第37話 シャークス&ベアーズ

 クマが小首を傾げながら、俺に問いかけてくる。


『えいが なに みる ? 』

「そうだな……」


 俺は映画館前に掲示されたモニターを見上げた。

 そこには今ここで上映中の映画が、上映時間と共に明示されている。

『全肯定コナン』『アヴェンジャーズ・ザ・ホームレス』『パイレーツ・オブ・市民プール』その他……。

 事前になにを見るかは決めてこなかった。

 今日の映画館デートは急に決まったものだったし、それにこれも練習だ。

 今見るのに最も相応しい映画をチョイスする。

 そんなセンスを磨く良い機会になるだろう。


「……この『シャークス&ベアーズ』にしようぜ」


 巨大サメと巨大クマが空中でビーム出したりチェーンソー振り回して暴れる。

 そんな内容の映画のようだった。

 クマが見るなら、クマの出演している映画の方が楽しめるだろう。

 犬とかがテレビのワンちゃんコーナーを見て興奮してワンワン吠え出すのと同じ。

 人間の芝居を見るよりイケクマ俳優の芝居を見る方が、クマに取っても感情移入しやすいってもんだ。

 どうよ、デート相手の気持ちを考慮した、俺の見事なチョイス……!


『くま こわい』

「クマなのに!?」


 クマが表情を強張らせて身震いする。

 そういえば、そうだった。

 こいつ、自分のことを棚上げにしてクマを怖がるんだよな。


「……じゃあ、しょうがないな。別の映画にするか……」

『まって それ みる』


 クマは鼻息も荒く、すごい勢いでノートを突き出してきた。

 前のめりになっている。


「え、でも、いいのか? ホラー系だし、怖いんだろ?」

『こわい けど だいじょうぶ』

「俺が選んだから、それに合わせてくれてるのか? いや、いいんだぜ、そんな気を遣わなくても」

『わたし みたい くま えいが』


 なんだか頑なな態度。

 そこまでこの映画のこと気に入ったのか?


「まあ、そういうならこれにしておくか……でも、あとで文句言うなよ? ……怖いものみたさって奴なのか?」

『わたし さっき いった』

「え? さっき?」

『えいが たのしみ ちがう りょうへい いっしょ たのしい』

「……あー。映画の内容よりも、一緒にいられることこそが楽しいって? ……それなら、確かに見る映画はどれでもいいかもな」


 そう言いながら、俺は販売機で『シャークス&ベア―ズ』のチケットを買う。

 もちろん、プレミアムシートにした。

 デートの練習なんだから当然だ。

 タイミングよく、次回上映開始時刻も近い。


「じゃあ、中に入ろうぜ」


 俺が促す。

 と、クマは恥ずかし気に、だが明確に、ぐっと前腕をくの字にして突き出してきた。


「……ん?」


 最初、意図がわからず首を捻る俺。

 それから、はっと気づいて青ざめる。

 ……俺に……手を組めと言ってるのか?

 腕を絡めて、密着して……一緒に歩け、と?

 ……クマと?

 ドキドキしてきた。

 身の危険を感じてアドレナリンが噴き出ている。


 ……これは練習……!

 ただのデートの練習なんだ……!

 デートなら……腕を組んで歩くくらい当たり前だろ……!

 恐怖を感じて日和っちゃダメだ……!


 クマが催促するように唸り出す。

 お腹の下がひゅっとなりながら、俺は腕を差し出した。


「さ、さあ、行こうぜ……?」


 ぎっちり腕を絡められ、俺とクマは上映予定のホールへと進む。


  ◆


 俺とクマは、指定したプレミアムシート内に座り込んだ。

 ふかふかのクッション。

 幅も広く、これならクマの巨体でも楽に座れそう。

 もっとも、クマの後ろの席に座る人はクマの巨体に邪魔されてスクリーンが見辛いだろう。

 その点は悪いと思う。

 おい、見えねえぞ! なんて喧嘩になったりしないといいが……。

 と、心配になった俺は後ろの席を確認する。

 ヤクザでも座ってたらヤダな、と思って。


 そしたら、サメがいた。

 巨大なサメが丁度、クマの席の後ろにゆったりと座っていて、あら、これだけでかければクマの後ろでも全然スクリーン見えるから安心やね。

 よかったよかった。

 俺は前に向き直り、それからそっとクマに耳打ちする。


「……な、なあ、後ろの席見てみ……?」


 クマは首を傾げ、無言で後ろを見た。

 すぐに向き直り、ノートになにやら書き出す。


「クマに聞くのもなんだけどさ、なんでこんなところにサメが……」

『ちいさい おんなのこ しょうがくせい ?』

「え?」

『わたし じゃま ?』


 クマには、後ろの席のサメが小さな女の子に見えているらしい。

 小さい子がスクリーンを見るには自分が邪魔になるかも? と心配までしている。

 ……あれ?

 見間違いか?

 いや、それにしたってどんな見間違いだよ。

 俺はもう一度後ろを向く。

 と、巨大サメの黒い目に射竦められて、俺は慌ててまた前を向いた。


 ……やっぱりサメやんけ!


 でも、クマはもちろん、周りの観客も誰も、サメがいます! 逃げて! なんて騒いでいない。

 クマと同じく、俺にだけ見えているパターンのようだ。

 ……なら、ここは騒がなくてもいいか……。

 下手に見えていることがサメにバレて、襲われでもしたら助からない。

 いや、今これからやる映画みたいに、サメとクマが戦いだしてしまうかも。

 いずれにせよ、俺は巻き込まれて無事じゃすまないだろう。

 今はなにもしない方がいいのだ……。


 そんなことを思っている内に、場内が暗くなり……。

 スクリーンに予告映像などが流れ始める。


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