第三話 運命の分岐点

 巡礼の旅は神国ヴァルハラ東部、聖都グラズヘイムと国境の間に広がる樹木林に差し掛かっていた。神国ヴァルハラ最大の森林地帯であり、暗黒林ミュルクヴィズとまで呼ばれている。背の高い木々が生い茂っている暗黒林ミュルクヴィズは陽射しは少ししか地表に達せず、樹木林の内部を通っている街道も細く整地も十分にされているとは言えない為、巡礼の旅における山場となっている。


 見通しも悪いため、護衛達も神経を尖らせ足場の悪い道を進む。必然として俺たちの口数は前日の道行きとは大きく異なり、殆どなかった。太陽が中天に達する頃にようやく、次の村までの道のりが半分程という所まで差し掛かる。


 異変は突然訪れた。


 前後左右を護衛達に囲まれ、動き辛そうにしていたグラニが突然足を止めた。そして、周囲を窺うように首をきょろきょろと動かし始める。


「どうしたんだ、グラニ。腹でも減ったのか?」


 俺はグラニの挙動に違和感を感じながらも、グラニの首を優しく撫でて落ち着かせる。しかし、次の瞬間に俺や護衛達もグラニの挙動不審の原因を察知する。


 落ち葉を踏みしめる音。小さいながらも金属が擦れる音。そして、その音が複数人の集団によって響かせられ、こちらに向かってくることを……


「何者だ! 我々はエインヘリアル第二予備隊! 聖女様の命を受け巡礼中であるぞ!」


 護衛の一人が声を張り上げ、向かってくる未知の集団を牽制する。しかし、集団はそれを無視してこちらに接近を続ける。漸く相手の姿が、木々の隙間から見えるようになった時には、俺も護衛達も臨戦態勢に入っていた。


「神の御子、シド・オリジンだな? 悪いが身柄を確保させてもらうぞ」


 暗殺や潜入には似つかわしくない、ミズガルズ連邦の国章を付けた剣を振り抜きながら、先頭の男はそう言った。


「何故、こんなとこに……ミズガルズの者が! しかし、見つけたからには生かして返すわけにはいかぬぞ!」


 護衛達も声を張り上げ、武器を手に俺の前に出る。双方が睨み合うのも一瞬、ミズガルズ連邦の兵士が剣を手に攻撃を仕掛け、両者入り乱れる形で戦闘が始まった。


 狭い林道では整然とした集団戦など出来る筈もなく、乱戦となった戦闘は双方に傷を増やす形となる。片方が剣を振るえば、もう片方も剣をぶつけ弾く。片方が切っ先を突き出せば、もう片方は剣の腹で軌道を逸らす。


 双方とも打ち合う剣戟が増えれば、必然として裂傷が増えていく。戦乙女に見染められた戦士の卵エインヘリアルの見習いと互角の技量を誇るミズガルズ連邦の兵士も精鋭と言われる部類に入るのだろう。


 双方の衝突に割って入って戦況を好転させられる気がしないまま、俺は指を咥えて見ているしかなかった。


 そんな両者の拮抗は突然破られることになる。


 後方から跳んできたが、前方に展開した護衛二人を綺麗に両断した。護衛達の死角から跳んできた何かは、光を纏った斬撃として次の瞬間にもう二人の護衛を斬り上げ、上空に吹き飛ばす。


「エインヘリアルの見習いと言ったところか」


 そう言って返し刀でもう一人の護衛を切り伏せ、さらに言葉を続ける。


「惜しいな。こんな任務に就かなければ立派な戦士になったろうに」


 五人もの命をいとも簡単に奪った男。返り血一つ浴びずにこちらを振り返る男。そんな男がさらに一歩、こちらに踏み出す。


「まさか……! その光の剣、神殺しか!」


「ほう……見習いといえど我の事を知っているのか。そうだ、我こそは光の剣のフリュムである」


 フリュムと名乗ったその男は俺に視線を向け、光の剣を振るう。予備動作が一切存在しない完璧な不意打ち。咄嗟の事に俺は目を閉じる事しかできなかった。


 だが、次に来るであろう筈の痛みの代わりに浮遊感が俺を襲う。


「良い馬だ。主人を守るために何をすべきか良く分かっている」


 グラニが俺を乗せたまま、大きく飛び退いたらしい。しかし、フリュムと名乗る男の目は次を狙っている事を雄弁に語っている。


「だが、次は外さん」


 今度は先ほどは無かった予備動作に入る。フリュムの俺を獲物としてしか捉えていない言動に、頭に血が上る。


「化け物が……! 俺だって神の御子だ、やってやるよ!」


 圧倒的な実力差を理解してなお、俺の頭は冷静にはならない。二日前から続く不愉快な出来事に、フリュムの言動が加わり、何かが溢れたような気分だ。


「ッ! シド様、落ち着いてください! 奴は神殺しです。神を殺した男なんです! ここは我々が抑えますのでお逃げください!」


 残った護衛の一人が強引に俺の肩を掴み、グラニに乗せて手綱で縛り付ける。他の四人はフリュム達の前に立ち、剣を構える。


「失礼を、シド様。どうかお逃げください」


「行けグラニ! シド様を安全なとこに連れて行ってくれ!」


 グラニを走らせた護衛はフリュムの斬撃を身を挺して庇う。


「戻れ! グラニ!」


 俺はそう言ってグラニの腹を蹴って止めようとする。しかし、グラニは俺の言うことを聞かずに速度を上げる。


「とまってくれ、グラニ! 俺はあいつらを見捨てて逃げるわけには行かないんだ!」


 俺はグラニに必死に訴えかけるが、グラニはさらに加速する。


「俺は……もう逃げ続けるのはうんざりなんだよ。だから―――――――」


 俺の悲痛な呟きは後方で響いた斬撃音に搔き消される。


 疾駆するグラニの上で振り返ると、光が煌めくのが見えた。

 

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