第22話  クマカレー

 ……まあ、クマがびしょ濡れでなくなったのはいいことだ。

 シャワーを浴びてから体を拭いて出てきたクマを見て、俺は思う。

 それに比べたら、今この瞬間、クマが尻に穴の開いたジャージを着て丸出しでいるのかなんて大した問題じゃない気がしてきた。

 そもそも俺にはなにも身に着けてない全裸に見えるし。

 だから、俺がクマに穴あきジャージを着替えとして渡してしまっていたことは、その、言わなくてもいいかな……。

 わざとじゃないんだし。

 本人も気にしてないみたいだし。


『きがえ かえす あらった あと』


 クマは律儀に、洗濯してからジャージを返すという。


「いや、そんなのは別に返してもらわなくていいんだけど、その……お前、今、ほんとにジャージ着てるの? ……えーっと、さ? なんか着てて、大丈夫?」

『? ? だいじょうぶ なにが ? ?』

「いや、着心地とか違和感とか……ない? 気になるところはないか?」

『そういえば なにか さむい つめたい』


 と、クマが顔だけ後ろに向け、自らの腰のあたりを窺う様子をしだしたので、俺は大きな声で注意を促した。


「それより、これからどうするか考えようぜ! 失くしたっていう鍵を見つけないと、お前、家に入れないままだろ?」

『はい わたし できない はいる いえ とても こまる』

「鍵、どこで失くしたか見当はつくか?」


 クマはゆっくり首を振る。


「わからないのか? うーん……学校に忘れてきたとか……帰り道の途中でなにかの拍子に落としちゃったとか……」

『がっこう いく あした みつかる うれしい』

「そうだな。学校に鍵を忘れてきてて、それが明日見つかればいいな。……ただ、そうなると問題がある。……お前は今夜、自分の家には入れないまま過ごさなきゃならない」


 クマはそう聞くと腕組みし、首を傾げだした。

 人間みたいな仕草をするクマだな。


『いえ そと まつ あした』


 野宿するつもりらしい。

 ワイルドなクマだ。

 しかし、それはお勧めできない。

 なんといっても危ないからな。

 夜中に野放しのクマがうろうろしてたら小さいお子さんとか泣くだろ。


「いや、それは危ないからやめとけ」

『りょうへい しんぱい わたし ?』

「当たり前だろ」


 このクマがなにをしでかすか、何人襲うか、心配だ。

 ばったり小兎にでも会って、野生の衝動に突き動かされたクマによる惨劇の幕開けにでもなったらどうする!

 だが、クマはなにを思ったのか、耳を伏せ、顔をうっすら赤くする。


『りょうへい いつも やさしい わたしに』

「うん? あ、ああ、まあ、な……」


 クマはどうやら俺に、いつものように優しくしろ、と圧をかけてきているようだ。

 ここで冷たくあしらったら……クマの態度は急変するかもしれない。

 それは避けたいところ……!


「あー、あの、じゃ、じゃあ……こ、今夜一晩、俺の家に泊まる……か?」


 恐る恐る提案。

 クマ、黒い目をまん丸にして、いよいよ真意が読めない表情。


『わたし りょうへい しんじる』

「ん? あ、ああ、そう?」

『りょうへい いう しんせつ だから わたしに する なにか ない』

「そう、だぞ? 俺は親切で言っているんであって、お前を外に出さないようにコントロールしようとか、そんなお前をどうにかしようと考えてない……ぞ?」


 俺のあやふやな言葉をじっと聞いているクマ。

 それから考え考えノートに書き出した。


『わかる でも わたしに する なにか ある それでも りょうへいなら』


 と、そのノートを掲げたのだが、急に顔を赤くしてノートを伏せてしまった。

 おまけに、今書いたページを破って丸める。


「おい? どうした?」

『りょうへい わすれる』

「んん? なにを?」

『りょうへい きにする しない わすれる ! !』


 グルルル……!

 ひぇ……。

 クマが野生に帰って興奮し出した。

 俺はこれ以上刺激しないよう、空とぼけて話を変える。


「あ、あー! と、とにかく、今日は俺んちでゆっくりしてってくれよな! えーっと、それで今日の夕飯なんだけど……」


 ……俺を夕飯にはしない……よな?

 俺は急に不機嫌になったくさいクマを前にして唾を飲み込む。


「……カップ麺とかでいい……?」

『だめ』

「ひぇ」


 クマは俺にのしかかるように、ぐっと迫ってきた。


『わたし する りょうり』

「え? 料理するって……い、いや、俺の家に食材なんてほとんどないぞ!?」

『だいじょうぶ』


 クマは牙を剥き出して、不敵な笑みを浮かべる。


  ◆


「どうやったんだ……?」


 俺は目の前に置かれたカレーを見て、呟いた。

 クマの作ったクマカレー。

 妙に美味しいよ?


「一体どこから、肉やらカレー粉やらを持ってきた……?」

『れいぞうこ』

「そんなわけあるか! 俺、そんなもの買った覚えないし! 冷蔵庫なんてほとんど何も入ってなかったはず……」

『いれておいた』

「……はあ?」

『わたし まえ りょうへい おこす とき いろいろ いれた』

「そういえば……朝、俺の家で朝食作ってくれてたな。あの時、俺の家の冷蔵庫に食材持ち込んでたのか!?」

『そう』

「勝手に!?」

『そう』


 こいつ……!

 人の家に勝手に上がり込んで朝食作ったり、食材持ち込んでいつでも食事を作れるようにしてくれたり、なんて勝手なクマだ!

 ありがとう!

 カレーうめえや!

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