第13話 登校風景

 1人、路上に残された俺。

 まあ、今朝はいつもより早く家を出たし、久々に走らず、学校まで歩くか……。


 俺は薄ぼんやり考えながら、歩みを進める。


 突然、クマが興奮して駆け出して行ってしまったが、なにがあったのか。

 大好きなエサでも見かけたのかもしれない。

 クマ用チュールとか。

 けど、それを小兎が追いかけて行ってしまったのも不可解だ。

 クマに謝りたい、みたいなこと言っていたがあれはどういう意味だろう。

 小兎がクマにとって苦手なものでも持ってて、それを見たクマが逃げ出したから謝りたいってこと……?

 クマが嫌がって逃げだすものってなんだろう?

 トラばさみとかの罠とか、散弾銃?

 十字架とか、銀の弾丸とか、にんにくとか……。

 にんにく……?

 まさか……小兎が実はクマにとって臭かったからってことも考えられるのでは!?

 今日の小兎のフレグランスはクマよけスプレーだった……?


 いや、まさかなぁ……。

 クマが小兎の言ったセリフに動揺して逃げ出した、なんてことあるわけないよなぁ……?

 だってクマだぞ?

 人の言葉を聞いてショック受けるクマなんておらんやろ……?

 クマは俺のことを好きだ、とかいう小兎の言葉自体わけわからんし。

 だってクマは見た目も恐ろしい脅威の存在で、俺にきっと害を与えようと狙って近づいてきているわけで……。


 などと、クマと小兎のことを図らずも意識してしまう俺。

 いやいや、考えすぎ考えすぎ……と、俺は首を振り、その拍子に気付く。

 視界の隅に、おばあさんがいた。

 学校に向かう道から外れた、横の車道。

 そこに横断歩道があるのだが、その前でおばあさんがずっと立ち止まっているようなのだ。

 おばあさんの前で、車は連続で行き交い、止まる様子も見せない。


「……道を渡れないでいるのか?」


 よくよく見ればそのおばあさん、杖を付き足元も覚束ない。

 よく目も見えていないようだ。

 まるで手探りで歩いているかのよう。


「危ないな」


 俺はおばあさんの手を引こうとそちらに向かって歩き出し、


「っ!?」


 たたらを踏んでしまった。


「よお、ばあさん」


 金髪に浅黒く日焼けした、派手な格好の男がそのおばあさんに声をかけていたからだ。

 いかつい体つきに強面。

 背が高く、筋肉であちこちがごつごつしていた。

 しかも、うちの制服を着ている。

 ヤンキーか……!?

 俺はそのヤンキーに威圧感を覚え、近付くのを躊躇ったのだ。

 しかし、おばあさんは目が悪いせいか、自分が今誰に絡まれているのか危機感が薄いようだ。

 ……逃げろ、ばあさん……っ!

 光の速さで……っ!


「はい? どちらさまで?」


 ばあさん……!

 応答してる場合じゃないんだ……!

 そんな俺の心の声が届くわけもなく。


 金髪のチャラいヤンキーは歪んだ笑みを浮かべると、


「大丈夫ですか? お手伝いしましょうか?」


 ドスの利いた低い声で、優しく丁寧……!


 おばあさんも笑顔で応え、


「ありがとうね。この道を渡りたいのよ」

「わかりました、ちょっと待っていてください」


 ヤンキーはおばあさんの手を取り、慎重に横断歩道を渡らせる。

 渡り切ってから、おばあさんは礼を言った。


「あなた、優しいのね。助かったわ。ありがとう、ありがとうね」

「いえいえ、当たり前のことですよ。お互い様ですから」


 ヤンキーは大げさに手を振って、にたりと笑う。


 ……なんだよ、いいひとだった。

 見た目、相当怖いのに……。

 俺はそのヤンキーの振る舞いに感心してしまう。


 と、


「おい、なに見てるんだ?」


 ヤンキー、俺を見てド低い声で話しかけてきた。

 俺がヤンキーとおばあさんのやり取りを見ていたことに気付いたらしい。

 ヤンキーの注目が俺に向いたことに、俺は内心ひぃっってなる。

 見せもんじゃねえぞ、やんのかこらぁ? と言われるんじゃないかと、心拍数急上昇。


「いや、あの……」

「うん? どうした?」


 そう問いかけてくるヤンキーの顔に険はない。

 これは、俺を脅そうとしてるわけじゃなく、ただ興味を持って話しかけてきただけじゃ……?


「あー、いや、ただ、通行人を助ける姿が……」

「姿が?」

「……なんだかいいなと思って」


 俺は言いながら、なんだか照れくさくなる。

 なに口にしてんだ、俺は。


 と、ヤンキーなんだか悪そうな笑顔を浮かべて、


「よせよ。そんなことで感心したのか? 恥ずかしいとこ見られたな……」


 ああ、この悪そうな笑顔って照れ笑いなのかよ。

 つくづく、顔が怖いからって損するタイプの人だな、この人。


「おっと、今朝は早く登校しなきゃならなかったんだ。先に行かせてもらうぞ。君も遅れるなよ」


 ヤンキーはどこか自信にあふれた態度で、俺に別れを告げてきた。

 そして、足早に学校へと行ってしまう。


 ……なんだよ、ちょっとカッコイイじゃねえか。

 あの怖い顔面からおばあさんに敬語が出てきたときはびっくりしたわ。

 そして、ヤンキーなのに登校時間を守る生真面目さ。

 ……いや、顔や外見が怖いだけでヤンキーと決めつけてたが、あの人ヤンキーじゃないのか?


 そうか……。

 俺が間違ってた。

 俺、人を見た目で判断してたんだ。

 そういうの、よくないよな……。


 よし、わがっだ!

 かんぜんにわがっだ!

 俺、もう人を見た目で怖がったりしない、絶対に!


 こうして俺は、朝の偶然の出会いに大いに感化され、意気揚々と学校校門まで辿り着く。

 校門前にはクマが待ち構えていた。


 あ、クマ、いるやんけ!

 ……やっぱ、こわ~。

 俺はクマの姿に相変わらずビビる。


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