第16話 屋上へ行こうぜ

 昼休み。

 俺は席を立つ。

 いつも通り、学食へパンを買いに行くためだ。

 クマに屋上へ来るよう指図されているが、ばっくれる。

 当たり前やろ。

 なんでわざわざクマのエサになりに行くような真似をしなきゃならんのだ。

 クマの言うことなんか聞いてらんねえ。

 屋上なんか行ってられるか! 俺は1人で学食へ行かせてもらうぞ!

 すると、


 がたり。


 クマも俺の後に続いて席を立った。

 のっしのっしと二足歩行。

 あらやだ、思ったより素早い。

 俺の背後にぴったりついてくる。

 興奮しているのか、唸り声が漏れてきていた。


 ええっと……怒ったはる?

 俺がすぐに屋上に向かわないで学食の方向へ歩いているものだから、不機嫌になっているのでは……?


 俺は後ろを向き、問いかけるように小首を傾げた。

 俺を見下ろすクマの目は穴のように黒く。

 相変わらず感情が読めない。

 読めないが、危険は感じ取れた。

 圧迫してくるこの感じ。

 屋上に向かわねば、この場で首を持ってかれるという緊張感。

 クマの前では走って逃げることも敵わない。


「は、はは……い、今行こうと思ってたところだから……」


 俺は曖昧に笑う。

 クマ、真顔。

 俺は銃を突き付けられたかのごとく、無抵抗に屋上への階段を上る。上がらされる。

 屋上までの階段の段数が13階段のような心持ちだ。


「だ、大体なあ? 屋上にでる扉には普通鍵がかかってて、外には出られないもんなんだぞ?」


 俺は死刑執行を少しでも先延ばししようと、口を動かす。


「あ、安全管理のために、学校は屋上を解放しないのが普通なんだ。だから、屋上に俺を連れて行こうっていうのも無理がある話で……」


 階段を上り切り、目の前に屋上へと出るドアがある。

 俺はドアノブを掴み、


「な? ほら、鍵がかかってて全然動かない……」


 がちゃり。

 ドアノブは抵抗なく回り、扉が開け放たれた。

 ……ドア、壊れてた……?

 いや……壊されてたのか!?

 クマの怪力であらかじめぶっ壊されてた、とか……!?


「ど、どうなってんだよ、安全管理……」


 俺はもう、学校側にいろいろ言いたくて堪らない。

 まず第一にそもそも、なんでクマを転入させてんだよ!


 俺は背後からクマに軽く押され、屋上へとよろけ出た。

 すぐにクマも屋上に出てきて、後ろ手に屋上への扉を閉める。

 ここには今、俺とクマの2人きり。

 目撃者はいない。

 いよいよ俺をやるつもりか……!


「こ、こんなところに連れ出して、ど、どうするつもりだ……?」

『りょうへい おべんとう たべる』

「くっ……こ、ここなら人目につかないから……そういうつもりか?」

『ひとにみられる こまる』

「だ、だけど、俺がいなくなったらみんなが俺を探すぞ!? そしたらすぐに犯行はバレて、お前も駆除されるんだぞ!? それでもいいのか!?」


 クマ、眉間に皺寄せて、首捻り。


『ちょっと なに いってるか わかる ない』

「いや、俺を人目につかないところに連れてきて、お前の今日のお弁当にするって話だろ」

『? ? おべんとう これ』


 クマがどこからかランチボックスを取り出した。

 そして、あのかぎ爪で器用に、ぱかっと開く。

 二段重ねのランチボックスの下段にはご飯。

 上段には唐揚げ、ほうれん草の胡麻和え、卵焼き、ミニトマトなどが入っていて彩もいい。


『りょうへい たべたい おべんとう だから たべる どうぞ』

「……クマの手作り弁当……だと?」


 これを俺に……?

 ……なんで?


「いや、俺に弁当くれるって……なんで? 俺、お前から弁当貰う理由あるか?」

『りょうへい てづくり おべんとう たべたい わたし もっている だから どうぞ』

「確かに俺、弁当食べたいって言ってたけど……」

『おれい』

「お礼?」

『りょうへい きょうも つれてきてくれた おれい それだけ』


 そして、クマは急に唸り出し、


『すき ちがう とても かんちがい しない いい?』

「お、おぅ……でも、なんでわざわざ俺を屋上に連れ出した? クラスで食べればいいだけだろ?」


 クマ、わずかに顔を赤らめる。


『ひとにみられる ごかい こまる』

「誤解?」

『きょう あさ こと ごかい した わたし すき ちがう たくさん とても ちがう』

「……あー……小兎がこれ見たら、また誤解するかもってことか。まあ、確かに……」


 クマが美少女に見えている小兎のことだ。

 クマが俺に弁当を渡しているところなんて見かけたら、クマに向かって再び『猟平のこと好き過ぎ~』みたいに盛り上がってしまうかもしれない。

 

「……まったく、小兎は俺の気も知らないで騒ぎそうだもんな……」


 そう考えると、クマが人目を避けて弁当を渡してくれたのは配慮の賜物。

 誰かに茶化されたりせずに済んでよかったよかった。

 できるな、このクマ。


「……そういうことなら、いただくとするかー」


 本当なら、小兎の弁当が食べたかっただけなのだが、わざわざクマがくれるというのだから無碍にすることもない。

 昼飯代浮くしな!


「でも、俺がこれ貰ったら、お前の弁当無くなるんじゃ……」


 俺が弁当を食ったらどうなる? 今度こそ俺が弁当になる……?

 すると、クマはこともなげにもう一つ、ランチボックスを取り出した。


『だいじょうぶ わたしのぶん ある』

「なんだそうか」


 俺とクマ、並んでおそろいの弁当を食べ始める。

 うん、うまい。 

 やるな、クマ……!


 ……ん?

 なんでこのクマ、二つも弁当持ってきてたんだ?

 俺が弁当食べたいと言い出したのは今日の休み時間。

 なのに、このクマ、最初から俺用に弁当を用意してた?

 ……あ、そうか。

 クマだもんな。

 ほんとは弁当1つじゃ足りなくて2つ食うつもりだったのを、1つ俺にくれたのか。


 そんな風に俺が納得していると、突然、校内放送が鳴り響いた。

 緊急地震速報みたいなブザー音。

 胸騒ぎのする音だ。


「な、なんだ!?」


『緊急放送です! これは緊急放送です!』


 放送部員の上擦った声が流れてきた。

 

『校内の皆さん! 落ち着いて聞いてください! クマが逃げました!』


 なんだって!?

 それは大変だ!


『……慌てず騒がず、先生方の指示に従って……』


 俺は隣のクマを見る。

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