飼い主みたいに。

 で、俺を引っ張るお困りクマちゃん、周囲の様子がまるで見えていなかった。

 横から、すっ、とわざわざ近付いてきた人影に軽くぶつかってしまう。

 とんっ、くらいの軽い音。

 それに比して不釣り合いな大声。


「あらぁ~!? いってぇぇぇぇ!」

「あっ! 大丈夫ですかい、兄貴!」

「いてて……こりゃ。骨が折れちまったなあ!」


 タンクトップ姿に入れ墨入れた大柄な男に、ネズミみたいな小男。

 腕を抑えているのは大柄な男の方だ。

 ええ……?

 うっそだろ……?

 ほんとに、こんなことする人たち居るの……?

 いっそ清々しいくらいだ。


 俺達はチンピラに絡まれた。

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