騎士の誓い


「ジーンさまから頼まれていたの。妹は止めても無駄だからイライジャ様を呼べと。家長の指示に従ったまでです。あなたが着替えている間に早馬を飛ばしましたの」


 アリシアはイライジャに向き直すと、深くお辞儀をした。


「イライジャ様。お呼びだて申し訳ございません。お越し頂き誠にありがとうございました。主人に代わってお礼申し上げますわ。……それにしても、お早いお着きでしたわね。もっとお時間がかかるかと。助かりました」


「こちらに向かっているところでしたから」

 ナターシャは二人の会話に眉根を寄せた。


「もしかしてアリシア様、時間稼ぎをされていたんですか……?」

 質問すると、アリシアはにこっと笑顔を返した。


 これでアリシアがナターシャの部屋に来た理由がわかった。ここに留めるための変装の指導だったのだ。……本性も晒していたが。


 さすが、参謀をも務める宰相ジーンの嫁。天性の甘え上手に、先手で立ち回れる。自分もこうあるべきだとナターシャは彼女を見習おうと思った。侮れない相手だと負けを認め、薄く笑う。


「義姉様には敵いそうにありませんわね」

 

 ふうっと息を逃してから、婚約者候補から除外をしたばかりのイライジャを見上げた。


「イライジャ様を呼んだところで、私の意思は変わりませんわよ。これから婚約者候補の方々を見て回りま……」

「承知した」

「承知って……どうして? イライジャ様はわたくしを止めに来たんじゃなくて?」

 イライジャの即答に、ナターシャは目を見開いた。


「俺はジーン宰相に、ナターシャ嬢の護衛を頼まれている。陛下も許可をくださった」

 イライジャの説明を補足するように、アリシアが口を開く。


「皇帝陛下と皇后様がフルラ国へ赴いたので、イライジャ様は今、皇后様の護衛の任を解かれているのですよ」

 

 ミーシャはまだ皇后ではないが、アリシアは兄同様に彼女を皇后呼びした。


「つまり、私の考えは兄様に読まれていたのね」


「言っただろ。ナターシャの好きにしたらいいと。自由にしていい。俺はどこまでも、護衛としてついて行くだけだ」


 悔しい。何もかも読まれて、手を打たれている。


 どうにかしてイライジャを振り切れないだろうか? と一瞬考えたが、陛下不在の今、帝国の防御全てを管理統治しているのはおそらく彼だ。変装もままならない自分では、張られた網を抜け出すのは無理だとすぐに気がつき肩を落とした。


 ふっと自嘲するように笑ってから、彼を見上げた。


「陛下たちが帰るまで、イライジャ様は私の騎士ナイトってことね」


 イライジャはリアムを主と決め、守るために近衛騎士団長まで上り詰めた実力のある人。それなのに、最近はずっと魔女の護衛を任されていた。次は宰相の妹。


 ナターシャは相変わらず損な役回りの彼が不憫に思えた。

 優秀だけど、寡黙で実直だからしかたないか。


「かわいそうに。自分を振った女の護衛をするはめになるなんて」

「光栄ですよ。この采配をしてくださったジーンさま、並びに陛下には感謝しかございません。そして……」


 背の高いイライジャはそこで言葉を切ると腰を曲げて、顔を近づけてきた。


「ナターシャ様。家を抜けだそうとしてくださり、ありがとうございました」


 目の前でにこりと微笑む彼から、ナターシャは顔を逸らした。


 本当に、かわいそうに。

 ナターシャが動かなければ、彼は令嬢のお守りなどの任務は発生せず、通常業務ができただろうと同情した。


「陛下を守る近衛騎士団長のあなたが、たかだか令嬢の護衛なんて……もったいないこと。本当は嫌でしょう? 建前など、わたくしには結構よ」


「我が国は陛下の作った流氷の結界のおかげで防御力が鉄壁ですからね。私は意外とやることないんです」「それに、ナターシャ様の護衛は、本気で光栄に思っていますが? どうして信じてくれないんですか」


 ちなみに宰相のジーンは仕事がたんまりとある。陛下と共にフルラに向かったが、仕事持参だ。


 ナターシャは姿勢を正すと、イライジャに向き直った。


「いいわ。私のことを死ぬ気で守って」

「仰せのままに」


 イライジャは膝をつくと、胸に手を当て頭を下げた。ナターシャの外套に触れると、そっと、キスをした。


「ナターシャ・アルベルト様。この命、あなたに捧げます」


『騎士の礼』にナターシャは思わず息を呑んだ。

本来なら主人、リアムにしかしない、最大限の敬意だった。


――ねえ、騎士とお姫様ごっこをしよう。

 

 昔、自分がお姫様で、イライジャを騎士にみたてたごっこ遊びをよくした。同じ文面に懐かしさを覚えた。

 しかし、今回はごっこ遊びにしては真剣すぎる。


 せっかく、婚約者候補から外したのに、護衛って。

……イライジャ様、やっぱり重い。


 彼から特別をもらってもナターシャは同じだけの想いを返せない。じっと見つめられて、胸が苦しかった。視線を逸らしたら、アリシアと目が合った。


 声を発さずに口パクで、返事をしてと言っていた。

 しかたなく、もう一度イライジャに視線を向ける。


 相変わらず熱っぽい眼差しを向けられていた。嫌気を感じつつも誠実な彼を無下にもできず、ナターシャは腹をくくると返事をした。


「イライジャ・トレバー。この命、あなたに預けます」

「ありがたき幸せ」


 イライジャはすくっと立ち上がった。清々しい表情に、胸が一瞬とくんと反応したが、気の迷いだとすぐに打ち消した。



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