第36話 人生とは恐怖を乗り越えること(諸説あります)

 説明させて?

 なぜ、俺が週末の土曜日、映画館でクマと待ち合わせをしたのかについて。

 なんでクマとデートしてんの? なんて誤解があるといけないから。


 で、大事なことから言うと、これは本番じゃあないってこと。

 訓練。

 繰り返す、これは訓練である。

 デートの練習をしようというだけの話だ。

 相手はクマだけど。


 で、なんで練習が必要なのか?


 俺が、小兎とこんなふうに改まってデートをしたら、きっと動悸が激しくなるだろう。

 あわわ、とテンパって何かやらかすかもしれない。

 それを避けるために、クマで練習する。

 デートの練習をして、本番では失敗しないようにする。

 とても合理的判断。

 試合や本番の前に、練習してシミュレートしておくことは大事だからな!


 ……まあ、わかるよ?

 クマを相手にデートの練習して意味あるの? って疑問も。

 クマとのデートと女の子とのデートじゃ全然違うだろ? ってツッコミを入れたくなる経験豊富な奴もいるだろうさ。

 クマの好きなデートスポットって言ったら、どんぐりの山とかシャケの遡ってくる川とか北海道とかだろうし、女の子の好みとは若干違うもんな。

 でもね?

 クマとデートしたら、いつ食われるかって恐怖できっと俺の動悸も激しくなるはずだ。

 そのテンパり具合は小兎とデートする時よりひどいかもしれない。

 女の子とデートするドキドキ具合とクマとデートするドキドキ具合はきっと似ている。

 つまり、今回のクマデートという修行を乗り越えられれば、俺は小兎と実際にデートする時そこまでテンパらずにやれるようになるかもしれないってことだ。

 クマとの練習に比べれば全然楽だ、と落ち着いて対処できるからな。

 そう考えると、この練習にはちゃんと意味がある……! はず。


 大体、これはクマから提案してきたことだし。

 俺が、小兎に告白しようと思ってる、協力してくれ、と頼んだ時にあいつの方から言ってきたのだ。

 最初、俺の頼みを聞いたクマは目から光を失くして殺意の波動を発し始めた。

 だがその後、急に取り繕った顔になり、


『りょうへい べんきょう ひつよう こくはくのこと』


 と、上から目線で言い出した。

 要は、女の子に告白するならそれに相応しい場所やタイミングに告白しなければならない、というのだ。

 で、それらを学ぶには実際にデートをし、経験を積むのがいい。

 そのために、自分が相手役になって協力してあげる。

 本当はこんなことしたくないけど、自分を信じてもらうためには仕方ない……と、まあ、要約すると、クマはそんなことを言ってきた。


 俺としてはクマに協力してくれと頼んだ手前、その申し出を、クマとデートとか怖いから嫌だ、とも断りにくい。

 それに、小兎に告白するにしてもどうしたらいいのか……。

 このままだとノープランで小兎への告白をすることになりそうだったので、クマであろうと頼れるものなら頼りたい。

 で結局、俺はクマの提案を受け入れることにしたのだった。

 それが、このクマとの映画館デート練習のはじまりだ。


 もちろん、練習とはいえ小兎以外の相手とデートするのは躊躇われたのだが……。

 でも、相手はクマだし、クマとのデートならそれはデートじゃない。ノーカンだろ。

 デートっていうのは人とするからデートなのであって、クマとのこれは……なんだろう? おでかけ? 餌付け? 自殺行為?

 とにかくデートにはカウントしない。

 となれば、実質、俺の初めてのデート相手は小兎ということになる。

 ……その予定だ。

 クマとの練習がうまくいって、小兎との本番に自信ができたら誘う予定。

 俺は一途だから、やはり最初の相手は小兎でありたい。

 そう、だから今日のこれは小兎への裏切りじゃない。

 練習練習! 大丈夫……!


 俺はそう自分に言い聞かせつつ、目の前に現れたクマの様子を窺う。


 いつものクマと明らかに違った。

 明度というか、鮮やかさが際立っている。

 毛並みがキラキラ、ラメでも振りかけてんのかと思うくらいの輝き。

 そして、あのかぎ爪もだ。

 綺麗にネイルアートが施されていた。

 かなりケアしてきたんだろう。

 そういう点では、綺麗に着飾っているといえる。

 まあ、クマなんだから結局全裸にしか見えないが。


「よ、よう」


 俺はぎこちなく手を挙げて挨拶。

 これから100分ほど、クマと暗い場所で隣り合わなければならないのだ。

 舌も体ももつれるというもの。

 だが、この恐怖を乗り越えたその時……!

 俺は小兎とのデートにも動じない不死身の精神を手に入れることができる……!

 人生とは恐怖を乗り越えること……!


 その恐怖の源は、じっと俺を見据えてくる。


『これから わたし いう ぜんぶ こと の ことば そう おもって』

「うん? つまり……これからお前は小兎になり切って会話するってことか?」

『そう わたしと ちがう かんちがい しない』

「……まあ、小兎との本番の練習だからな。わかったぜ」


 すると、クマは頷いてみせた。

 どうやら、ここからクマは小兎のふりをしはじめるらしい。

 で、早速、


『きょう たのしみ だった うれしい』


 クマは明るく笑いかけてきた。

 俺、ちょっとびっくり。

 思ったより……小兎っぽい、というか……かわいい……?


「お、おう。楽しみだよな、映画。映画見に来るなんて久しぶりだしな!」

『ありがとう さそってくれて』

「な、なあに! そんなに映画見たかったんなら、これから毎週でも一緒に見に来ようぜ!」


 と、クマ、小さく笑って、上目遣い。


『ちがうよ』

「え? え? なにが違う?」

『えいが たのしみ ちがう りょうへい いっしょ だから たのしい』

「あ、あー……そ、そういう……そ、そうだな! お、俺もクマ……じゃない、小兎と一緒だから楽しいぜ!」


 俺はあわあわしながら応えた。


 こいつ、やるな……!

 ちょっと、キュンときちゃったじゃねえか……っ!


 俺はクマのポテンシャルに恐怖すら覚える。

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