第21話 消えた穴
俺が心眼に目覚めた一方その頃。
浴室にいるクマ、ベアトリクスは普通の人には耳慣れない言葉を発していた。
切羽詰まった感じの早口。
ゲガンゲン、みたいな濁音が多い。
これはクマの母国語。
ロッキー連邦共和国の言葉だ。
その声の調子から、混乱しているらしいことは察せられる。
「お、俺は……!」
俺の声も十分混乱して上擦っていた。
クマが美少女姿になってたんだ、びっくりするのは当然だよな。
いったん言葉をきり、咳払いして言い直す。
「俺はただ、体を拭くタオルを取りに来ただけだからな! 誤解すんなよ!? そ、それに……」
俺はちょっと迷ったが、クマに濡れたままの服を着させる方がよくない、と考え思い切って聞いた。
「……お、お前の服、乾燥機にかけて乾かしておきたいんだけど、いいか? い、いいなら、浴室のガラス戸を一回ノックしてくれ。嫌なら二回ノックだ」
シャワーの音が続いているので無音ではない。
だが、ずっと沈黙が続いた。
……俺の言葉の意味が分からなかったか?
それとも、やべえ性犯罪者の家に連れ込まれたと勘違いして固まってるのか。
すると、コン、と軽い音が1つ。
その後に、水音だけが続く。
「……い、いいんだな?」
信用……してくれたんだろうか?
さっきのは本当に事故だったと、俺にとっても予想外の出来事だったとわかってくれた?
そう思えると、俺は少し気が楽になる。
相手がクマだとしても、悪い風に思われるのは気持ちがよくない。
「じゃあ、これ、乾かしておくぞ? その……ゆっくり温まってくれ」
俺はクマの制服等一式を乾燥機にかけ、自分用にタオルを持って洗面所を出た。
その……ブラとかパンとかは、よく見ないで乾燥機に突っ込んだ。
それから、クマの服が乾くまでの間の着替えとして、俺の部屋着用のジャージなんかを置いといたが……サイズ的に履けるかどうかわからない。
人間の姿のベアトリクスなら十分使えるだろう……クマの姿だったら絶対引きちぎれると思うんだよなあ。
俺はリビングのソファに座った。
雨で濡れた頭をタオルで拭きつつ考える。
そもそも、なんでクマなのにたまに少女の姿になるんだ、あいつ。
転校してきた最初の時、確かに一瞬、人間に見えたことはあった。
ただ、ここ最近、あの美少女形態にならなかったから完全に油断してた……!
……考えてみると。
クマがあの美少女形態で俺の家にいるって、かなりやべえことだよな……。
だってどうしたって意識しちゃうし!
女の子、それもあんなクールできれいな美少女と2人っきり……。
どどどどう接したらいいんだ!?
ああくそ!
中身は同じなのに外側が美少女形態だと錯覚してしまう!
こんなことならクマのままでいてくれた方が気が楽なのに!
……クマと2人っきりで家にいる方が安心って、俺はもう末期かもしれん。
俺は髪を拭き終わり、大きく息を吐く。
考えてても埒が明かない。
とりあえず窮屈な制服を脱いで、俺も部屋着に着替えるか。
俺は服を脱ぎ、下着姿になって部屋着用のジャージを探す。
……このだらしない姿を美少女形態のクマに見られたら、俺はやっぱり恥ずかしいと感じるだろうか?
犬や猫に下着姿を見られても平気なように、クマになら見られてもたぶん平気なんだけどなあ。
そんなことを考えながら、リビング内をうろうろ。
あー、あったあった。
脱ぎ散らかしてるジャージ発見。
我ながらだらしないとは思うけど、一々畳んだり揃えたりするの面倒なんだもん。
俺はジャージをゆるく着た。
これで少しのんびりできる。
あ、そういえばこのジャージ、着古したやつで実は尻の部分が破けてるんだよな……。
1人暮らししてると気にならなかったけど、クマがいるとなると人目も気にしなきゃな。
穴開いたジャージからパンツ見せるとか、あまりに非紳士的行為だし。
そう思って、俺はジャージの尻部分を確認する。
……ん?
穴、無いな……。
いつのまにか、小兎がやってきて幼馴染のよしみでジャージの穴、繕っておいてくれたのか?
……んなわけないな。
じゃあ、どうして……。
そこで、俺は簡単な間違いに気づく。
こっちのジャージに穴がないなら。
あっちの、クマの着替え用に用意したジャージに穴が開いてるってことじゃ。
……クマに渡すジャージ間違えた……!
まずい!
このままクマ、ベアトリクスがなにも知らずにジャージを履いたら……。
尻見え状態になってしまう……! 状態異常……! デバフ状態……!
俺は洗面所に向かった。
クマに呼びかける。
「ちょ、ちょっとまだシャワーから出るの待ってくれ! 今、着替えを用意……」
俺が洗面所に辿り着く前に、その扉が開いてしまう。
当然、中から出てきたのは。
「ま、待てって! 尻が見えちゃう……!」
俺が目を覆う前に姿を現したのは、クマだった。
小山のように聳え立つ、筋肉の塊。
滑らかそうな茶色の毛皮。
いつもの姿に戻ってる。
そのクマ、さきほどのハプニングを思い出しているのか。
ちょっと俯いて、まともに俺の顔は見ないながらも、ノートは差し出してきた。
『ありがとう きがえ』
「え……お前、今、ジャージ着てるの……?」
俺は毛皮に覆われたクマの全身、特に尻の当たりを注視しながら尋ねた。
俺の目にはまったくの全裸、クマの生まれたままの姿に見えた。
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