第30話 クマにお見舞い
小兎に微笑みかけられて、俺はまごつく。
えっと……もしかしたら、俺と小兎は付き合ってたって言いたいのか?
でもさ、それって、じゃあ、今の俺と小兎は……?
お互い、幼馴染で……口に出してはいないけど、付き合ってるようなもんじゃ……?
「小兎……それって、どういう意味……?」
問われた小兎は、ん? と首を傾げる。
それから、一言一言考えるように喋り出した。
「うーんと……例えばだけど……お互いの家が近ければそれだけで彼氏彼女になれる、とするじゃない? でも、じゃあ、逆にお互いの住んでいる場所が遠かったらその2人ってそれだけでもう付き合えなくなると思う? そんなことないよね?」
「……まあ、遠距離恋愛とかも普通にあるだろうしな」
……でも、俺と小兎みたいに家近いのはアドバンテージだと思うんだが。
「だから、こういうのって距離とか関係なくて。お互い、相手のことを知っていつも一緒にいたい、好き、ってなるから彼氏彼女になるんだよ。好きになるのに、住んでいる場所が近くても遠くでも関係ない。だよね?」
「家近い方が相手にすぐ会えていいと思うんだけど……」
「それは相手のこと好きになったらの話、好きになった後の話じゃないかな。好きになったら近くにいてほしいと思うし、そういう点では嬉しいけど……好きになる前だったら、家が近いとか遠いとか関係なくない? 近いから好きになる、遠いから好きになれない。そんな好き嫌いの決め方ってないと思うんだよね」
「……うん、まあ、そうかも」
「ってわけで。わたしと猟平も家が近いし、それだけでお互い好き同士になってるんだったら、とっくの昔に付き合ってたけど、実際はそうじゃないよねって話。ベアちゃんと猟平が隣同士だったとしても、それだけで相手のこと好きにならないのと同じようにね!」
あれ? ……俺と小兎、好き同士じゃ……?
「でも、猟平はベアちゃんのこと猛烈に好きだってアピールするくらいだし、わたしの見たところ、ベアちゃんも猟平のこと、そんなに嫌ってないっぽいし……」
クマが俺のこと気に入ってるっていうのか?
美味しそうだから?
小兎は弾むような声で続ける。
「……お互い相手のことが気になってる関係で、家が隣同士っていうのはなかなか熱いと思うんだよね! 運命って感じで! あ、こう言っちゃうと、ベアちゃんが恥ずかしがって嫌がるかもしれないから、ベアちゃんの前では言わないけどね!」
待て待て。
よーく考えよう。
……家が近いだけで好き同士になるわけではない……。
まあ、そうだな。
小兎の言うこともわかる。
俺とクマは隣同士だが好き同士じゃない。
その点は小兎も理解していて、俺とクマが隣同士ということでショックを受けて傷ついたりはしていない、と……。
ああ、よかった!
で! 俺と小兎も家が近いが、俺達はそれだけの関係じゃない。
それに加えて、お互い小さい頃から知っている仲、幼馴染だ。
家が近いだけじゃなく、幼馴染という関係性があるから、俺達は特別なんだよ、な? うん、そういうことを小兎は言いたかったんだ。そうに違いない。
俺は先ほど一瞬感じたモヤモヤを振り払い、メンタル回復に努めた。
……ふぅ、落ち着いてきた。
「……ま、まあ、ともかく、久しぶりにここまで来たんだ。俺んち寄ってく? ゲームでもしよっか?」
「なに言ってんの、猟平? わたしたち、ベアちゃんのお見舞いに来たんだよ?」
「そうだった」
ガチで忘れてた。
メンタル乱れてんな、俺。
「じゃ、じゃあ、インターホン押すぞ? まあ、もっとも、あいつは呼び出されても喋らないだろうけど」
俺はクマの家のインターホンに手をかけた。
軽やかなチャイムが鳴り響く。
俺はなんとなく気配を察した。
……いるな? 見てるな?
インターホンに向かって話しかける。
「おい、調子はどうだ? 大丈夫? その……ちょっと様子を見に来てやったぞ」
そう言いながら、途中で買ったお見舞いのプリンなどの入ったコンビニ袋をインターホンに向かって持ち上げてみせた。
途端に、ダダダダッ、と室内でなにか猛烈に走り回るような音。
それから、なにかがぶつかったみたいだ。
詳細は不明だが、きゅうぅ、という変な生き物の甲高い鳴き声もした。
そこでインターホンからの音声が途切れる。
「……一体、中でなにと戦ってるんだ……?」
俺はクマの底知れぬ実態におののいた。
と、俺達の目の前の扉から、ガチャガチャとした金属音。
鍵が開き、扉が薄く開いた。
それだけで、ふわっと室内の空気が溢れてくる。
甘くさわやかな匂い。
すっ、と扉の隙間から姿を現したのは栗色の髪でクールな雰囲気の少女。
人間形態のベアトリクスだ。
……相変わらず、他人の姿をしている時のこいつは心臓に悪い。
整った顔に、今日は潤んだ瞳。
風邪の所為だろうか。
熱っぽい表情で俺を見据えて、肩で息をしている。
驚いたような、でもどこか嬉しそうな眼と口角。
『ごめんなさい わたし かっこう わるい』
だぼだぼの寝巻姿に、よく見れば栗色の豪奢な髪もぼさぼさだ。
なぜかどこか痛めたのか、足を引きずっている。
『それで どうして ここに ? 』
「……その、お見舞いだよ。心配だから……」
俺はまともにベアトリクスを見れず、つい目をそらしてしまう。
『りょうへい やさしい』
ベアトリクスの表情がさらに和らぐ。
『はいって やさしい りょうへい いいよ』
俺は慌てて言い添えた。
「べ、別に俺はどうでもよかったんだけど! でも、どうしてもお見舞いに来たいって……小兎が」
『こと ?』
「ベアちゃん、大丈夫~? へへ、来ちゃった!」
俺の後ろから、小兎がひょいと顔をのぞかせる。
俺の肩に手を置き、身を乗り出すように。
ぐくっ!
まーた小兎から気軽にボディタッチされた。
俺は小兎に触れられた肩に意識を集中してしまう。
「お、おい、はしゃぐなよ。迷惑だろ」
俺は小兎に向かってそう言いながら、ふと視線をベアトリクスに移す。
そこにすでに美少女はない。
そこに立つヒグマは、怒りの呻きを漏らしながら俺を見据えていた。
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