第11話 スタンド名アサチュン 能力:時を飛ばし大事なシーンを見せなくする

 チチチ……。

 チュンチュン……。


 スズメの鳴き声が聞こえる。

 俺は柔らかな日差しを肌で感じ、おそらく今朝が来たから朝だな……などとぼんやり思う。


「……猟平……猟平……」


 誰かの声が聞こえた気がした。


「……猟平……起きて……」

「……んあ……?」

「……ほら、遅刻するよ……起きてってば……」

「……あと5分……」


 むにゃむにゃもう食べられないよ、と付け加えるか迷った。


「……ほら……もう朝ごはんの時間だよ……」


 俺は軽く揺すられる。

 早く起きろというサイン。


「ううーん、もうちょっと……」

「……猟平……猟平ってば……!」


 あ、そっかー。

 俺は幸せな理解に達する。

 やっと小兎が俺を起こしに来てくれたんだなー。

 ふへへ、やったぜー。

 じゃあ、これまで俺を起こしに来なかった罰として、もっと焦らしてやるとするかー。

 俺はわざとむにゃむにゃ声。


「むにゃむにゃ……このままじゃ起きられないよー……」

「……なあに、猟平? ……甘えてるの……?」

「むにゃむにゃ……お弁当つくってくれたら起きるー……」

「こおら、調子に乗らない……さ、もう……本当に起きて……」


 小兎は俺を揺すり続けている。

 優しく、穏やかに。


「もうちょっと……もうちょっとだけ寝かせて……」


 それが、揺する力は次第に強くなっていき……。


「……あわわがががががっ!?」


 俺は頭をがっくんがっくん揺すられて、


「加減!? 加減しろよ、小兎!?」


 叫んで開けた目の前にクマ。

 俺の両肩にかぎ爪立ててがっちり掴み、俺を振り回すかのように揺らしていた。


 ぐおおおおおっ!


 俺の顔の真ん前で咆哮。

 噛みつかんばかりに開かれた口。

 剥き出された牙。


「きゃあああああっ!?」


 俺、女の子みたいな甲高い悲鳴を上げてしまう。

 大の男もヒグマの前では乙女と化すという。


「ちょ、なんで!? クマ、なんで!? ちょおおおおおっ!?」


 そんな取り乱した俺を、クマは、ぽい、と放り出した。


『りょうへい ちょうしょく』


 俺が朝ごはん!?

 クマに差し出されたノートを読んで、俺はおののく。


『きがえる はやく』


 注文の多い料理店みたいだな。

 パン粉着ればいい?

 と、俺は家の中に漂う美味しそうな香りに気付く。

 お腹が鳴った。


「……あれ? え? もしかして……」


 俺はクマを見る。

 クマはなぜか、ふい、と目線を逸らし、のそりのそりと俺の部屋から出て行ってしまった。

 その向かった先はキッチンだ。


「……もしかして、クマが俺を起こしに来た……? しかも……朝食の準備まで……?」


 俺は呟いた。


 小兎が起こしに来てくれたなんてただの夢で。

 現実はクマが俺のために……?

 でも、なんで!?

 ていうか、どうやって家に入ってきた!?

 俺は人の家に勝手に入り込んで遅刻しないように起こしてくれるクマの恐ろしさに震える。


  ◆


「……そういや昨日、泣き疲れて鍵するの忘れたまま寝ちゃった……」


 制服に着替えた俺は、キッチンテーブルについて、ようやく昨夜の失敗を思い出した。

 俺の目の前にはハニートースト、サラダ、コーヒー。

 そして、クマ。


『たべて はやく ちこく する』

「いや、こんな早起きしたの久しぶりだし、この時間なら余裕で間に合うぞ」

『のんびり しすぎ だらしない』


 クマは唸って牙を剥く。

 鼻息も荒い。

 だが、不思議とクマからは獣臭さや生臭さを感じなかった。

 むしろ女の子のいい匂い。


「……ていうか、なんで朝から俺の家にいるの……?」


 俺はハニートーストを口にしながら疑問も口にする。

 あと、ハニーをチョイスしたのはやっぱりクマだから? とも聞きそうになった。

 俺の問いに、クマは神妙な顔になる。


『ごめんなさい かって に はいった』

「……まあ、それは……クマだし……鍵空いてたら……」


 これが幼馴染の美少女だったら、つまり小兎だったら……。

 絶対に許しちゃうしなあ……。

 クマは続けてノートに書き続ける。


『わたし たすけて ほしい りょうへい だから おねがい きた』

「助け? なにをしてほしいんだよ?」

『がっこう みち わからない おくって』

「うそつけっ!」


 俺は思わず突っ込んでしまった。

 道わからない振り、擦り過ぎ!


「昨日もつれてったんだし、そもそも本来、一人で下校もできてたし、もうわかってるだろ!?」

『いいえ だめ ぜんぜん わからない ので きょう も つれていって』


 クマは頑なに言い張った。


『りょうへい こまっている ひと みすてる しない』


 困っているのは人じゃなくてクマだしなあ……。

 すると、クマはきゅーんとばかりに黒い深淵のような目を潤ませる。


『このままだと がっこう いけない おねがい つれてって』

「ぬけぬけと……」

『りょうへい しない なら こと がっこう いく つれてって もらう しかない』

「……な! ……むむぅ……」


 このクマ……。

 こともあろうに、俺が拒否するなら小兎と一緒に学校に行くぞ、それでもいいのか? と言外に脅しをかけてきやがった……!

 小兎と2人っきりにして小兎が襲われたら……。

 そう考えると、クマを俺の目に見える範囲に置いておくのは悪くない……か?


「わかった……要求を呑もう」


 俺が苦渋の表情でそう答えると、クマは今日一番の笑顔で応えてきた。


『よかった ありがとう わたし りょうへい いっしょ いく』


 クマのその表情には悪意や敵意は無い。

 そう見えた。

 俺はそれにちょっと驚く。

 なんかこいつ……普通に喜んでるみたいだ。

 ……もっとも、クマの表情を読むなんて俺にできるわけないんだけど。

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