第29話 小兎と一緒にお見舞いに行く
その日の放課後。
「お待たせっ!」
校門前で待っていた俺の前に、かわいい生き物がかわいい声でぴょんと飛び出す。
「小兎、もういいのか?」
「うん、先輩にはクラスメートのお見舞いに行くってトークもしたから。いいよって言ってくれたから大丈夫!」
「……それ、テニス部の先輩だろ? ええと、部活があるなら、今日のお見舞いはやめにしてもいいんだぜ? 部活休んでまで行くことないだろうし」
小さな体に大きな目をクリクリさせて、小兎は俺を見上げる。
きょとんとした顔だ。
「なんで? そもそも別に今日テニス部の練習ないよ?」
「あ、そうなの……」
小兎の部活を言い訳に、クマへのお見舞いをキャンセルできるかと期待したのに、ダメだったかー。
「……じゃ、なんで先輩にお見舞い行くって断り入れる必要が?」
「今日も一緒に帰る約束してたから。でも、ここ最近ずっと一緒だったし、今日は我慢するって。先輩、優しいよね!」
「そうか、本当に仲のいい先輩なんだな」
ここはその先輩にもっと小兎を引き留めてほしかったんだが……。
もっと頑張れよ、先輩さん!
なにしろ、このまま小兎をクマの見舞いに連れていったら、確実にバレる。
俺とクマが隣同士だってことが。
「そ、その、さ? 小兎はク……ベアトリクスがどこに住んでるか全然知らないんだっけ?」
「? うん。あ、でも、わたしたちのマンションの近くに住んでるよね? 前に一緒に通学中の猟平とベアちゃんに会ったもん」
「ま、まあな……」
俺はこれから何が起こるのか、想像する。
きっと小兎は誤解するだろう。
『猟平とベアちゃん、隣同士だったの!? だから一緒に学校まで登校したり……そういう関係になっちゃったんだね!? 幼馴染のわたしというものがありながら……!』
と、ショックも受けるに違いない。
これはマズい。
俺は小兎を傷つけたくないんだ……!
なんとかして、俺とクマが隣同士だなんてわからないようにしないと……。
「というわけで、小兎。この目隠しをして、それからその場で10回グルグル回ってくれ」
「え? なんで?」
「もちろん、小兎の方向感覚を失くして自分で今どこにいるかわからなくさせるためだ。安心しろ。その後は目隠ししたままの小兎を、俺が手を引いて連れてってやるから」
「全然安心じゃないよ~。猟平ってたまに変なボケ入れてくるよね」
くっ、ダメか……!
「じゃ、じゃあ、ちょっと走らないか?」
「走る? え? そんなに遠いの?」
「いや、そうじゃないけど……とにかく、40キロくらい走ってへとへとになって意識失くすくらい疲れてほしい。そうしたらその後、俺が小兎をおぶってベアトリクスの家まで連れてく。どう?」
「おもしろくないよ、猟平……。冗談はそこまでにして、早くベアちゃんち行こ?」
くっそ……! これもダメだと!?
どうすれば……どうすればいいんだ!?
「ほぉら、早く!」
そう言って、小兎は俺の手を繋いできた。
おっふ……!
不意打ちやんけ……!
小さくて温かな手の感覚……!
小兎に触られた瞬間、俺の意識はそこに全集中……っ!
「わたしたちのマンションの方向でいいんだよね?」
小兎の方が先導するかのように前に立つ、
俺を見上げてそう尋ねてくる小兎の表情は楽し気だ。まるで、これから友達の家に遊びに行くみたいに。
「……あ、ああ。それでいい……よ?」
小兎と手を繋いで帰る……。
もう、これだけで今日はデイリーこなした気分……!
なんか、これデートみたい。
ていうかデートだろ、これ!?
やべ……! 手汗、小兎にバレてねえか!?
俺は頭フワフワしながら、小兎に引かれるように家路につく。
◆
「ええと、ここわたし達のマンションだけど……」
小兎が問いかけるように俺を見上げてくる。
ここから先はどう行くの? と。
……遂にここまで来てしまった。
もう誤魔化しようがない……!
デート気分はここまでか。
この後、真実を知った小兎との修羅場が始まる……!
ことここに至って、俺は正直に打ち明ける決意をした。
「……あのさ、ベアトリクスの家なんだけど……」
「うんうん」
「ショック受けるなよ?」
「え? どういうこと?」
「べ、別になんでもないんだからな?」
「んん? なあに? また猟平の変なボケ?」
俺は小兎と一緒にマンション内に入り込んだ。
「あれ? 自分の家にでも寄ってくの? 12階だよね?」
「あー……そうしてもいいけど」
俺達は一緒にエレベーターに乗り込み、上昇していく。
12階に到達し、エレベーターを降りた。
「わあ、なんか懐かしい! この階に来るの、なんか久しぶり!」
「小学生の頃とかよくお互いに行き来してたよな」
「壁の汚れとか変わってないね! ……で、あれ? 猟平の家ってこの隣じゃ……?」
「……ここだよ」
「えっと……?」
「1210号室。俺の家の隣、ここがベアトリクスの家だ」
「……え……?」
小兎はまじまじと俺を見あげてきた。
「それほんと……?」
「あ、ああ……」
真実を知った小兎の表情が歪み、泣き出す……!
「へえ! それってすごいじゃん!」
……なんてことはなく、小兎はそれはそれは嬉しそう。
「猟平とベアちゃん、隣同士だったんだ! すごいすごい!」
「ど、どうしたんだ、小兎……? む、無理してるのか?」
「? なにが?」
「す、すまない、そんなショックを受けてるのに、無理にテンション上げて気を遣わせて……で、でも、俺とベアトリクスは、ほんと、ただたまたま家が隣同士なだけで、何でもないんだからな!」
「え~? そんなことないよ! さすがにこれは運命なんじゃないかな? いいじゃんいいじゃん!」
小兎……!
そんな無理にはしゃいじゃって……!
俺は両手を口に当て、『わたしの年収低すぎ?』の構え。
小兎のいじらしさに声を漏らさないよう必死だ。
「……っと、ごめんごめん。またあんまり茶化すようなこと言ったら、ベアちゃんが恥ずかしがっちゃうよね。もう言わない! 自重自重……っと」
小兎も声を小さくした。
「……そうだよね。別に家が近いから運命だとか、2人は付き合うとか、そんな話じゃないもんね。家が近くだろうと遠くだろうと、好きな人とは関係ないもん」
「そ、そうだよな! だから、家が隣だからって小兎がショックを受けることは……」
「だって、もし家の近い者同士が必ず付き合うっていうなら、とっくの昔にわたしと猟平、付き合ってただろうからね!」
小兎は、にっこり、俺に微笑みかけた。
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