一章 辺境編

第四話 辺境の地

  疾走するグラニは、森を抜け放牧地を抜け、見知らぬ場所を駆けていた。もう、どれほど移動したのか分からない。


 物凄い勢いで駆けていた為か、身体を拘束していた手綱はすっかり緩んでしまっていた。日暮れに差し掛かって来た頃、進行方向に小川が見えてきた。流石のグラニも疲れているのか、そこで足を止めた。


 緩んだ手綱を解いて、グラニから降りる。一面の草原には人の生活の跡は感じられない。


 グラニが川の水を美味しそうに飲む姿が視界に映り、喉が水を欲していることに気が付いた。グラニを追う様に、川辺に移動し両手に水を掬い喉を潤す。

 

「冷たいな」


 日が沈み、気温が下がった所為かひどく水が冷たく感じる。


 グラニの背に縛り付けられた所為で打ち身になった身体を川の水で軽く流す。一通り汚れを落とし、川辺に横になると眠気が襲ってきた。


 眠気に誘われる儘に目を瞑ると昼間の光景が瞼に映る。何事もなく進む筈だった巡礼の旅に突如として現れた異常事態イレギュラー、目の前で行われた命のやり取り。いや、一方的な虐殺。今までの生活では接してこなかった血生臭い出来事。


 そして何より感じるのは、無力感と


「理不尽さ……か」


 聖女である妹と接している時に感じていた事だった。それが、ハル以外の奴によって俺を苛ませる。神殺し、フリュムと名乗った男に―――――――――――――


 意識は徐々に遠ざかっていく中


「こんな草原、ヴァルハラにあっただろうか」


 ふと、そんな事が頭を過った。





 気が付くと俺は、見知らぬ所に立たされていた。


 グラニが辿り着いた小川がある草原とも違う景色だ。あたりを見渡すと前方には、俺の護衛十人の男たちが立っていた。


 近づこうとするが身体はピクリとも動かない。


 前方に視線をやると遠くから初老の男が金髪を靡かせながら歩いてくる。初老の男が前方の護衛達の目の前で立ち止まった。


 次の瞬間、護衛の一人を光の剣で斬り裂く。


 一人を斬り裂いたら、次の一人を斬り裂く。そうやって初老の男はゆっくりと近づいてくる。十人目が斬り裂かれ、いよいよ俺の番かと思った時に、誰かが語りかけてきた。


『お前は弱い』


 くぐもった声が頭に響き渡る。


『お前の弱さが彼らを殺したのだ』


 見たくもないのに、自然と俺の瞳は斬り捨てられた護衛達に向く。


『お前が弱いから、妹もお前を見ない』


 やめろ、と叫ぼうとするが満足に口すら動かせない。


『弱いお前は、死ぬしかない』


『そうだろう? シド・オリジン』


 瞬間、光が視界を覆い尽くした。





 ハッとして身体が飛び起きる。


 革の鎧の下に身に着けていた麻の衣服は汗でびしょびしょに濡れていた。


 周囲を見回すと、辺りはすっかり暗くなっており、星空が広がっていた。眠りについてから然程時間は経っていないようだった。グラニを探して、後ろを振り返ると


 初老の男が驚いた様な顔でこちらをまじまじと見ていた。


「こんな時間にに人がいるとは……」


「ああ! いや、私は野盗ではありませんぞ。暗がりに人が見えたので……」


 初老の男は、自身が不躾に視線を送っていることに気づき慌てて事情を説明してくる。初老の男に気にしてないと伝えて立ち上がろうとすると、初老の男がズイっと顔を近づけてくる。


「ひどい顔色だ。うちの村に来なさい。少しなら食料に余裕もある」


「もちろん、嫌でないなら」


 疲れていた俺は気づいたら頷いていた。


 俺はその男性に連れられ、グラニと共にその村にお邪魔することになった。半刻ほど歩き村に着つくと、一番大きな家の客間らしき部屋に案内された。そこで干し肉と乾パンを出され、事情を説明してくれるみたいだ。


 どうやら、狩りから帰ってきた村の若い衆が俺を見つけて、初老の男に報告していたらしい。


「なにより、無事でよかった。夜になると狼を出るので」


 そう言って初老の男は笑っていたが、何かに気づき真面目の顔になる。


「……申し遅れた。私はこの辺境地域のこの村で村長をしているアルハンです」


 どうやら老人の長話は世界共通らしい。


 しかし、アルハンの話によると辺境地域とは、神国ヴァルハラにもミズガルズ連邦にも属していない世界の果てだという。


 そんな場所に人が住んでいるとは知らなかった。


「辺境は初めてとな。なら驚かれるのも無理はない」


「かつての大戦。ゲッテルデメルングの際に人にも神にも与せずに戦火を逃れた者たちが、この地に村々を作った故な」


 顔に出ていたのか、俺の内心を察したアルハンが説明してくれる。


「まあ、体調が良くなるまでうちの村に居なさい。あなたの馬も少しは休ませないと死んでしまうぞ」


「わかった。グラニと俺の調子が戻るまで世話になる」


 こうして俺は辺境地域の村で世話になることになった。


 アルハンから空き家の場所を聞き、グラニと共に村のはずれに向かう。グラズヘイムから見た城下の家々よりだいぶ質素な家だが、一人では十分過ぎる大きさの家だった。


 家の外にグラニを繋ぎ、アルハンから譲って貰った水と餌をやる。


 俺が渡した人参を美味しそうに食べるグラニの背を優しく撫でる。


「ありがとう」


 アルハンが言っていた言葉を思い出し、グラニに感謝を伝えるとグラニが嬉しそうに嘶く。そのグラニの行動に少し心が軽くなる。


 暫くグラニの相手をして家に入ると、埃を被った大部屋が俺を迎える。床の埃を払って敷物を敷いて横になった。


 目を瞑ると今日の出来事が脳裏をよぎる。


 今日はあまり眠れなさそうだ。


 


 


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ゲッテルデメルング あーるわい @RYuSecil

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