第15話 クマとお弁当

 ……いつのまにか、俺はクマを受け入れてしまっていないか?

 そう気づくと、俺はちょっと怖くなる。

 でも、事実だ。

 こうしてクラスで隣の席にクマがいるのに、普通に授業を受けてしまっているし。


「はい、じゃあ、ベアトリクスくん。問4の答えは?」

「……」

「叉木くん、彼女はなんだって?」

「……3だそうです」


 挙句に、クマがノートに書き込み掲げて見せた答えを、俺が横から覗き込んで、通訳みたいに先生へ伝えてやったりする始末だ。

 クマは相変わらず怖いけど、怖がってばかりでは疲れるし生活できない。

 怖さはマヒしていき、クマがいるのが日常として当たり前の光景になってきつつある。


 戦争で毎日空襲とかの死の危険にさらされていても、結局は社会生活を営んで生きていかなければならないのと同じようなこと。

 俺は隣のクマという死の危険を受け入れ、というか見ないようにして、学園生活を送っていくのだ。


 恐怖が消えたわけじゃない。

 不意に蘇る。

 今日だって、あのかぎ爪が俺の手に触れたら、稲妻が走ったように手を引っ込めてしまった。

 それは俺が消しゴム落として、俺とクマの同時で拾おうとしたときのことだ。

 クマのごつく鋭い爪の固さ。

 それを指先の肌で感じた俺は、


「ひぇっ……!」


 と、情けない声をあげてしまった。


 で、それを見ていたのが俺の前の席の小前田だ。

 にやっと締まりのない顔。

 ひゅーひゅー♪ じゃねえんだよっ!

 手が触れあって意識して、とかじゃねえのっ!

 意識はするけど、それは死を意識するから、ひえっ、ってなったのっ!


 ……普段見ないようにしているクマの凶暴性を再確認させられるような爪の冷たい感触。

 俺がいつでも死と隣り合わせにあることが思い出されて、そうなるとほんと精神参っちゃう……。

 こうなると、なんか学校生活で癒しが欲しくなるってもんだろ?

 というわけで、


「……今日も学食で菓子パンか~。たまには手作りのお弁当でも食いたいなぁ~」


 俺は小兎の方をチラチラ見ながら呟いた。

 授業と授業の間の短い休み時間でのことだ。


 俺は知っている……。

 ここ最近、小兎がどうやら手料理にはまっているらしいことを……!

 前に、小兎とクラスの女子達との会話が聞こえてきたことがあって、その際、


「……小兎、お弁当、今日も……?」

「うん!」

「毎日毎日、豆だねえ」

「お弁当作りって楽しいよ? みんなもやってみたら?」

「いや~、うちらは……」

「渡す相手もいないしね~」

「そお? あ、じゃあ、わたしは先輩のとこ行かなきゃだから……」

「はいはい、楽しそうでいいねえ……」


 なんていう風に、小兎が楽しんで弁当作りに励んでいると知ったのだ。

 そんな毎日手作り弁当を作っているのなら、少しくらい俺にも分けてほしい。

 自分の幼馴染が毎日ランチに菓子パン一つじゃ、小兎だって心配だろう。

 俺は小兎に心配かけたくない。

 よって、小兎の手作り弁当をわけてもらい、小兎を安心させてやりたい。

 俺も嬉しいし、癒されるしな!


 そんな感じで、弁当弁当~、と唱えながら小兎の方を窺っていたら、小兎じゃないのが引っかかってきた。

 小前田だ。


「……なあ、森中さんから弁当分けてほしいのか?」

「なんでそんな気の毒そうな顔をしているの?」

「……やめとけよ……ここから先は辛くなるぞ……?」

「なにがだよ?」

「……弁当なんかいいじゃないか……学食のパンでも定食でも、傷つかずに食べられれば」

「いや、俺は弁当がいいんだ。誰かが手間暇かけて作ってくれた弁当が」


 俺は断固として弁当欲しいという心根を曲げず、小前田は悲しそうに目を伏せるばかり。


「森中さんのお弁当は……おまえのための物じゃあないんだ」

「? そりゃ、小兎の弁当は小兎が食うために持ってきたに決まってるさ。俺用のじゃない。だから中身もサラダとかミニトマトとか、そういうのばっかりだろうな。俺はそんなことわかった上で、その内の少しを分けてほしいって言ってるだけだ」


 いくら俺だって、小兎の弁当丸ごと全部寄こせなんて言ってるわけないだろ。

 小兎の食う分が無くなってしまう。

 そんなわかりきったことを、小前田はなにを言ってるんだ?

 変な奴。


 すると。

 すっ、と横から俺の前に紙片が差し出された。

 あまりにも早くてさりげない紙片の差し込み。

 気付けたのは俺だけだろう。


 俺は横を見る。

 澄ました顔のクマが前を向いていた。

 俺のことなど眼中にない、という態で。

 だが、それが擬態で、本当は俺の隙を窺っているらしいのは感じ取れた。

 クマの耳がピンと立っていて、なにか非常に警戒・緊張しているらしいことが読み取れるからだ。


 ……なんだ?

 なにか自然の勘で、敵が近付いているのでも感じ取ったのか?


 俺は注意深く紙片の内容を確認する。


『ひるやすみ おくじょう』


 ……これって決闘のお誘い?

 それとも、処刑?


 ぴくっ。

 クマの手が僅かに動いた。

 と、俺の目の前に追加の紙片が差し出されている。

 いつのまに!?

 今度は、この俺の目をしても気付けなかっただと……!?

 もしかして時間操作系能力者……?

 このクマ、腕を上げたな……。


『りょうへい おべんとう』


 ……なるほど?

 俺は、自分がクマのランチになる様子を想像して胃が痛くなる。


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