第3話  ベアトリクス恋愛観

 俺の隣の席にS級美少女転校生が座ったかと思ったらS級危険クマだった。

 なにを言ってるのかわからないと思うが、俺もわからない。


 なんで!?

 さっきまで美少女だったやん!?

 それがどうして今クマ!?


 俺は隣の席のベアトリクス(という名の巨大クマ)をちらっと横目で窺う。


 ……めっちゃ見られてるんだが!?

 吸い込まれるような黒い目からの熱視線!


 荒い息遣い。

 剥き出された牙。

 鋭いかぎ爪は、机にガリガリと爪跡を残さんばかり。

 ……クマ、殺気立ってない!?


 ヘビに睨まれたカエルみたいなもんで、俺はまた身動ぎもできなくなった。

 下手に動いたら殺される……!

 そんな予感がする。

 すごくする。

 圧がすごいんだよ……!


 死を意識して、俺の鼓動が爆発しそうに高まってきた。

 これってもしや恋じゃない? 

 吊り橋効果とか。

 隣にクマがいると恋に落ちやすくなる理論。


 とりとめのない考えが浮かんでは消える。

 つまり、今俺は取り乱しており冷静な判断ができなくなっているということだ。

 落ち着け、俺……!

 とにかく、生き残ることを考えよう。


 ……チラ見。

 ……クマ、まだ見てる~。

 完全に獲物を狙う目じゃねえか……!


 こ、ここは下手に騒いでクマを刺激するのは下策……!

 このまま素知らぬ顔を続けるべきですぞ、殿!

 殺気だったクマを宥めるため、とにかく敵意の無さをアピールしたい所存……!


 俺、まるでクマになんて気付いてませんよ? 知りませんけど? だから危害なんか加えようがないじゃないですか!


 と言いたげな顔をして、ふぃーふぃーと口笛を吹く。

 知らん顔してればきっとやり過ごせる……!

 ダチョウのように、危険が迫ったら土の中に頭ツッコんで危険を見ないようにするのだ……!

 そうすればどっちにしろ死ぬにしても、少なくとも心の平穏は得られる……!


 だが。

 俺が必死こいて危険を見ないふりしているのに、危険の方から手を出してきやがった……!


 クマから、すっ、とノートの切れ端が差し出されてきたのだ。

 クマってノート持ってるんだな。

 そう思いながら、俺の目はノートの切れ端の上をなぞる。


『あなたは じょうねつてきな ひと です』


 ひらがなでそう書かれていた。

 ……このクマ、言葉がわかるのか!?

 字を書いてくるとは……!

 知的レベル高過ぎ……。

 こんなん罠にも絶対引っかからん、悪知恵の働くクマやん!


 ……いや、いや待て! 逆だ! これは、僥倖……っ!

 文字を書いて意思疎通できるっていうなら……恐ろしいのに変わりはないが、問答無用で食われることはないかもしれない……!

 説得できれば取引もきっと可能……!


 と、続けてノートの切れ端が差し出されてくる。


『あって すぐ あいを わたしに じょうねつ ある ひと』


 ていうか、なんだ?

 俺が……情熱的?

 このクマ、なにが言いたいんだ?

 文章から言いたいことがわからねえ……。


『あなた わたし すき いった わかります』


 ……俺、クマに告ったことになってる……?

 まあ、クマだし、まだ日本語に慣れてないんだろう。

 それに喋るのにも自信がないから筆談というわけか。

 いや、でも、ここまで書けるだけですごいとは思うが。


『でも そういうの いけない おもうます』


 ぐるるる……。

 クマが唸り出して、俺は縮こまる。

 なんか急にご機嫌悪くなったみたいなんだが?


『はれんち』

『よくない ます』

『はずかしい』

『だめ』

『あって すぐ ✖』

『もっと よく わかってからでない と』


 クマはうーうー言いながら、続けて何枚もノートの切れ端を差し出してきた。


『だから あなたの すき には こたえられない です』


 ……なんか知らんが、俺、お断りされたんか?

 俺は思わず、クマの顔を窺ってしまった。

 すると、ぷい、と横を向くクマ。

 ……クマの耳って赤くなるものなの?


 その後も、ちらちらクマの方を見ていたが、クマは決してこちらに顔を向けてこない。

 そっぽ向いたまま。

 つまり。

 ……どうやら、クマは俺に興味を失ったらしい。


 俺は深く、ふかーく息を吐いた。


 よかった~……これで俺の命も助かった。

 ……なんか、下手に刺激しなければ、このクマ、興奮して人を襲ったりしないみたい……?

 こっちも変に意識して身構えたりしなければ、やり過ごせそうな気がしてきたぞ……!


 と、一限目の授業が始まる。

 現国だ。

 現国の先生が俺とクマを見て、一言。


「おー、転校生か。おい、叉木。教科書見せてやれ」


 俺とクマは机をくっつけて一冊の教科書を並んで一緒に見る。

 ……ドキドキします……!

 クマの鋭いかぎ爪が俺の教科書をめくり、ふとした瞬間、俺の手と触れ合う。

 ひいいいいい!

 こんなん、意識するなって方が無理やん!?

 なんかクマも顔赤らめて俺をちらちら横目で見てくるし、これ、完全に俺の隙を突いて襲ってくる前兆だろ……!


「いいなあ、叉木。ベアトリクスさんとそんな近づけて、マジ羨ましいぜ……」


 俺の前の席の小前田がぼやき、クラスに小さく笑いが生まれる。

 笑ってる場合か!?

 代わってやるから、席移れ! 小前田!


 そんなこんなで生きた心地のしないまま一限目の授業が終わり、休み時間がやってくる。

 普通、授業が終われば、クラスの連中がざわめきだす。

 なのに、今日は妙にシーンとしていた。

 おまけに、視線が痛い。

 クラスの誰もかれもが、俺とベアトリクスを遠巻きに見つめていたからだ。

 それも一言も発せず。

 そりゃ、クマが傍にいるのに騒いで目を引いたり、目を離して隙を晒す奴はいねえよなあ。


「ベアトリクスさん!」


 なのに、小兎がわざわざクマに近付いてきたんだが!?

 小兎は人懐っこい笑顔。

 後ろ手を組みつつ、クマに向けて小首を傾げてみせた。


「ねえ、変なこと聞いてもいい? その姿なんだけど……」


 おいっ!?

 それ、ちょっとこの場では触れていいかどうか微妙な話題にならんか!?


 クマの視線が小兎に注がれる。

 カモがネギを背負ってやってきたのを見つめる腹ペコのクマってきっとこういう顔するんだろうな、ていうお手本みたいな顔だった。


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