第14話 クマと立ち入った立ち話

 校門から校内へ入っていく生徒達はクマに目を奪われはするものの、恐れてはいない。


「……あれ、噂の……」

「すげえ、初めて見た……」


 暢気なこと抜かしやがって……!

 みんなそうやって外見で判断してるが、よくないと思う!

 中身で判断しろ!

 俺は中身で判断した上でビビってるんだ!


 と、クマの正体を知る俺はビビりながらも、そのクマに声をかけた。


「え、えーっと、どうしたんだ? さっきは急にぶっ飛んでいくから、何事かと思ったぞ?」

「猟平!」


 よく見たらクマの傍には小兎もいて、俺に呼びかけてくる。


「あれ? 小兎?」

「ベアちゃんが、その、猟平とわたしに話があるって……」

「俺達に? 小兎もそのために、ここで俺が来るのを待っててくれたのか?」

「……きっと大事な話だと思うから……」


 小兎がいつになく神妙な表情。

 なんだよ、俺、クマからなに話されるんだ?


 クマは落ち着いているように見えた。

 唸ったり、口の端から泡を吹いたりしていない。

 だが、一つ所にぴたりと立ち止まり、クマっぽくうろうろしていない時点で普段とは違う。

 そのクマがノートを取り出す。


『くらす いく まえに ここで はなす ある』

「こんなところで立ち話か? 教室で座って話すわけにはいかないのか?」

『ごかい はやく とく ひつよう』

「……誤解?」

「わたし達が誤解しているって……なにを?」


 俺の横でノートを覗き込んでいる小兎が首を傾げた。

 ちなみに小兎が近いので、俺はちょっと嬉しい。


『わたし りょうへい すき ない とてもたくさん ない』

「ええっ?」


 小兎がノートから顔を上げ、クマの顔をまじまじと見る。

 おいおい、噛まれる噛まれる。

 クマの目を直視するな。

 と、クマの方が目を逸らした。


『こと まちがい わたし りょうへい いっしょ すきだから ちがう』

「……そうなの?」

『わたし みち わからない りょうへい おしえてもらう していた』

「え? 学校までの道? わかんなかったんだ?」

「そうだぞ。俺はそう頼まれたから、一緒に学校まで来る途中だったんだ」


 もっとも、俺が教えるまでもなく、クマの奴、道を知っていたようだったが……。


「……じゃあ、わたし、早とちりしちゃったってこと? わあ、ごめん! てっきり……」

『ごかい とけた なら いい』


 小兎は考え込み、それからふと再びクマに目をやる。


「でも、なんでベアちゃん、急にわたし達の前から走って逃げちゃったの?」


 クマ、固まる。

 それから、きょろきょろ左右を見回し落ち着かなげ。


「? どうしたの?」


 小兎は、きょとんとして、クマの慌てぶりを見ている。

 クマはノートを前にして書くのを躊躇い、それから思い切ったように書き殴った。


『といれ』

「あ! 我慢してたの? ……って!」


 小兎が俺の顔に手を当て押してきた。

 ぶぎゅる、と俺の頬が潰れる。

 更に、覗き込んでいたノートから顔を逸らされる。


「な、なんだよ!?」

「デリカシー! 見んな!」


 小兎は俺にはそれだけ言うと、今度はクマの手を取った。

 危ないって!


「ごめんね! そんなこと言わせちゃって! わたしの勘違いの所為で恥ずかしい思いさせちゃったね」


 クマ、首を振ってみせる。

 気にしていない、という素振りか。


「許してくれるの? ありがとう!」

『だいじょうぶ』


 クマの答えに小兎、大きく息を吐く。


「やっちゃったなあ……わざわざ2人で仲良く登校するくらいだからやっぱりそこには好きな気持ちがあるんじゃないかって、わたし思い込んじゃってて……」

「小兎、意外と恋愛脳だな」

「最近嬉しくて、ちょっと浮かれ過ぎだったよ。なーんだ、2人はなんでもないのか……」


 そう聞いたクマ、急に表情を曇らせる。

 と、何事か書き始めた。


『わたし すき ごかい だけど りょうへい いった わたしのこと すき』

「んん?」

「あー、そういえば」


 小兎、ぽん、と手を打ち。


「ベアちゃんがやってきた転校初日、猟平がみんなを和ますために盛大な歓迎宣言してたっけ。……なるほどぉ? やっぱり、猟平の方がベアちゃんに本気なんだ」

「ええっ!? だから、それは違……!」

「でも、猟平。あんまりデリカシーのないことしてるとベアちゃんに嫌われちゃうよ? 気をつけな? ……ベアちゃんも嫌じゃない? 猟平、これでもいい奴だから、仲良くしてあげてね?」

『わたし りょうへい すき ない だけど きらい でも ない ふつう』


 小兎が完全に、俺の恋愛模様を見守るお姉ちゃんみたくなってる……!

 ちゃうねん! 俺はそのお姉ちゃんが好きやねん!


「待てって! それこそ勘違いだって!」

「そうだ、ベアちゃん、その……我慢してたんでしょ? いっしょに行こ!」


 え? あれ? ねえ? 聞いてくれない感じ?

 小兎は俺の言葉など置き去りに、クマを連れて校内へと入っていってしまった。

 ……あのクマ……!

 結局、俺がクマに夢中だと小兎に思い込ませやがって……!

 これじゃ、俺が小兎のこと好きだって言っても本気にしてもらえねえ……!

 でも、なんでわざわざそんな真似を……?

 ……俺を小兎から引き離して、孤立したところを襲うつもりか……?

 恐るべし、狩猟生物の本能……!

 やっぱりあいつ、油断ならねえ……。


 俺はクマの狡猾さに身震いする。

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