【短編】言遊部(ことあそぶ)

結城 刹那

第1話

4月28日


 季節は春。外を見渡すと桜が華々しく咲いている。

 窓から注ぐ太陽の光が心地良い。このままひなたぼっこをしていたい気分だ。

 そうは言っても、これから部活動があるため留まるわけにはいかないのだが。


 学校に入学して三週間。ようやく学校生活にも慣れてきて、気持ちにも余裕が出てきた。クラスにもその前兆が現れ、いくつかのグループができはじめている。

 僕はと言えば、特にどこのグループに固執するわけでもなく気分でグループを選んでいた。みんな優しいため嫌な顔一つせず入れてくれる。

 だが、部活動に関してはそうはいかない。内の学校では兼部は原則認められていない。


 加えて、部活動参加必須であるため必ずどこかに入らなければいけなかった。

 まあ、加入すれば良いだけで幽霊部員という形を取るのはありらしいのだが。

 そういうわけで、僕は需要が少なくかつ幽霊となっても問題ない地味そうな部活を選ぶことにした。


 目にとまったのは『言遊部(ことあそぶ)』という部活動だった。

 内容は文字通り、言葉で遊ぶ部活。あらゆる言葉を自分なりに考えていくと言うのを活動目的としている。

 きっと女子が多めの部活。僕がいなくてむしろいいと言うポジションを獲得できそうだったので、この部活にすることに決めた。


 しかし、この考えが甘いことに気づいたのは部活動初参加の時だった。


 教室のドアを開けると閑散とした空気が漂っていた。

 机はきれいに並べられており、真ん中の机だけがグループを作るようにくっつけられている。そこには、女子生徒が一人読書に勤しんでいる。


「あ、最上くん。こんにちは」


 本にしおりを挟み、こちらへ顔を向けるとにっこりと微笑む。

 千丈 綾(せんじょう あや)。高校二年生で僕より一つ上の先輩だ。

 茶髪がかった髪は遺伝的なもの。すらっとした体つきに強調するように出される胸は遺伝なのかは定かではない。


「こんにちは」

「最上くんから借りたこの本、面白いですね。AIは言葉を理解するかどうか実に興味深い内容です」

「お気に召してくれたようで何よりです。返すのはいつでもだいじょうぶですので」

「はいっ。帰ったらじっくり読ませてもらいますね。では、部活動を始めましょうか」


 二人そろったところで部活動が始まる。

 そう。この部活動は俺がいない間は先輩一人で運用していたようだった。

 通常、部活動は五人というのが原則。一人というのは同好会扱いとなる。


 同好会扱いとなっている部活は基本『部』という文字はつけられないのだが、綾先輩はそれを逆手に取ったようだった。

『言遊部』ではなく『言遊ぶ部』というのが、本来のこの部活の名前。『ぶ』の部分を『部』と変換することにより部活動らしく見せていたようだ。

 つまりは、部活動紹介の時点で『言葉遊び』をしていたと言うこと。これはしてやられた。とはいえ、行の端に書かれた「同好会です」という注意書きを見ていない僕が悪かったのだが。


 部員二人となると休もうにも目立ってしまうために休みづらい。だからこうして毎日参加しなければならないというわけだ。

 可愛い先輩が相手と言うことが唯一の救いだろう。


「で、今日の議題は何ですか?」

「今日はですね。『目標』、『目的』、『手段』。類似する三つの言葉を使って、自分なりにまとめてみたいと思います」

「目標、目的、手段、ですか」

「ええ。この三つの言葉はよく間違えられやすいですからね。ある一つの事柄についてこれらを使いこなすことで、間違いを正すことを今回の課題にしたいと思います」


 手段はともかく、目標と目的に関しては確かに混同しがちかもしれない。


「では、この三つの意味について調べていきましょうか」


 綾先輩はそう言うと鞄にしまってあった辞書を取り出した。言遊部にとって必須のアイテムらしい。そういわれても僕は買う気はしないのだが。


「まずは、目標ですね。ある場所に行きつくための目印とするもの、と書いてありますね。次は目的。実現させようとしてめざす事柄だそうです。最後は手段。えっと……目的を達成するための具体的な手だてとなっていますね」

「その説明だけ受けても、全くわからないですね」

「ふふっ。確かにそうですね。なら、この言葉の使い分けの一例を見てみましょう」


 綾先輩はスマホを取りだし、指で操作していく。彼女が調べている間、僕は先ほどの言葉の意味について、解釈を試みる。だが、答えらしきものは得られそうになかった。


「ありました。例としては大学受験が挙げられていますね。大学受験において目指す事柄は『行きたい大学』になりますね。だから目的は『〇〇大学合格』になります。では、目印は何でしょうか。それは試験である一定以上の点数を取ることになります。なので、目標は『〇〇〇点以上の獲得』になります。今度はその手立てですね。これは『勉強すること』になりますね。行きたい大学に行く、点数を取ると言うことは知識や知恵をつけるしかないですからね」

「そうなると、手段は目標を達成する具体的な手立てとしても良いわけですね」

「はい。ここでもそう書いてあります」

「となると、目的は『ゴール地点』、目標は『ゴール地点に行くために必要なモノ、場所』、手段は『どうやって、行くかの方法』と区別できそうですね」


 後はそれをどう自分に置き換えて言葉にするか、か。


「ふふっ。迷っているようですね。私もここにいるだけでは、できそうにありませんので、探索でもしましょうか?」

「そうですね。俺の方もこのままでは何も思いつきそうにありませんから。助かります」

「はい。では、ここはもう閉めちゃいましょう」


 僕と綾先輩は椅子から立ち上がると鞄を持ち、教室を後にした。

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