第12話 浮かれクマ
聞いて?
クマがスキップしてるんだが……!?
俺の横で、クマは軽やかな足取り。
なんだか踊り出しそうだ。
朝、学校へ行くなんて、かったるくてダラダラ歩くか、命燃やして全力疾走かしかない俺には新鮮な登校風景。
「ご機嫌だな」
俺が呟くと、クマは振り返る。
どこか得意げな笑みのクマ。
『りょうへい うれしい ?』
「? 俺が今、嬉しいかって? いや、特に……」
むしろ緊張感溢れている。
そんな俺に、クマはにじり寄ってきた。
怖い。
『わたし いっしょ だと りょうへい うれしい わかる』
「お前と一緒だと、なんで俺が嬉しい気持ちになるわけ……?」
『りょうへい いった さいしょ だいすき わたしのこと』
「いや、それはそうだけど……」
『だから りょうへい いま うれしい わたし わかる』
……なんか懐かれてる?
最初に俺に褒められたのがよほど嬉しかったのか……。
いや、わかるよ?
凶暴なクマなんて普通、周りから褒められることないだろうから。
みんな、クマの持つ圧倒的存在感や強者オーラを感じて黙り込んじゃうだろうし。
だから、俺が初手褒め殺しで気を引こうとしたのは、クマにとってすごく惹きつけられることだったんだろう。
だとしても、だ。
このクマ、チョロ過ぎるのでは?
俺をチラチラ見ては、足取りも軽い。
距離も近かった。
今にも俺の足にすりすりしてきそう。
なんだか俺が気になってしょうがない感じだ。
……俺のこと、エサとして気になってるわけじゃないと信じたいが。
まあ、こんな浮かれたクマ、そんなに警戒しなくて大丈夫な気がしてきた。
そうした余裕のある心で見れば、このクマも可愛いところがある。
尻尾とか。
いや、もちろん外見だけでなく、中身もチョロ……可愛い。
一緒に登校できて俺も喜んでいる、と無邪気に信じているところなんか子供みたいだ。
と、
「あー、待って待って」
後ろから明るい声で呼び止められる。
俺にはそれだけですぐにわかった。
振り向く。
やっぱり小兎だ。
小柄な体にいつもの制服を着て、てっててってと駆け寄ってくる。
すると、クマは急に落ちつかなげに俺と小兎の両方へ視線をうろつかせた。
「おはよう、ベアちゃん! それと猟平も」
「お、おはよぅ……」
俺は昨夜のまったく既読にならなかった俺のトークを思い出し、声が小さくなる。
そんな俺に小兎は手を合わせて、ごめんね! のポーズ。
「ごめん! 昨日の夜は、スマホ見る暇もないくらい忙しくて……! 気付けなかったんだよ」
「あ、なんだ、忙しかったのか」
俺はほっとする。
無視されてたわけじゃないんだな。
びびらせやがって!
「忙しいってなにしてたんだ?」
「ちょっと先輩と色々あって……」
「先輩って、テニス部の?」
「そうそう」
「へえ。結構遅い時間まで練習頑張ってるんだな」
「えへへ、まあね……で、どういうこと?」
小兎は俺とクマに目を向け、
「ベアちゃんに気をつけろって……」
にんまりした。
「なーにぃ? 気をつけろって言いながら、2人仲良く登校中のところ見せつけてくるっていうのはどういう意味~?」
「うん? なに?」
俺は目を瞬いて、問い返す。
が、小兎は、うんうん、と1人納得した顔。
わかっちゃった!(わかってない)と言いたげだ。
「でも、いいことだと思うよ? 好きな人と一緒にいられるって、すごくいいことだもんね」
しまった……!
小兎にはクマのベアトリクスが美少女に見えている……。
俺が美少女と一緒でショックを受けちゃったかも……!
逆の立場で、小兎とイケメンが一緒に登校してたら俺は死ぬほどショック受けるから、これは理に適った名推理……!
「おい、誤解するなよ!? 俺は小兎一筋なんだからな!?」
「こらあ! 照れ隠しでもそういうことベアちゃんの前で言ったらだめだよ!」
小兎がぷうっと膨れた。
「もう! 本当に猟平はそういうところがダメだなあ!」
「い、いや、ほんとに……今朝のこれだって、クマの方からお願いしてきたことなんだし、俺はそんなつもりじゃ」
「え? そうなの?」
小兎はクマの方をまっすぐに見る。
「じゃあ、ベアちゃん、猟平のこと好きなんだ?」
クマ、怒髪天を衝く。
毛が逆立ち、びりびりと周囲の空気が震えた。
クマは全身赤く染まり、それはまさに赤ヒグマ。
耳から尻尾まで血のように赤い。
ぐあっ! ぐあっ! ぐああああっ!
クマは断末魔の痙攣のように叫ぶと、首をぶんぶん横に振った。
それから身を翻し、ドドッ、ドドッ、と駆け出して行ってしまった。
学校の方へ向かって。
……やっぱり学校への道、知ってるじゃねえか!
にしても……。
「なんだ、あいつ……?」
急に行ってしまうとか、やはりクマは気紛れ。
一方、小兎は口に手を当て、もごもご独り言。
「あ……わたし、やっちゃったかも……余計なこと……」
それから、俺に向き直る。
「浮かれ過ぎてた、ごめんね。きっとベアちゃん、勇気出して誘ったんだろうに……わたし、ベアちゃんに謝らなきゃ! 先行くね!」
小兎もクマを追って駆け出して行ってしまった。
「……なんなんだよ?」
俺は1人残され、ぼそりと呟いた。
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