第34話 クマを信じるために必要なこと

 目の前のクマが言った。

 わたしはクマじゃない、と。


 それって本当だろうか?

 いや、クマがそんなことを言い出した時点ですでにおかしいんだけどさ。

 普通、クマってそんなこと言わないし。

 だから、やっぱりこいつはクマじゃないのかもしれない。


 でも、見た目はどう見てもクマなんだよなあ……。

 見た目ってやっぱり強烈だよ?

 中身じゃなくて外見で判断するの? 最低! そういうのって良くないと思います! ちょと男子~、帰りの会で先生に言うからね! とか言われちゃうかもしれないけど……。

 相手クマやぞ?

 中身はクマじゃありません、人間です! と力説されたところで、いやクマですよね……?としか言えない気がする。


 ……これ、もう俺には判断できない次元の問題になってるのでは?

 クマがクマであるか、そうでないか。

 こういうとなんか哲学的なお話であって、答えはないというのが答えであるという……。


 俺が逡巡していると、目の前のクマが答えを促すように目を合わせてきた。


『りょうへい ?』


 クマの目、いや、ベアトリクスの目か。

 これを見るとベアトリクスの言い分を信じたい気分になってしまう。


 もう、クマであるかないかのどっちが真実か? じゃなくて信じるか信じないか、の話だ。

 ベアトリクスがクマではないと信じれば、なーんだクマじゃないんだ、よかった~と安心できる。

 だが、同時にベアトリクスが小兎に対して唸り声を上げたり、牙を剥き出しにしたことも忘れちゃならない……!

 ベアトリクスをクマじゃないと信じて、その結果……やっぱりクマでした、小兎が襲われました、じゃ困るのだ。

 そういえば、最近神隠しだかなんだかで行方不明者がよく出ていると噂になっていた。

 ……これ、クマの仕業だってことはないか?

 陰でこっそり、クマが人を襲って跡形もなく食べちゃってるのだとしたら……。


「……俺は、お前の言うこと、お前がクマじゃないって言葉を信じたい……」


 俺は正直な気持ちを打ち明ける。


「……でも、信じた結果、小兎になにか被害が及ぶようなことだけは絶対に避けなきゃならないんだ。……お前のこと、今のままじゃ信じきれないよ……」

『りょうへい では どうすれば ?』


 クマは俺に問いかけてくる。

 首を傾げ、耳を立てていた。


「……要は、お前が本当はクマであろうとなかろうと、小兎に危害が及ばないと俺が確信できればいいんだ」


 俺の言葉に、クマは眉をひそめた。


『どういう こと ?』


「お前が本当はクマだとしても、俺はいいんだよ。お前が小兎に悪いことしないって、俺が信じられればな。それで問題ない。……そうなれば、お前の言葉……お前がクマじゃないって話も信じてやるよ」


 俺は内心の恐怖を抑えながら、クマをじっと見据えた。


「……俺に、こいつは信じるに足るクマだ、と思わせてくれ」

『わかる』


 ベアトリクスは、頷いてみせた。


『りょうへい しんじる わたし なら なんでも する』

「ほう……覚悟を決めたか」

『そう だから』


 ベアトリクスは、なにを思いついたのか。

 急に挙動が怪しくなり、唸り出した。

 怒って唸っているのではないようだ。

 焦りか、緊張のためか……?

 そして、ばばっとノートに書きつける。

 そして、顔を背けながら掲げたそこには、


『どんな H でも ねがう いいよ』

「なるほどなるほど、自分の言葉を信じてもらうためなら、その身を捧げてエッチなことをされても文句は言わないと……いや、しねえよ!?」


 クマ相手にエッチなことできるほど神経太くないんだわ、俺!

 ていうか、なに言いだしてんだこのクマ!


「そういうんじゃないんだよ! 俺が求める、信じる、っていうのは! まるでそれじゃ、俺がクマの体目当てで無理難題吹っかけてるみたいじゃねえか!」


 信じてほしかったら、クマさん、わかってますよね、ぐへへ、みたいな気持ちは毛頭ない。


「もっとなんていうか……俺のことを思って協力してくれたり、友人として手を貸してくれたりすれば……俺はお前の言葉を信じてやれるって思うんだよ」

『どうすれば ?』

「そこはまあ、自分で考えてもらって……」


 俺はそう言いながら、ふと考える。


 待てよ?

 ……こいつが本当にクマじゃなく、女の子なら……。

 こいつが女子の友達だと思えるなら……。

 ……あのこと……手伝ってもらうのも悪くないんじゃないか……?

 女子はこういう話、好きだろうし……。

 ノリノリで色々教えてくれるかも。

 きっと本体がクマじゃなくて人間なら、快く協力してくれるはず!


 俺は名案を思い付いたつもりで、声を弾ませる。


「な、なあ! こういうのどうだろう?」

『なに ?』


 俺は廊下の奥を気にする。

 ≪2人きりにしてあげるから、うまくやりなよ?≫

 そう言いながら手洗いに行ったはずの小兎がそろそろ戻るかも、と俺は今度は声を潜めた。


「……俺、今度、小兎に告白しようと思うんだけど、それ、手伝ってくんないか?」


 そう聞いて、ベアトリクスの目が。

 俺を信じていると言ったその時から、キラキラと光ってみえた彼女の目が、真っ黒な穴みたいになった。

 これまでにない殺意が観測されたという。

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