第4話 死に至る一撃
ベアトリクスに話しかける小兎を前にして、俺は慌てた。
「バカなこと言ってないで近付くなよ、小兎! みんなも!」
相手はクマなんだぞ!?
なんでわざわざ危険に近寄るのか!
しかし、小兎は目を丸くし、それから悪戯そうに笑った。
「あれえ? 猟平、もしかしてベアトリクスさんのガードマン気取り? さっきもベアトリクスさんへの熱烈歓迎っぷりを口にしてたし、随分彼女のこと気に入ったんだね!」
「え? 違う! 俺は小兎のことが心配で……!」
「照れない照れない!」
幼馴染特有の、俺のことわかったような気安い笑顔。
かわいいじゃねえか、くそう!
「大丈夫! 別に猟平からベアトリクスさんを取ろうとなんかしないよ。ただ、ちょっとわたしもベアトリクスさんと仲良くなるきっかけが欲しいだけ!」
「き、きっかけ?」
「そ! で、ねえ、ベアトリクスさん? その姿、モデルの人みたいだね! すっごく背が高くてかっこいい! ねえねえ、身長どれくらいあるの?」
小兎の言葉に、周囲の女子達も乗っかってきた。
「そうそう! ベアちゃん、マジですらっとしててかっけえ!」
「スタイル良すぎ! 何食べたらそうなれんの!?」
「その、でかあああああい! よね?」
そりゃ、こいつクマだからでかいだろうさ。
しかもただでかいだけじゃない。
この圧倒的迫力……!
マジヒグマ。
と、それまで遠巻きにしていたクラスのみんなが小兎の問いをきっかけに、ベアトリクスへの興味を隠さなくなる。
ぞろぞろとクマに寄ってきた。
「いやあ、ベアトリクスさんって雰囲気あるから……」
「きれいすぎて近寄りがたいってあるよな」
「いや、俺はお近づきになりたいぜ! ねえ、ロッキー連邦ってどんな国?」
「好きな食べ物は!?」
くっだらねー質問を元気よく口にする小前田に、俺はつい言ってしまった。
「きっとお前だよ、小前田」
「え? 俺を食べちゃいたい……って、こと? まじかー。でもどうしてもっていうなら、俺食われてもいいぜ! エッチな意味で」
「……うっわ、男子きっしょ」
マジヒグマー。
女子にドン引きされる小前田を見ていると心が和む。
とか言ってる場合じゃねえや。
大勢に囲まれて、クマは落ち着かなげに首を振り振り。
その息も荒くなってきていた。
やばい……!
このままだとクマ、人に囲まれて興奮し、暴れ出すかもしれん……!
「だから! みんな、そんな近寄るなって! あぶねえって!」
俺が必死にみんなを遠ざけようとすると、クマの目が俺の動きを追ってきた。
ひぇ。
クマの一番近くにいるから、真っ先に狙われるのは俺か!?
クマは俺をじっと見つめ、それからなんのつもりか、俺の背に隠れるように身動ぎした。
俺はクマに背後へ回られたわけで生きた心地がしない。
そんな俺の焦りを目にして、小兎が可愛く口を尖らす。
「ちょっと、猟平。いくらなんでも独占しようとしすぎじゃない? ベアトリクスさんを背中に庇ったりして。大体、なにが危ないっていうのよ?」
「そりゃ、このクマに決まってるだろ!?」
「クマ……? ベアちゃんのこと? もうあだ名付けて呼んでるの? 猟平のくせにやるじゃん!」
「いや、小兎もいきなりベアちゃん呼びとか距離縮めすぎだろ!?」
「で、ベアちゃんのどこが危ないの? そりゃ、ベアちゃんを囲んで押し合いへし合いしたらベアちゃんが怪我しちゃうかもだけど、わたし達だってそこまではしないよ?」
「いや、クマが怪我する側なわけないだろ!? 筋肉の塊やぞ!? 小兎やみんながクマにぶつかったら危ないって言ってるんだよ!」
「? なんで?」
心底不思議そうに小兎が首を捻る。
「いくらベアちゃんの背が高いっていっても、それでなにか危ないことある? こんなきれいな子なんだよ? そりゃ、みんなも近くで見たいよ」
……あれ?
きゃいきゃい騒ぐクラスの皆を前にして、俺は宇宙の深淵を覗き込んで真理を見せつけられた猫みたいな顔になった。
どうやら……みんなにはこのクマが超絶美少女に見えているらしい。
いや、確かに俺も一瞬、その姿は目にした。
栗色の髪の豊かなクールな美少女。
だが、今はクマだ。
……これはどういうことだろう?
俺だけがベアトリクスの正体に気付いている、ということだろうか。
いい子の振りをしたベアトリクスではなく、本当の姿のベアトリクスを知った上で、俺だけがそれを受け入れている。
今の俺ってそんな立ち位置?
これって、ラノベとかアニメなら、わたしの本当の姿を知った上で受け入れてくれる俺くんのことだーい好き♡ ってなって甘々ラブコメが始まるパターンやで!
やったね!
問題は相手の本当の姿がクマなことだけど!
そしてこのクマ……容易く人の首をもいできそうなんだよなあ!
こういった場合、もし俺くんがヒロインの本当の姿をばらしでもしたら破局するだろうけど、俺の場合、きっと狩られる……!
俺は自分の首がクマに搔っ攫われるところを想像して、ごくりとつばを飲む。
……俺、たぶん余計なこと言わんほうがええな……?
俺がベアトリクスの正体に気付いている。
そのことをベアトリクスに知られたら、口封じにやられてしまうかもしれない……。
そんな俺の考えが読まれたのだろうか?
ぐるるるるるぅぁぁ!
俺の背後からクマの唸り声が上がった。
俺への呼びかけか警告か、はたまた死刑宣告か。
俺は慌てて振り返り、
「あ」
クマが今まさに右前腕を振りかぶり、俺の喉元めがけて振り下ろさんとしているところを目にしてしまう。
「へ」
振り下ろされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます