第27話 熱は37.8度でした

 俺とクマのいるベッドのスペースにはカーテンがひかれている。

 外から中は見えない。

 そのカーテンが、ざっ、といきなり開けられ、


「……あなた達、なにしてるの?」


 地の底から響くような声で問いかけられた。

 若い女の先生、養護教諭の土鳩先生だ。

 クマと一緒にいるところを見つかった俺、落ち着いた声で返す。


「こっちの子、ベアトリクスが体調悪いんで連れてきたんです。勝手にベッド使ってしまってすみません」


 俺はベッドに横たわるベアトリクスの脇に立っていた。

 そんな俺達2人に。土鳩先生はじろじろと視線を送ってくる。


「……今、ベッドで変なことしてなかったでしょうね?」

「変なこととは?」


 土鳩先生がカーテンを開ける直前にベッドから飛び出した俺は、首を傾げて問い返した。

 間一髪。

 俺とクマが一緒に寝てるところを見られなくて助かった。

 ……そもそも疚しいことなんかなにもしてない。

 俺がさっさとベッドから出て、堂々としていればよいだけの話だったのだ。

 だから、堂々と訴える。


「診てください。こいつ、熱が出て倒れたんです。そんな状態で、その、先生の言う変なことができると思います? まあ、俺にはその変なことがなんなのか全然わからないんで想像で言ってるだけですが!」

「……この子、噂の転校生ね」


 土鳩先生は黒ぶちメガネのボーイッシュな先生だ。

 俺の見立てではスットン共和国の住民。それもかなりの上級国民……。

 やべ、変なところに目が行ってしまう。

 ベアトリクスのを見てしまったせいで、変な風に比べてしまうようだ。

 よくないな、やめよう、うん。


「……この子、綺麗な子よねえ。スタイルもいいし」

「そうなんですよ。普段はクマのくせに……」

「そんな子を目の前にして、なにも疚しいことを考えなかったの? 変なことをしようという気にならなかったと、私の目を見て言える?」


 もしかしてこの先生、保健室でエッチなことするの絶対殺すマンか……!?

 ゴゴゴゴゴゴゴ……。

 なんか変な音と圧を感じる。

 先生は、なぜか手にボールペンを持っていた。

 鋭利なペン先がむき出しだ。

 先程の撃鉄を上げる音かと思ったのは、ボールペンのクリック音だったらしい。

 俺の思い違いならいいが……と心配してたが、俺の思い違いだった。

 よかった。

 でも、ボールペンのペン先を突き出しているということは近接戦闘する気満々ということ……!

 危険だ……!

 この先生、ぬるっちょしたミドリ色スタンドハイエロファンとナントカに操られてて、ボールペン目に突き刺してくるかもしれない……!


「せ、先生! そんなこと言ってる場合じゃないんです。こいつ、本当に病気なんですよ!? ちゃんと診て……必要なら救急車呼ぶとかしてください」


 そして、俺は一切の曇りない目で土鳩先生を見つめた。

 ベアトリクスは本当はクマ、凶暴なクマ……! そう心の中で唱え続ければ、ベアトリクスに変なことしようなんて気はなくなる。

 これで疚しさゼロ!

 俺の綺麗な目を見た先生は、それで納得したらしい。


「……そうね。確かに、具合が悪いのは本当みたい」


 先生は体温計を用意して、ベアトリクスの熱を測り始める。

 俺はその様子を見ながら、ちょっと躊躇った。


「……あの、すみません。ベッドの他にも勝手にアイスノンとか使っちゃって……先生のスポドリも……」

「そんなのはいいのよ。……むしろよくやってくれたわ。この子のことを第一に考えてくれたのね」


 土鳩先生、体温計を見て難しい顔。


「……そこまで高くはないけれど、安静にしておいた方がよさそう……」


 それから、俺に向き直った。


「彼女にはここで休んでいてもらいましょう」

「病院に行ったりは……?」

「もう少し様子を見るわ。……席を外していて悪かったわね。急に呼び出されちゃって。具合の悪い彼女と2人きりで心細かったでしょ?」

「いや、そんな……」

「それに、さっきは疑って悪かったわ。勝手に保健室に入り込んでイチャイチャしてる生徒達が最近いるもので、ちょっと警戒してたのよ。神経過敏になってたかも」


 それであの殺気?

 どんだけ苛つくイチャイチャしてたんだ、そいつら。


 先生は、話している内に不快な記憶を呼び起こしてしまったらしい。

 しかめ面で呟くように続けた。


「……金髪チャラ男がここを女生徒との、あー、特別に親密な関係を結ぶための密会場所にしたことがあってね」

「ほう! 悪い生徒もいたもんですね!」

「……あなた達は違うものね?」

「当然です!」

「ところで、その手は?」


 ドドドドドドド。

 俺はベッドを出たときからもずっとベアトリクスに掴まれている右手に目を落とした。


「……熱を出して寝込んでいるのに、手を繋いでいる必要はないわよね……?」

「こ、これは……」


 クマは、1人にしないで、と呟いた時からずっと、俺の手を放してくれていない。

 もっとも、途中からその掴む手の力も抜けていて、振り払おうと思えば簡単そうだった。

 ただ、俺はそんなクマの手を無下に振り払うのが、その、なんか嫌だったのだ。

 弱っている相手を見捨てるみたいで。

 俺はなんとか弁解しようと口を回す。


「……これは、このクマ……ベアトリクスが、えーと、掴んできて、その、変なことをしていたわけでは……だから、このままでも疚しいことはないので……」

「その子、あなたのことをすごく頼りにしているのね」

「……え?」


 土鳩先生は深く頷いて見せた。


「自分が心細いときに助けを求めるに相応しい相手だと、あなたはこの子から思われてるのよ。随分信頼されているのね、あなた。そして、あなたも繋いだ手をずっと放さないことで、その信頼に応えている」


 土鳩先生の雰囲気が緩んだ。


「……あなた達、とてもいい関係が築けているんじゃない?」


 クマといい関係……。

 それっていいことになるのか……?


「でも、まあ、あとは私に任せて、あなたは教室に戻りなさい」


 土鳩先生はそう言うと、俺の手首に絡みついたクマの手を優しく解いた。

 そして、そのままクマの手をベッドの中へそっと収める。

 こうして俺はようやくクマの掴みから解放された。


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