第9話 ベアトリクス侵入

 俺んちの隣にクマが住んでた。

 え?

 それなんてラノベ?


「って、おかしいだろ!? 今まで住んでて、お隣さんがクマだなんて初めて知ったぞ!?」


 俺は自分の家、マンション12階の1211号室前でクマにつっこんだ。

 クマ、器用にキーを取り出し、


 がちゃ。


 俺の家の隣、1210号室の扉を開けて見せた。

 なんか女の子の部屋のいい匂いが漏れてくる。


『ひっこし きのう すむ あたらしい いえ』

「……昨日、家の都合で早退したのって、ここへの引っ越しのことだったのか……?」


 そりゃまあ確かに、マンションの隣の部屋に誰が住んでるかなんて、正直気にもしてなかったが……。

 1210号室はずっと空き室だったかもしれない。

 けど、普通、こんなピンポイントに凶暴なクマが隣室に引っ越してくることなんて、あるぅ?

 こんな展開、マンガでしか見たことねーぞ!?

 ホラーとかパニック系のやつ!


『ぐうぜん びっくり』

「ほんまか……? もしかして、お前、俺のこと狙ってない……?」


 俺は眉をひそめる。

 そうしたら、クマは明らかに挙動がおかしくなりやがった……!


『いいえ いいえ いいえ! ! ! ねらう ちがう! !となり へや ほんとう ぐうぜん! りょうへい ちかい すむ うれしい ない ぜんぜん!』


 これは危ないかもしれんね……。

 こんな近くにクマがいる以上、俺はいつ食われるかわかったもんじゃない。

 隣室に引っ越してきたのが偶然だろうとそうでなかろうと、危険生物が身近に存在することに変わりはないのだ。

 警戒を厳重にしなければ……!

 まったく、東京は怖いところだ!

 鍵しとこ。


「と、とにかく! お前を自分の家まで案内してやったんだから、話は終わったよな!? さあ、おうちに入りな? じゃあな!」

『 ありがとう たすけてくれて 』

「いいってことよ!」


 俺はそれだけ言うと、自分の家の中に飛び込んだ。

 後ろ手に、ばたーん、と扉を閉め、急いで鍵をかける。

 焦りながら、チェーンロックもかけた。


 ……これで一安心。


 いくらクマでもスチール製の扉を破壊して中に入ってくることはないだろう。

 少なくとも、今晩は安心して寝られるはずだ。

 ただ、また明日、家を出た登校時にクマと遭遇する危険がある。

 それもかなり高い確率で。

 どうしよう……。

 クマよけのスプレーみたいなの、アウトドアグッズのお店に買いに行こうかな……?

 でも、なんてこった!

 クマよけスプレーを買いに行くのに使う、クマよけスプレーが無え。

 詰んだ……?

 ま、まあ、家にいる間は安全なんだ。

 家から出ないで籠城すれば、クマよけスプレーなんかいらんし?

 鍵を決して開けず、迂闊にコンビニなんかに買い物に行くのも控えよう。

 そう考えたところで、


「……あっ!」


俺はクマよけスプレーどころじゃない、致命的なミスに気付いた。


 ……今日の晩飯がない……!


 いつもなら学校帰りにスーパーによるなりコンビニ弁当を買うなりするのだが、今日はクマに付き合ってそんな暇がなかった。

 非常食(ポテチとかカップラーメンとか)の備蓄もない。

 マジかー……。

 そんな俺に悪魔が囁いた。


 ……出前とかウーバーイーツとか頼んでみるか……?


 隣にクマが住んでる部屋に、いい匂いした食べ物を持ってこさせる……。

 配達員の命を危険にさらしてまで、俺は晩飯を食っていいのか……?

 それはエゴでは?

 トロッコ問題なみに倫理観・道徳観を問われる状況に、俺は「むむぅ」と首を捻った。


 ……くそぅ、考えてたら余計お腹空いてきた……!


 そこへ、ピンポーン、と音が鳴る。


  ◆


 まさに天の助け!


 俺はソバを啜り、そのうまさににっこにこになる。

 空腹は最上の調味料ともいうしな!

 そばの上の天ぷらもうめえ!

 と、慌てて食べたら、喉詰まった!

 胸元を叩きながら、俺は目を白黒。

 差し出されたお茶を、ぐーっ、と飲んでようやく一息。


「いやあ、助かったぜ……」

『たべる あわてない ゆっくり』


 俺はダイニングで椅子にのっそりと座るクマから窘められていた。


「……って、なんで家にいれちゃってんだ俺はぁっ!?」


 俺は手にしていた箸を床にたたきつけた。

 だって、腹減ってたところにクマが引っ越しソバもってあいさつに来たんだもの……!

 よくできたクマだこと……!

 ご近所付き合い大事……!

 そりゃ、鍵かけた扉も開けて「まあまあお茶でも飲んでいってよ」ってなるよなあ!?

 というわけで、わざわざSランク危険生物を自宅に招き入れてしまった俺。


 このクマ……思ったよりも知能犯では……?


 空腹のあまり自分を見失っていた俺だったが、こうして引っ越しソバを食って腹いっぱいになったら我に返った。

 自嘲の苦笑いが浮かぶ。


「……く……っ、狙い通り、というわけか……?」

『しつもん ごりょうしん どこ ? 』


 悲報:俺の暗黒微苦笑、なかったことにされる。


「うちの親? いないよ」


 クマ、がたっ、と身動ぎする。

 それで俺もはっとした、

 やべえ……!

 こいつ、俺と2人っきりの状況であるかどうかを確認してきやがった……!

 これって俺を襲うには絶好の機会……!?


 クマの目がぎらりと光ったような気がした。


『ごりょうしん いない なのに わたし いえ いれる りょうへい わるい とてもたくさん』

「クマをわざわざ家に入れた俺が悪い、自業自得だと言いたいわけか……?」

『りょうへい すけべにんげん』

「どういう意味だよ!?」

『ちなみに ごりょうしん いつ かえる ? ? あと どれくらい りょうへい わたし いっしょ? ? ? べつに どうでもいい けど』

「……三か月後かな……。どっちも海外だから。仕事で忙しいんだよ」


 それを聞いて、クマの顔が傾いだ。


『それで わかった りょうへい いえ すこし きたない』

「悪かったなー。俺はこれでも平気なんだよ」

『りょうへい わるい あらいもの ためる とてもたくさんわるい』


 家事について、クマからダメだしされる

 クマは俺の家のキッチンを殺気のこもった目で睨みつけた。

 そして、唐突に立ち上がる。

 天井に届こうかという仁王立ち。


「な、なんだよ、なに怒って……イライラしてるんだ?」

『わたし あらう』

「え?」


 クマは鼻息も荒く、俺んちのキッチンを片付け始めた。

 勝手に。

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