第7話 クマデレ からの~?

 今朝、結果的に、クマのベアトリクスを学校へと道案内してあげた俺。

 学校に着いた今も、彼女を教室へと導いてあげている。

 がっしりと肩を掴まれ、逃れられないから仕方なくだが……。

 

 と、教室へと向かう廊下の途中で、クマがぴたりと立ち止まった。


「ん? どうした? はやく行かないと、HR始まっちゃうぜ?」


 クマは唸り、その場で足踏みなどしだす。

 それから、かぎ爪の生えた手で器用にノートへ何事か書き始めた。


『わたし いきたい しる ばしょ といれ』


「トイレに行きたいのか……?」


 クマなのに?

 わざわざトイレで用を足さなくても、野生生物はその辺で好きにするんじゃないの?

 とは思ったものの、そんなこと本当に目の前でされたら迷惑か。

 それに、クマの唸り具合や威嚇するような牙の剥き出し方にギリギリの切羽詰まった感が溢れていたので、慌ててトイレまで案内してやる。

 ここでぶっ放すんじゃねえぞ!?


「……うわあ、なんて綺麗で優雅な歩き方……」

「あんなクールな子って本当にいるんだな……」


 俺達がトイレに向かう途中に漏れ伝わってくる、生徒達の囁き声。

 皆には、このクマが澄ました顔して歩いてる美少女に見えてるらしい。

 実際にはトイレ我慢してもじもじしてるクマなのに。


「……ほら、あそこがトイレだぞ。……って、クマが入れるのか……?」

『あり まってて』


 クマは殴り書きのノートを見せると、秒で女子トイレの中へと消えた。


 ……あのクマの図体で、トイレに座って用を足すとかイメージできないんだが……。


「……今の子なに!?」

「……モデル!? あんな子いた……!?」


 女子トイレの中から、クマに遭遇したらしい女生徒たちの声が聞こえてくる。


「……あれだけ綺麗なら彼氏とか簡単に……」

「……いいなあ……」

「……そういやあんたの狙ってたテニス部の……」

「……金髪チャラ男先輩、彼女できたって……」

「……マジ!?」


 女子トイレの中での会話を盗み聞きしてるみたいで、俺は変態か?

 ぼそぼそと聞こえてきちゃうんだから、しょうがないだろ。


「……やば、もう時間ないよ……!」


 どやどやと、女子トイレから数人の女子生徒が出ていった。

 クマはまだ出てこない。


 俺は待った。

 ようやくクマが女子トイレからのっしのっしと姿を現す。

 クマは不審げにふんふんと鼻を鳴らした。


『まっててくれた ? さきにいかなかった ?』

「待ってろって言ったのはそっちだろ」

『わたし まつ あなた も おくれる なぜ ? いいの ?』

「まだ間に合う。走……るのはまずいから、速足で行けばいいだけだ」


 俺はクマの先に立って、せかせか歩き始める。


 正直、クマがトイレに行っている間に先に教室へ行ってしまうというのは考えた。

 なんでわざわざ凶暴なクマの傍にいなくちゃならないのか、と。

 だが、まあ、待っていてくれと頼まれたし。

 先に行ったら、約束を破るような……相手からの信頼を裏切る行為になると思ったのだ。

 このクマでさえ、そこらへんで用を足さずにトイレを使ったり、そこらへんの人を襲って食べたりしない、という最低限の人間世界のルールを守っているわけで。

 人間の俺が、約束を守るとか人から信頼されたら裏切らない、みたいな人間のルールを破るのは違うと思ったのだ。

 クマがルールを守っているのに、俺がルールを破っては、対等の立場ではいられない。

 だから、俺はクマから逃れる絶好の機会を見逃した。

 もっとも、ここで逃げたら後でクマに恨まれてもっとひどい目に遭うかも、という恐怖も心のどこかにあったのかもしれないが。


「……階段を上って、ほら、そこだ」


 俺達は1-Aの教室前に辿り着いた。


「これで正面玄関から教室までの道はもうわかったろ? 明日からは1人で来られるな」

『わたし いいたい あなたに』


 俺が教室に入ろうとするのを、クマのノートが引き留める。

 俺は首を傾げて、


「なんだよ?」

『あなた わるい ひと』


 道案内終えたらいきなりディスられた。


『あなた いった わたし すき でも ほかの こと たくさん なかよし これ たくさん わるい』

「い、いや、お前のことを好きっていうのは……」

『でも あさ わたし こまった みち しらない あなた たすけた』


 いや、あれは俺が逃げ出したのを勝手に追いかけてきただけだろ。

 助けるつもりとかなかった。


『あなた またぎ さん いいひと わたし ここまで つれてきた』

「それは結果的にそうなったってだけで……別になにも特別な気持ちとかないんだからね?」

『またぎ さん いいひと だけど わるいひと わかった』

「……なにもわかってないと思う」

『いいひと やさしい しんせつ ⇔ わるいひと すき いう わたし ほかの こと』

「そう思うなら、もうそれでいいけどさ……もう教室入らね?」

『またぎ さん りょうへい よぶ OK ?』

「なんで!? 急に距離つめてきたな!?」

『こと わたし おなじ よぶ』

「小兎と同じ呼び方をしたいって……す、好きにすれば?」


 俺はたじろいで呟くことしかできない。

 それを聞いて、クマの表情から険が取れていく(ような気がした)。


 途端に。

 俺の前に、栗色の豊かな髪を揺らす少女が現れた。

 はにかむように笑っている。

 輝くような笑顔。

 不意打ちだ。

 俺は心を打ちぬかれ、呼吸困難になる。


「お、お、え、あ、あれ、だ。と、とにかく、きょ、教室、入ろうぜ」


 俺はぎくしゃく、ベアトリクスと共に教室のドアを開ける。

 未だHR前の教室はざわめいていて、それがベアトリクスの登場で一瞬、静まり返る。

 すぐに、……ほぉ~……と、見惚れたような声が漏れだした。


「……いや、やっぱ……」

「天使やな……」


 そんな声に混じって、


「猟平!」


 小兎の声がした。

 小兎が俺の傍に弾むようにやってくる。

 その表情は悪戯そうな含み笑い。

 俺の幼馴染はかわいい。


「へえ~」


 小兎は俺とベアトリクスを交互に眺め、口元に手を当てる。


「いや~、猟平、ベアちゃんと2人で登校かあ~」

「ん? え、ち、違う、違うぞ、小兎!?」

「いいね!」


 小兎は俺の背を親し気にぽんぽんと叩いた。


「すっかり仲良しじゃん!」

「や、やめろよぉ~」


 幼馴染ボディタッチ!

 くぅ~!

 こいつは効くぅ~!

 こんなん、意識しないでいられるわけないじゃん!

 小兎の柔らかな手を肌で感じて、俺は鼻の下でれんでれん。

 と、


 ごぉあっ‼


 俺の背後から肌を焼くような熱風が吹きつけられた、ような感覚が襲ってきた。

 このヒリヒリした空気感……!

 これって……殺気!?

 俺が振り返ると、そこには仁王立ちし、身長2メートルにも達しようかという小山のようなヒグマがいた。

 氷よりも冷たい目をしていた。

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