プロローグ 中編

「見えました。王都です」

「……すっげぇな」


 少しだけこの国についての授業をしよう。

 この国〈フレースヴェルグ王国〉は世界に三つある大陸の内の一つ〈鳳凰大陸ほうおうたいりく〉に存在する大国だ。

 〈鳳凰大陸〉にはもう一つ大国があり、そのお国とは頻繁に戦争していたが、ここ20年程は休戦しているようだ。今は戦時中ではないため、結構穏やかな雰囲気らしい。


 さて正面に見えますは〈フレースヴェルグ王国〉の王都〈ネヴァン〉。

 見た通り海に面している港湾こうわん都市である。


 海に面している部分は港になっており、そこに並ぶは無数の商船と無数の軍船である。


 俺たちが乗っている魔導船に一隻の帆船が近づいてくる。この魔導船より10倍は大きい船だ。きっと軍船だろう、素材のほとんどが鋼鉄である。


「あなたの身柄の引き渡しは海上でおこないますよ」

「資料で見たからわかってるよ」


 先生は大型船のすぐ側で魔導船を停める。

 後はあっちから梯子はしごを下ろしてくれるはずだが……、



「へぇ、アレがカルラ様の影武者ドッペルか。こっからじゃよく見えないなぁ」



 大型船の上に俺と同世代ぐらいの大剣を背負った男がいる。


「早く梯子を下ろしなさい。受け渡しは迅速にと言われています」


 頬のコケた厳格そうな男もいる。黒髪。30代なかばほどで肌白く、目の下に隈がある。怖い。目が合っただけで呪ってきそう。

 大剣を背負ってる方は糸目で青髪ショート。中性的な見た目だ。


「悪いね。梯子を下ろす前にやることがあるんだ」

「やれやれ、またあなたの悪い癖ですか」

「違うよ。これはあるじの命令さ。品定めしろって言われてるんだよ」


 なんだ? 全然梯子を下ろしてこないぞ。


「なんかトラブルか?」

「あのお二方は第5王子の親衛隊の二人、リン様とアルハート様のはず。一体なにを……」


 大剣を背負ってる方が船から身を乗り出す。


「おい、なにやってんだアレ!?」


「よっと」


――飛び降りやがった!?


 大剣を抜いてるし、しかも俺めがけて飛んできてないか!?


「意味がわからん……!」


 飛び退き、大剣による刺突を避ける。

 男の大剣は船の甲板に深々と突き刺さった。


「リン様! これは一体……」

「手を出さないでねせ~んせ。彼の実力が見たいんだ」


 薄く開かれた瞼の隙間から、銀色の瞳がちらりと見えた。

 ゾク、と背筋を悪寒がなぞる。雰囲気でわかる……コイツ、強いな。


「僕はリン=フロウ。第5王子親衛隊の一人だ」


 リンと名乗った男は腰に差した剣を鞘ごと俺の足元に投げた。


「突然で悪いけど僕と決闘してもらうよ。拒否権はなし」

「……理由ぐらい聞かせてくれてもいいんじゃないのか?」

「理由かぁ。主の命令……つまり君のオリジナルの命令なんだよね。だから理由はカルラ様に聞いてよ。僕はただ命令を果たすのみ。君を殺すつもりで追い詰めるだけだ」

「なんだそりゃ……ふざけやがって」


 足元にある剣を取り、鞘を抜き去る。


「所詮は使い捨ての命だろうけどな、意味なく殺される気はない。返り討ちに遭っても文句言うなよ!」

「くく……大丈夫。ここで僕が殺されたならきっと、主は満足するさ……」


 横薙ぎに振られる大剣、俺は剣を数センチのところで躱す。だが、その一薙ぎの風圧で服に切れ込みが入った。

 当たってもないのに服が破れるなんてな……こりゃまともに受けるとやばい。


「それ」


 すぐさま振り下ろしの大剣が迫る。こんな重そうな大剣なのになんて剣速だ。

 まともに剣で受ければこっちの剣が折られる。ならば――


「へぇ」


 俺は退がるのではなく前進した。少しでも反応が遅れれば全身真っ二つコースの危険な賭けだ。


――いける。


 前進しながら身を捻り大剣を躱す。大剣を振り下ろし、隙のできたリンの喉めがけて突きを繰り出す。


 ガゴン!! と、脇腹から轟音が鳴った。


「ぐっ!?」


 俺の剣がリンに到達するより前に、大剣の剣脊けんせきが俺の脇腹を捉えた。

 ミシミシ、と骨の軋む音が聞こえ、俺は思い切り殴り飛ばされた。船の壁に背中からぶつかる。


 背中と脇腹に激痛……やべぇ、立てねぇ。なんてパワーだ……!


「うーん、所詮は影武者ドッペルか。カルラ様に比べたらお粗末な剣技だね」


 リンがジリジリと歩み寄ってくる。


「でも問題はそこじゃない」


 リンは足を止め、


「君さ、目に生気がないよ。生きようとする気概が見えない。決死の覚悟で勝負に出るのは良いけど、命に執着のない人間の決死の覚悟ほど軽いモノはないね。あばらが折れても剣を突き出す覚悟があれば、僕に勝てたかもしれないのに……」


 生に執着……か。たしかに、他人より俺は自分の命に執着はない。

 もしも本気で生きる気だったなら、あの大剣の攻撃を受けても踏ん張り、カウンターを狙っただろう。それが本当の決死の覚悟というものだ。

 あの時の俺の心境は『別に死んだっていいからカウンターを狙ってみよう』というものだ。あまりに軽い決死の覚悟である。


 はー、マジか。

 こんなすぐに死ぬことになるとは……せめてステーキ食ってから死にたかったぜ。


「カルラ!!」


 先生の心配そうな声。

 悪いな、もう抵抗する力がない。


「じゃあね、バイバイ」


 リンが大剣を振り上げた、瞬間、

 脳内によぎったのは……クレインの言葉。


『君が死ぬとカナリアが悲しむ』


 生と死の狭間、俺の頭に浮かんだのは走馬灯などではなく――一人の少女の泣き顔だった。



「……っ!!」



 全身が、勝手に動いた。


「ふふっ」


 リンの笑い声。

 気づくと俺は手に持った剣を振り上げ、振り下ろされたリンの大剣を真ん中から真っ二つに斬り裂いていた。

 俺が斬ったはずなのに、斬る瞬間の記憶がない。無意識に、剣を振っていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」

「いいねぇ、今の君の目は……生きたいって叫んでるよ」


 リンは薄く笑い、


「ごーかく♪」



---



 決闘が終わったところで梯子が投げられた。


「もう十分でしょう? 早く影武者ドッペルと共に来なさい」

「は~い、アルハート様ぁ」


 俺は納得のいかない顔で剣を鞘にしまう。


「あ、その剣は持ってていいよ。カルラ様はずっと剣を腰に差してるからね」

「……お前、俺になにか言うことないか?」

「え? ああ、そうそう、カルラ様は僕のこと『リン』って呼ぶんだ。だから君も『リン』って呼んでね」

「んなこと聞いてるわけじゃ……もういいや」


 暗に謝罪を要求したのだが通じなかったようだ。


「カルラ、気を付けてくださいね」

「さっきみたいなことがありゃ嫌でも気を付けるさ」


 リンの後に続き梯子を上り切ると、先生は船と一緒に大海原へ消えて行った。


 ここからは一人の戦いだな……。


 大型船に乗り移った俺は船内のベッドルームに案内された。


「改めて自己紹介するね! 僕はリン=フロウ、13歳。カルラ様の親衛隊で弓兵だよ。よろしくね~」

「お前、剣士じゃねぇのか……?」

「うん。大剣持ったの今日が初めて~」


 それであの強さ……うわぁ、自信なくす。


「さて、次は私の番ですね」


 リンが下がり、次に頬コケの男が名乗る。


「私はアルハート=ヴェントゥス。カルラ様の右腕であり、親衛隊隊長。カルラ様からは『相棒』と呼ばれています」

「名前以外全部嘘でーす。カルラ様の右腕でもなければ親衛隊隊長でもないし、カルラ様はいつも『アルハート』って呼んでまーす」

「余計なことを言わないでくださいリンさん。せっかくカルラ様と同じ声に相棒と言われるチャンスだったのに……」

「アルハートは参謀的存在だよ。隊長ではないけど副隊長ではあるね」

「いずれは隊長になります。まったく、あの小僧さえいなければ……!」


 アルハートは唇を噛みしめる。怖い。負のオーラが見える。


「うーんと、じゃあとりあえず『リン』と『アルハート』って呼べばいいんだな。これから三日間よろしく」

「うん、よろしくね~」

「よろしくお願いします」


 第一印象は最悪だったが、こうして話してみるとどっちも物腰が柔らかくて接しやすそうだ。


「今後の予定ですが、今日はこの後王宮へと足を運び予定は終了です。明日の午前も特に予定はありません。本番は明日の晩餐会です」

「例の暗殺予告があったやつだな」

「そうだよ。僕とアルハートも同席するから、君はただ来客者に笑顔を振りまいて食事を楽しんでくれればいい。刺客は僕らで押さえる。ああそれと、国王様も顔見せに来るようだから失礼のないようにね」


 国王も来るのか。

 資料には俺以外の王族は大事を取って出席しないと書いてあったのだが。


「オリジナルのカルラ様はどこにいるんだ?」

「もう身を隠してるよ。入れ替わりの準備は整っている」

「そこのハンガーに掛かっているのがカルラ様の服です。王都に着く前に着替えてください。着替えたらもう、あなたはカルラ=サムパーティ、この国の第5王子です。覚悟はよろしいですか?」


 いいえ。という選択肢はないだろうよ。


「ああ」

「では、甲板でお待ちしています」

「もう王都まで時間ないからなるはやね~」


 リンとアルハートがベッドルームから出る。

 俺は壁に掛かった服を観察する。

 豪奢なシャツに長ズボン、やたらボタンの多い上着。ブーツは膝下まで丈がある。


 一番鼻につくのは竜の刺繍のあるマントだ。こんなダサいの着なくちゃいけないのかよ。


「……クレインとカナリアが見たら笑うだろうな」


 服の着方は習っている。

 記憶を掘り起こしながらカルラの衣装に身を包む。

 うん、ピッタリだ。いや、ピッタリより少しだけ余りがある。ちょうどいい着心地。服ってのは少し大きいくらいが着やすいからな。


 部屋にある鏡に全身を映してみる。


「……意外に、似合ってるな」


 こんな高い服が似合うとは我ながら驚いた。

 改めて自分が王族のコピーだと認識した。



---



 王都は“港町みなとまち”、“城下町”、“スラム”、“要塞特区ようさいとっく”の四つの区域に分けられる。


 海に面している東側が港町。漁師、商人、軍人が入り交じり一番活気に溢れているそうだ。中流階級を中心に暮らしている。


 城下町は海に面していない西側から中心部にかけて存在する。下流階級~上流階級まで幅広い人間が住んでおり、一番面積が大きい区域。


 スラムは城下町と港町の狭間、南側にある区域。極貧層が住む場所だ。面積は小さいが、人口密度は一番大きく、身寄りのない子供や社会から弾き出された大人が混在する。処分に困ったゴミはここへ捨てられ、スラムの人たちはそのゴミから食料や金目のモノを探すそうだ。


 要塞特区は王都のど真ん中に位置する王宮を中心とした区域。周囲は高い壁で囲まれている。騎士団本部もここにあり、強固な防衛力を誇る。


 船が港にくとすぐさま俺は馬車に入れられ、景色を楽しむ暇もなく出発した。窓はカーテンでさえぎられており、外が見えない。

 正面にはアルハートが、隣にはリンがいる。


「いやぁ、驚き! こうして見るとほんっとソックリだね!」


 リンはペタペタと頬っぺたを触ってくる。


「ふむ。たしかにこの髪質、我が主と同じ……」


 アルハートが興味深そうに髪を触ってくる。アンタは注意する側じゃねぇのか!


「さすがにカルラ様にはべたべたできないからねー、こっちでカルラ様の感触を味わっておこうっと」

「こ、これが我が主の鼻頭はながしらの感触か……っ! しゅ、しゅばらしい!!」

「いい加減にしろお前ら! 気色悪いんだよ!!」


 二人の手を振り払う。


 暇になったので、アルハートの許可を得てカーテンの隙間から外を覗いた。

 人がいっぱいいる。わかってはいたが、外の世界には人がうじゃうじゃいるんだな。人に酔いそうだ。 


 馬車は港町を抜け、要塞特区を囲う城壁に到達。御者と門番が小さく会話を交わし、御者が通行証を見せて城門を開けてもらった。馬車は要塞特区に突入する。


「もう少しかな」


 それから7分ほどで馬車は止まった。


「着いたね。さぁ、降りますよ。カルラ様」


 馬車から降りた俺はその巨大な建物に圧倒される。

 横にも縦にも大きい。学校の20倍……いや30倍ぐらい大きい。圧巻の一言だ。これが城、か。

 でも驚きを表に出してはいけない。俺は第5王子カルラ=サムパーティ。この王宮も見飽きているのだ。


 つまらなそうな表情で俺は王宮を眺めた。


「カルラ様。申し訳ありませんが私は別の職務があるので、ここで失礼します」


 アルハートは一人、馬車で王宮とは違う場所へ向かった。


「それでは行きましょうカルラ様。僕が前を歩きます」


 リンは馬車の中の態度とは打って変わって従者らしい、かしこまった態度を取り始めた。


「ああ、頼む」


 あらかじめ先生から聞いていたカルラの口調を真似する。


 一人称は“俺”、二人称は“お前”。まぁ俺と同じだ。というか影武者ドッペルはオリジナルの一人称と二人称に合わせるから俺は強制的にこの一人称と二人称を言わされていた。別にいいけど。


 敬語を使うのは三人の兄(オスプレイ、ワッグテール、クレイン)と一人の姉 (シグネット)、国王、王妃のみだ。

 リンに続き、王宮に入る。だだっ広い玄関ホールだ。

 階段を上がり二階へ。それから廊下を歩いていると、正面から二人組が歩いてきた。


「!?」


 片方は白髪の老騎士。そしてもう片方は――赤毛の少女だった。


――カナリアだ。


 いや、カナリアオリジナルと言うべきか。まったく同じ顔、同じ体。しかしその翡翠の瞳は凍てついている。

 カナリアの活発さのようなものを感じない。クールな面持ちだ。


「おはようございます。カナリア様、エルヴァン様」


 リンが挨拶する。


「おはよう、リン」

「おはようございます」


 老騎士とカナリアオリジナルがリンの挨拶に応える。


「おはようございます、カルラ様」


 老騎士が頭を下げて挨拶してきた。


「うむ、おはよう」


 俺は頭を下げずに言う。すると、


「おはようございます」


 カナリアオリジナルも俺を一瞥し、頭を下げずに挨拶してきた。


「お、おはよう」


 詰まりつつも俺は言う。

 聞き慣れたカナリアの声で、おはようございますと挨拶されたのが違和感満載だった。

 すれ違った後、ふと振り返る。

 すると、カナリアオリジナルと目が合った。彼女も同タイミングで振り返ったのだ。


「……」


 彼女は何も言わず、また前を向いて歩きだした。その瞳はどこか俺を観察するようだった。

 カルラが影武者ドッペルと入れ替わっていることは王子たちは知っているはず。影武者ドッペルが珍しかったのだろうか。


「どうぞ」


 リンがある一室の扉を開き、促してくる。ここが俺の……カルラの部屋なのだろう。

 俺が部屋に入るとリンも中に入って扉を閉めた。


「ふーっ、これで一安心かな」


 砕けた態度でリンは言う。


「ここがカルラの部屋か……」


 天蓋付きのベッド。天井に吊るされたシャンデリア。家具はどれも見るからに高そうだ。

 呆れるぐらい広い。俺たち影武者ドッペルは男女で部屋が別れていて、男子6人(今は4人)で一つの部屋を使っているのだが、その6人部屋と同じくらいの広さだ。さすが王子様。


「今日はこの後昼食と夕食をって、お風呂入って終わりだよ。昼食も夕食も部屋に運ぶから外野は気にせず食べるといい」

「お、飯か。楽しみだな」

「明日のディナーで出す予定のステーキとかスープとか出すから、テーブルマナーのおさらいに使っていいよ」


 テーブルマナーは影武者教室で嫌と言うほど習った。授業でステーキ代わりに使ったのは魚の練り物だったがな……。


「僕は外で待機しているから何か用があれば声をかけてね」

「了解。ここまでの案内、ありがとな」


 リンはクスりと笑う。


「……ありがとな、か。カルラ様の口からは絶対出ない言葉だなぁ」


 そう呟いてリンは部屋を出た。

 カーテンを閉め、外から見えないようにし、


「おうら!!」


 俺は自分の体積の5倍以上もあるベッドに助走をつけて飛び込んだ。


「……ふっかふかだ……やべぇ、寝そう――ん?」


 ベッドに飛び込んだ衝撃で枕がズレた。枕がズレたことで、俺は枕の下にある物を発見した。

 それは一冊の本。タイトルは――“王位争奪戦ルール解説”。


「……手書きの本。しかもこの字……」


 散々見てきた筆跡だ。この筆跡にひたすら自分の字を寄せてきた。

 この字は――第5王子カルラの字だ。



---



 王位争奪戦は4年後に開催される王子同士の争いだ。

 これに勝利した一人が次代の王になる。

 俺はこの争奪戦について詳しいことを知らない。争奪戦の内容とかまったくわからないのだ。ジャンケンで決めるのか、それとも拳闘試合とか、はたまたクイズ勝負か。一切わからない。


 興味はある。

しかし影武者ドッペルの仕事とはまったく関係のないことだ。見るべきではない。


 影武者ドッペルとしての責務をまっとうするか、

 好奇心に従うか。


「ま、俺以外誰も居ないしな……」


 本を開く。

 中は絵本だった。


「字は綺麗だけど、絵はクソ下手だな」


 わかりやすく説明するために絵本にしたのだろうけど、絵の方はまったく解読不可。字だけ読もう。


(王位争奪戦は500年前から採用された次代の王の選定方法である。500年前、最初の王位争奪戦は円形闘技場でおこなわれた。9人の王子を闘技場に集め、殺し合いをさせ、残った一人を王としたのだ)


 血生臭ちなまぐさ!? なんて原始的な決め方だ。これじゃ猿と同類だろ。


(決闘で負けた8人の王子の骨で作り上げた王冠を、生き残った王はかぶったと言われている。この王冠を“ホルスクラウン”と呼ぶ)


 ホルスクラウン……初耳だな。

 つーか人間の骨で造った王冠なんて絶対被りたくないな。気持ち悪い。


(ホルスクラウンは王族以外が被るとその者に死の呪いを下す。逆に王族が被ればその者に英知を与えると言われている)


 なんというか、童話とか神話を読んでる気分だな。現実味がない話だ。


(ただしこの争奪戦の方式には大きな問題があった。それは武力のみで勝者が決まってしまう点である。これでは王に必要な知力やカリスマ性を測ることができなかった。ゆえに、争奪戦の方式は第二回目で大きく変更される。争奪戦の方式は決闘から宝探しに変更になったのだ。これが現代でも適用される争奪戦の方式である)


 宝探し?


(王子全員が14歳以上になった時、争奪戦は開始される。まず最初に現国王が“ピースクラウン”と呼ばれる8つの王冠を製造し、それを世界各地に隠す。このピースクラウンはホルスクラウンの欠片であり、全て集めると融合し、ホルスクラウンになる。世界中に散らばったピースクラウンを集め、ホルスクラウンを造り、そして最後にホルスクラウンを被った王族の血を引く者が次代の王となる)


 世界全てを対象とした宝探し、そんなので王を決めるのか……。


(争奪戦の途中で他の王子を殺害することは許可されているが、争奪戦の前に他の王子を殺害することは死罪に値する。争奪戦の際に王国軍に所属する兵を起用することは許されない。過去に王国軍に所属していた人間も却下である。しかしそれぞれが民衆や囚人、他国の兵などを勧誘し親衛隊を作り、運用することは許可されている。この宝探しには武力、知力、カリスマ性全てが問われるため、もっとも王に相応しい存在を選別することができる)


 これが争奪戦の成り立ちとルール。

 この争奪戦を誰の犠牲もなく始めるために存在するのが、俺たち――影武者ドッペルだ。

 しかし気になることがある。

 ホルスクラウンの素材だ。

 第一回目では王子の骨で造っていたそれを、第二回目以降はどうやって造ったのだろうか。このルール的に事前に王子の骨を集めることは不可能。

 普通に第一回目で造ったホルスクラウンを加工しただけか? だけどこの本にはホルスクラウンの元になるピースクラウンを現国王が『製造し』と書いてある。この言い方的に、新しく作ってるぽいよな。

 もしくはそれまでの争奪戦で死んだ王子の骨を保存し、使っているか。王冠一つに使う骨の量なんてたかが知れてるし、確実に余るよな。


 そもそもなんで王子の骨を使う必要がある? なんで8人の王子の骨でわざわざ王冠を造る?


 ……考えても仕方ないか。


 今、俺が考えるべきは明日の任務のことだけだ。余計な思考はいらない。

 絵本を元の場所に戻し、俺は昼食まで仮眠を取った。



 ---



「うんま~!!」


 昼食のステーキを一切れ食べた俺はあまりの美味しさに涙が出そうになった。


「あれ? もしかしてステーキ食べるの初めて?」


 正面に座っているリンはにこやかに聞いてくる。


「はじめてだよ。俺、肉と言えば鶏肉しか食ったことなかったしな。基本はカロリーバーっていう王子の飯に栄養素を合わせたパッサパサでクソ不味いモンを食わされる」

「へぇ、想像以上に厳しい生活をしてるんだね」

「スープもうまっ! 水もうまっ! サラダもうんまぁ!」

「水は君たちが飲んでるモノと大差ないと思うけど」


 料理ってすげぇな。こんな人を感動させるモンを作れるのか。

 クレインやカナリアにも食わしてやりてぇな、この料理。

 外の世界の物は持ち帰っちゃいけない、なんてくだらないルールがなければな。


「テーブルマナー完璧だね。これなら当日も問題なさそうだ」

「めちゃくちゃ練習させられたからな」

「凄いよね、正直驚いたよ。性格は違うけど、歩き方とか細かい癖とかカルラ様そっくりだ」

「……こちとら人生全部コピーについやしてるからな」

「君とカルラ様が会ったらどんな感じになるんだろうね。きっと会う機会はないけど、見てみたかったなぁ」

「俺は別に会いたくないな。なにを話せばいいのやらわからん」

「あの人は結構フランクだから、あっちから話題振ってくれると思うよ」


 自分のオリジナル、興味が無いと言ったら嘘になる。

 けれど、あっちは俺と違って王子として生き、王子の風格を持っているはずだ。自分とまったく同じ顔で、同じ声で、同じ遺伝子なのに、自分とは違って高貴な存在……きっと会ったら強い劣等感にさいなまれる。


 あー、やだやだ。せっかく美味い飯食ったのに気分が落ちちまったよ。


 それから適当に部屋で過ごし、夕食を食って、馬鹿みたいに広い風呂に入って、ベッドで眠って、一日は終わった。



――翌日。



 運命の晩餐会が迫る。



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 今日は俺の誕生日だ。

 そんでもって、カルラ=サムパーティの誕生日だ。

 朝からリンとアルハートに色々と指導を受けた。

 今日来る来賓らいひんの名簿、

 それぞれの性格や求めている態度、

 パーティの細かい日程、

 それを何度も何度も繰り返し教えられた。


「この晩餐会には遠方の国からわざわざ足を運んでくださった方もいます。もしもあなたが影武者ドッペルだとバレれば、カルラ様に対する彼らの失望は計り知れないモノになるでしょう。しっかりと演じ切ってください」

「もし正体がバレちゃったら打ち首にされちゃうかもね~」


 どうやら食事を楽しむ余裕はなさそうだ。



 ---



 夜。

 王宮の大広間で晩餐会は始まった。

 兄弟、他の王子はいない。これは事前情報の通り。そもそも王子たちはカルラオリジナルが影武者ドッペルと入れ替わってるのを知ってるから来るはずもない。偽物の兄弟を誰が祝いたがるものか。

 国王が来るのは面目上の問題かな。さすがに親族が誰も来ないとなっては来客者たちに妙な疑心を抱かれる恐れがあるからな。

 国王はまだ来ていない。王族は俺一人だ。

 ただ客はめちゃくちゃいる。第5王子様は祭りが好きなのか、100人近い人数がこの場に集まっている。

 晩餐会の主役たる俺に、一人一人挨拶してくる。晩餐会は立食方式なのでみんな手にグラスやら皿やらを持っている。


「いやはや、これでカルラ様も13歳になられましたか。もうすでに王の風格がありますなぁ」


 この人は王国軍の財政を担当する軍人。

 すべての王子に尻尾を振ってるらしい。好まれる答えは……、


「まだまだ俺は王の風格じゃない。至らぬ点ばかりで、いつも親衛隊の者達に助けられている。我ながら情けないよ。人の手を借りなくては何もできないからな」


 自信のない素振りをし、隙を見せる。この男が求めているのは完璧な王ではなく、扱いやすい王。自身を弱く見せるのが大切。実際、すぐさま男は調子に乗って自分のアピールを始めた。「金の扱いに困ったら私にご相談ください!」、「軍事予算が増えれば国はもっと潤いますぞ! 私が保証します!」、「ここ数年で王国軍が成長したのは私の手腕があってこそです!」等々、自分と軍事力に酔った話を次々とされた。

 わかりやすいやつ。俺が王子なら、コイツの手だけは借りたくないな。


 さて、次だ次。


「実は私の娘も今年で13歳でして、如何でしょう。一度お目に掛かれては……」


 この人は大陸の西の方にある小さな国の王様だそうだ。

 自分の娘とカルラオリジナルを結婚させ、王国からの援助を狙っているのだろう。


「ああ、機会があれば顔を見せに行こう」


 そんな機会はきっとない。あからさまに拒否すると感じが悪いからこの返答がベストだろう。

 次に姿を見せたのは――夜なのにサングラスを掛けた男。


「私のような〈レーヴァテイン〉の人間も招いてくださり感謝です。やはりカルラ様は懐が深い御方だ」


 〈フレースヴェルグ王国〉と大陸を二分する国、〈レーヴァテイン帝国〉。この人は帝国の大佐殿だそうだ。名はフェイル。歳は27歳。紫髪のロングヘアーで、目は鋭く、そのたたずまいには覇気と余裕を感じる。

 〈レーヴァテイン帝国〉とは現在停戦中で、関係は良好になりつつあると聞くが……リン曰く、一番刺客の可能性があるのがこの人らしい。帝国の中にはまだまだ王国に対し敵意を持つ人間は多いそうだ。


 リンとアルハートの警戒の色が強くなった。

 俺でもわかる……コイツは相当強いし、胡散臭い雰囲気がある。


「いつまでも喧嘩していても仕方あるまい。俺の代で終わらせたいものだな、其の国との歪な関係を」

「私も同意見でございます。是非、我々の代で終止符を打ってやりましょう。私はあなたの味方ですよ……


 フェイルは不敵に笑って、離れていった。

 警戒する必要はありませんよー、と言わんばかりに俺と距離を取り、両手をワイングラスと皿で塞いだ。

 とりあえず、大丈夫そう……かな。


 これで来客者への挨拶は一通り終わった。あとはビックゲストを待つのみだ。


 ガタン、と扉が使用人の手で開かれた。

 オーラとでも言うのだろうか、全員がその異様な空気に釣られて扉の方を見た。現れたのはマントを羽織った黒髪の男性。


――俺の中の遺伝子が、それを父親だと認識した。


 と言うのは半分冗談で、すでに写真で顔は見ていた。

 あの人がカルラ=サムパーティの父親で、この国の王。アイビス=サムパーティ。

 写真の通り、47歳にしては若い顔立ちだ。30歳そこそこに見える。長い黒髪、前髪は上げている。左半分しかない黄金の仮面をつけていて、マスクの隙間から見える左眼は鮮やかな黄色。右眼は俺と同じで青い。


 国王はまずフェイルに視線をやった。フェイルは深々とお辞儀をした。

 国王はその後は来客者に目を向けることなく、真っすぐ俺の方へ歩いてきた。


「……あ、えっと」


 俺の前で立ち止まり、何を考えているかわからない目で見下ろしてくる。

 色々と話は用意していたのに、その王たるオーラに包まれ……喉が詰まってしまった。

 緊張で言葉が出ない俺の肩を、国王は強く叩き、


「おーっ! お前さんもついに13歳になったかぁ! そろそろ女を覚える時期かねぇ」

「――は?」


 覇気の欠片もない笑顔で、国王はそう言い放った。


「ん? どうしたんだ皆々様? 構わずパーティを続けてくれ」


 王の言葉で、凍っていた来客者たちは食事を再開した。


「ち、父上。あの、ありがとうございます。今日は私の誕生会に来てくださり……」

「お前の誕生会にはこれまで一度も出れたことなかったし、一度ぐらいは顔見せないとな」


 あれ? 印象と全然違う。先生から聞いてた情報とも違う。もっと厳格な人物だと聞いていたのだが……。


「あ、この肉貰っていいか?」


 国王は俺の皿のステーキを指さす。


「ど、どうぞ」

「いただきまーす」


 国王は俺のフォークでステーキを口に運んだ。おいおい国王様、テーブルマナーの欠片もねぇぞ。


「うん、やっぱウチのシェフの料理は美味いな」

「国王様」


 従者の一人が国王に声をかける。


「もうか。息つく間もないな」


 国王は俺の目を見て、


「期待してるぞカルラ。誕生日おめでとう」


 そう言い残して部屋を出て行った。

 まるで嵐のようだったな。ウチの面子で言うとオスプレイに似た雰囲気だった。


「……カルラ様、そろそろ……」


 アルハートが耳打ちしてくる。

 来客も捌いて、国王も帰った。すでに晩餐会が始まって1時間は経過してるし、お開きにするにはちょうどいいタイミングか。


 最後は俺が挨拶して締めることになっている。席を立ち、全員の前に出る。

 全員の視線が集まり、静寂になったところで俺は最後の挨拶を始める。


「皆様、本日は私の誕生会に参加して頂きありがとうございました。まだまだ名残惜しいものの、今宵のパーティはこれにて」


 挨拶の途中で、 

 無造作に、部屋の扉が開かれた。

 リンとアルハートがいち早く反応する。


 扉を蹴破って現れたのは――真っ赤な外套で身を隠した人影だ。


 人影は小さい。カナリアと同じくらいだ。

 深くフードを被っていて顔は見えないが、金色の長い髪が外套から漏れて見える。


「あの~、すみません。招待状はお持ちですか?」

「聞くまでもないでしょうリンさん。扉を蹴り破る客がどこにいますか?」

「それもそっか。じゃ……お仕置きしないとね」


 リンとアルハートが侵入者を押さえにかかる。だが、


「どけ」


 侵入者はその小さな体をひるがえして二人を躱した。


「っ!?」

「カルラ様! お逃げください!」


 アルハートが叫ぶ。

 逃げろつっても、俺のスピードじゃアレを撒くのは無理だろうよ!


 侵入者は一直線に俺の方へ向かってくる。


――やばい。


 俺は食器のナイフを右手に持ち、構える。

 小さな侵入者はすぐさま俺との距離を詰めてきた。


「このっ!」


 俺がナイフを振り下ろすより早く、侵入者は俺の右手を蹴り上げてナイフを弾き飛ばした。

 素早い。まるで動きに対応できなかった。


「……すまないな。少々手荒だが、これしか方法がない」


 女の声。

 まだ幼い、女子の声だ。


精霊術せいれいじゅつ……“憑神つきがみ冰竜ひょうりゅう”」


 侵入者の右手が大きく膨らみ、白い鱗を纏った。爪も人の喉を裂けるぐらいに伸びる。

 なんだコレ、魔術か。いや、つーか、こんなので殴られたら死ぬんじゃ――


「ごふぁ!?」


 みぞおちを思い切り殴られる。

 20メートル上空から腹筋に岩でも落とされたような衝撃。腹に穴がいてないのが不思議だ。

 うずくまり、苦悶くもんの表情を浮かべる俺を、侵入者は見下ろす。


「影の者よ。鳥籠を壊す力は与えた。どう使うかはお前次第だ」


 影の者?

 コイツ、俺が影武者ドッペルだと知ってるのか……!?


「……テメェ、俺に何をしやがった……!?」


 俺の質問に答えることなく彼女は駆け出した。窓を割ったような音が聞こえる。きっと奴は窓を割って外へ脱出したのだ。

 音の方に視線を向けることはできない。体が動かない。


「カルラ様! ご無事ですか!?」


 リンが近寄ってくる。

 くそ、駄目だ。意識が……薄れていく。

 妙な感覚だ。めちゃくちゃ痛いのに……腹の底から、力が湧き上がってくるような――



 --- 



「ん……」


 晩餐会で気を失い、気が付いたら湖の前に立っていた。

 湖には全長8メートルはある大剣が刺さっていて、大剣の上には一人の少女が座っていた。



「やあ。はじめましてだね、我が王」



 白い装束に身を包み、目元を仮面で隠した少女。

 髪は白く、肌も白い。雲のような印象を受ける少女だ。


「晩餐会で気絶してから記憶がないけど……俺は攫われたのか?」

「違うよ。大前提としてここは現実じゃない。夢の世界さ」


 夢の世界。

 それにしては風も感じるし、太陽の熱さも感じる。


「それで、お前はなんだ?」

「私は精霊であり、死神であり、君の守護霊さ。さっきは『はじめまして』って言ったけど、生まれた時からずっと君と一緒に居たよ」


 守護霊……ってアレか、外敵から憑いた人間を守るって言う。どっちかって言うと良い霊、味方の霊だよな。でも死神とも言っていた。死神はあまり良い印象がない。……守護霊で死神、良いのか悪いのかよくわからん。


「お前がここに俺を呼んだのか?」

「うん、そうだよ」

「用件はなんだ? 俺はいま現実の自分の状況が気になって仕方ない。早く現実に戻りたいんだけど」

「そうだね、たらたら話をしている時間も無さそうだ。まだ私と君のつながりは薄く、君を長く留めることはできないらしい」


 突如、夢の世界とやらの物質が光となって散り始めた。


「君はまだここへ来るには早すぎたようだ。今度会う時までに資格を得なさい」

「資格……?」

「それは何らかの覚悟だ。詳細は言えない。ただ……君がその覚悟を決めた時、ようやく私は君に手を貸すことができるようになる。名前もその時に教えよう」


 真っ白な光が全身を包み、視界から一切の物体が消えた。


「――また会おう。我が王よ」



 --- 



 今度こそ現実で目を覚ました。天蓋が見える。

 ベッドの側には青い髪の少年――リンが座っていた。


「おはよう。気分はどうだい?」

「……腹いてぇ」

「さっき治癒師に治してもらったけどまだ痛むか。後でもう一回てもらう?」

「大丈夫。多分、殴られた痛みじゃない」


 成長痛に似た、何かだ。


「そうかい。じゃあ改めて――」


 リンは立ち上がり、深々と頭を下げた。


「申し訳ございませんでした」

「は? 何がだ」

「僕らは君を守ると約束したのに、賊に易々とあしらわれてしまった。国王様が去って気が抜けてしまっていた。完全に僕らのミスだ……本当に申し訳ない」

「いいよ。こうして無事なわけだし」


 晩餐会は終わった。

 これで俺の王都での仕事は終了……だな。


「あれ?」


 窓のカーテンの隙間から、陽光が差し込んできている。


「朝……? ってことは、今は晩餐会のすぐ後じゃないのか」

「晩餐会の次の日の早朝さ。君の迎えは午後に来るから、午前中はここで休むといい」

「わかった」

「僕はまた外で見張りをしているから、用があったら声をかけてね」

「はーい」


 リンは部屋を出ていく。

 そっか、今日の午後にはもう帰るのか。

 未だに現実味がないな。島の外に出てからと言うもの、ずっと夢の中に居る気分だ。


「……暗いな」


 ベッドから起き上がり、カーテンを開ける。

 眩い光が一挙に部屋に入ってきた。


「ここからは庭が見えるのか」


 カラフルな花々が咲き乱れる花壇、

 名も知らない女神の銅像、

 新鮮な果物が成る菜園。


 そして……水を打ち上げる噴水もある。


「ん? アイツは……」


 噴水を囲む石の壁、その壁に腰を掛けた少年がいた。

 その少年は銀色の髪で、物静かに本を読んでいた。

 その本は見覚えがあった。タイトルは――“勇者クロウリーの冒険記 第一部”。


 そして本を読む少年の姿にも覚えがあった。


「ハク……第9王子オリジナルか……!!」


 ハクを、クロウリーを焼き殺した男……!


 気づいたら俺は窓を開けていて、

 気づいたら二階から飛び降りていて、

 気づいたら噴水の元まで歩いていた。


「おい」


 声を掛けると、ハクは本から目を離し、俺に視線を合わせた。

 暗く、冷たく、底の見えない瞳だ。


「聞きたいことがある。ちょっと付き合えよ」

「……珍しいねカルラ兄様、ボクのこと毛嫌いしているあなたが話しかけてくるなんて」


 ハクは俺の顔、目を見て、「ああそうか」と納得する。


「そういえば今、影武者ドッペルと入れ替わってるんだっけ? ――道理で。じゃあ君は兄様の影武者ドッペルか」

「ああ、そうだよ」

「いいよ、付き合ってあげる。ボクに聞きたいことって何?」

「この前、お前の影武者ドッペルがここへ来たはずだ」

「うん」

「……どうして殺した?」


 ハクは眉をひそめ、


「燃やしたかったから、としか言いようがないな。自分が燃える姿なんて中々見れるものじゃないしね」

「お前……!」

「彼が燃える姿はそれなりに面白かったよ。滑稽と言い換えてもいい。業火の中、ボクの声で泣き叫ぶんだ。ふふっ……ボクのあんな声、初めて聴いたよ」


 本当に、先生の言った通りだったんだな。

 コイツは、このガキは、そんな狂った好奇心で影武者クロウリーを殺したのだ。


「お前の読んでるその本……アイツも好きだったんだ」

「へぇ、まぁ遺伝子は同じなわけだから、同じ物を好きになってもおかしくはない」

「でもアイツは、最後まで読めなかった。お前に殺されたせいでな……!」

「気の毒だね。この作品はオチが一番面白いのに」


 可哀そうに。とハクは薄ら笑いする。


 目の下に、血管が浮かんでいるのがわかる。

 なにをしようとしているのだろうか、俺は。

 おおよそ影武者ドッペル失格なことをしでかそうとしている。


「なに、その目」

「……」


 悪いクレイン。

 ……俺、そっちにはもう帰れないかもしれない。

 どうしても我慢できないことがあるんだ。


 胸の内で暴れるこの感情を、抑えられそうにない。


「……る気?」


 ハクはポケットに手を突っ込み、歪なオーラを纏った。

 無邪気で、ドス黒いオーラだ。

 俺は拳を強く握り、ハクを睨みつける。


狂人クソガキが。ぶん殴って目ぇ覚まさせてやるよ……!」


 復讐なんて、俺らしくないな。

 そもそも俺らしいってなんだ?

 “自分”なんてそもそも無かっただろうが。


「どうにでもなりやがれ!!」


 ハクに向かって走り出した、その瞬間、


「“火炎演舞フレートパライズ”」


 ハクの足元から火炎が巻き上がり、迫ってきた。


「つっ!?」


――魔術!? 


 なんとか身を捻って躱そうとするが避けきれず、服に炎が燃え移る。


「くそ!!」


 噴水に飛び込み、消火する。

 水浸しの体で立ち上がる。ハクは火炎を遊ばせ、余裕の笑みで俺を見ていた。


「安心しなよ。王子オリジナルだろうが影武者ドッペルだろうが――燃えちまえば、等しく美しい」


 初めて見る、純粋な悪。

 コイツに理屈は通じない。

 今から謝ったところでどうにもならない。

 火蓋はもう切った。やるしかない。


「ふーっ……」


 幸いにもいま、俺は水を被っている。多少、火への耐性はあるわけだ。


「うおおおおおおおっっっ!!!」


 叫び、火への恐怖心を打ち消し、走り出す。

 10を超える火炎球が撃たれる。

 また噴水に飛び込んで凌ぐのが一番安定安全の道、だけどそれじゃ何も状況は進展しない。命がけで、前に進むしかない。


――『命に執着のない人間の決死の覚悟ほど軽いモノはないね』


 今は違う!

 生きたい! 上で! 死ぬ気で勝つ!!


「だあああああああああらあああああああああっっっ!!!!」


 数センチ、数ミリのところで躱していく。

 これでも毎日のように戦闘訓練をしてきた。先生やクレインの剣速に比べれば、この炎たちの動きは鈍い。

 火を躱しながら距離を詰める。ハクまで後、3メートル!


「無駄だよ」


 ハクの周囲に、炎の壁がせり上がった。


「……!?」


 ハクは微笑む。


「アンタはボクに指一本触れることはできない」


 脳裏に過ったのは様々な人の声。


――『影武者ドッペルであることに……矜持なんてないだろ』

――『昔からそうだ。お前には自己愛というものが皆無。自己愛が強すぎる人間はどうかと思うが、お前のような人間もどうかと思うぞ』

――『君は……私たちにとって太陽のような存在だよ』


 走馬灯? 違う。これは……そんな諦めの記憶じゃない。


――『……任せたよ。お兄ちゃん』


 これは俺に必ず勝てっていう……覚悟の記憶だ!!



「炎の壁? 知るかよ!!!」



 俺は炎なんて構わず拳を振り抜いた。


「は?」

「ぬりぃなぁ!! オリジナル!!!」


 俺の拳は焦げながらも壁を突き破り、ハクの頬を捉えた。


「うっ!?」


 思い切りハクを殴り飛ばす。

 ハクは地面を転がる。

 熱い。激熱だ。拳が焦げて黒く変色している。



 でも、いい。さいっこうにスカッとした気分だ……!



「人の弟焼き殺しておいて、ヘラヘラしてんじゃねぇよ!!」



---



「ぬっ、お、お!?」


 いったぁ!!?

 拳めっちゃ痛熱いたあつい!!

 興奮した頭が冷めたら急に痛み出した。やべぇ、泣きそう。


「……くっくっく」


 倒れ込んだハクは、不気味な笑い声と共にフラフラと立ち上がった。


「アンタ、面白いね。さいっこうだよ……! オリジナルより全然マシだ! いいね、燃えてきた!!」


 切れた唇から垂れた血を拭い、ハクは全身から青白いオーラを出した。

 なんとなく、感覚でわかる。アレは多分、魔力だ。

 とんでもない魔力がハクに集まっている。

 アレはやばい……アイツ、何かとんでもないモノを出そうとしている。


「精霊術――火炎フレート

「そこまでにしておけい」


 ハクの言葉を、誰かが止めた。

 いいや、『誰か』じゃない。声の主が誰なのか……俺にはわかる。

 だった。


「王宮内での精霊術の使用は禁止されているだろう、ハク」

「……」


 ゆっくりと、俺は声の方を向く。

 俺の背後に立っていたのは、バケツを被った男。

 目の部分に穴を空けて視界を確保している。


 俺とまったく同じ身長。

 まったく同じ声。

 まったく同じ、瞳。


「……今度は本物か」


 カルラ――オリジナル。


「ここは余に預けてもらうぞ。下がれ」

「うん、わかったよ。お兄様」


 ハクは忌々し気に呟いた後、口元を笑わせてこっちを見る。


「心配はいらないよ。この頬の傷は転んだってことにする。アンタのことを誰かにチクったりはしない。アンタが処刑で死ぬのは面白くないからね」


 ハクは最後に、


「……アンタは必ず、ボクが燃やす」


 そう言い残し、去っていった。

 俺はバケツ仮面の方を向く。


「……とりあえず、助けてくれてありがとう。カル」

「待て」


 カルラオリジナルは右手を前に出し、俺の言葉を止める。


「場所を変えよう。我々が共に陽の当たる場所にいるのはまずい」


 言ってる意味はわかる。

 俺とカルラオリジナルはカルラの部屋へと向かった。



 ---



「あ、お帰りなさーい」


 部屋の前、リンが俺たち二人に手を振る。


「お前、俺が部屋を抜け出していたの気づいてたな……」

「うん。面白そうだからカルラ様に報告した」


 それでコイツが来たのか。


「リン。見張りは頼んだぞ。余はこの者と長い話がある」

「了解です」


 俺とカルラオリジナルは部屋に入る。

 カルラオリジナルは扉が閉まるとバケツを脱ぎ、こっちを向いた。


「……」

「……」


 互いに顔を観察する。

 わかってはいたけど、そっくりだな……。


「ほう、ほうほう! やはり、余にそっくりでイケメンだ!」

「……俺に似て冴えない顔だな」

「待てよ、これだと見分けがつかんな」


 カルラオリジナルは棚を開け、おもちゃ箱のような物を出し、中から小さな王冠を手に取り頭に乗せた。


「よし、これで見分けがつく」

「俺たち以外誰も居ないのに、見分けついても意味ないだろ」

「余の気持ちの問題だ」

「……そうかい。ていうか、アンタ自分のこと『余』って言うのか。一人称は『俺』って聞いてたんだけど」

「今日から使い始めた。おぬしと差別化するためにな。これも気持ちの問題だな」

「……」


 いまいち、何を考えてるかわからないやつだ。


「さて、色々と話したいことがあるが……」


 カルラオリジナルはおもちゃ箱からチェス盤を取り出した。


「チェスは打てるか?」

「……まぁ、一応」

「よし、ならばチェスをやりながら話をしよう!」

「別にいいけど、包帯か何かないか? 右手が痛くて駒を持てそうにない」

「そうだったそうだった! まずは手を治療しなくてはな!」


 カルラオリジナルは棚から火傷治しの薬と包帯を取り出し、俺の右手を治療してくれた。


「うむ、これでいいだろう」

「痛みが引いていく……さすがは王族の使う薬だな」


 俺は黒を握り、カルラオリジナルは白を握り、チェスを始める。


「枕の下に隠しておいた絵本は読んだか?」

「クソ下手な絵で描かれたやつだろ」

「あれほど芸術性のある絵は無かろうに……美的センスは全然違うようだな」

「なんとなく察してたけど、やっぱりアンタが仕込んでいたんだな」

「左様。お主に読んでもらうためにな。王位争奪戦のルールは理解したな?」

「完璧にじゃないけど、大体は」

「では単刀直入に言おうか」


 カルラオリジナルは手を止め、俺の目を覗くように見る。


「お主にも王位争奪戦に参加してほしい」

「……はぁ?」


 なに言ってんだコイツ?

 王位争奪戦に参加しろだと?

 影武者ドッペルの俺が?


「争奪戦はホルスクラウンを被った者が勝者となる。ホルスクラウンを被れるのは王族の血を持つ者のみ……余のクローンであるお主にもきっと資格がある」

「いや、待て待て! そもそも何で俺を争奪戦に参加させたい? ライバルを増やすことに何の意味がある? 王になりたくないのか」

「余は王になる。必ずな。だがこの国の王に留まる気はない。余が目指すのは世界の王だ」


 つまり、世界征服しようってのか。夢が大きいね。俺のオリジナルとは思えん。


「しかし、そのためには絶対に足りないモノがある」

「金か? 部下の数か?」

「ライバルだ」


 カルラオリジナルはにやりと笑う。


「余はまだ世界の王足る器ではない。世界を取るためには進化が必要だ。そして! 進化には壁が必要だ! 乗り越えるべき、強大な壁がな……!」

「他の王子たちが居るだろ。さっきのハクにしたって、相当やべぇやつに見えたぞ」

「他の兄弟たちは強敵ではあるが、ライバルとは違う。たぎるモノがない」


 カルラオリジナルは拳を強く握る。


「唯一クレイン兄様にだけはそれを感じたが……あの人は争奪戦に参加するか読めない」


 そうなのか。

 そういやクレインオリジナルはかなりヤンチャだって話だったな。


「そこで余が目をつけたのは自身の影武者ドッペルの存在、つまりお主というわけだ。自分の最大のライバルは自分自身と誰かが言った。ならば己の影武者ドッペルは最大のライバルになりえるのではないか? そう考えたわけだ」

「安直だな……」

「そこで余はお主をここへ呼び、部下を使って器を測ることにした。ちょうど殺害予告も届いていたことだしな、影武者ドッペルを呼ぶには今が最適のタイミングだった」

「テストの結果、俺は合格だったってことか」

「アルハートはお主を不合格、我がライバルに値しないと判定した。リンは合格と判定した。余が二つの判定の間で揺らいでいる時にお主とハクの戦いを見た。そこで確信した……お主こそ我が最大のライバルになると」

「高く見過ぎだな。生憎だが、俺は王位争奪戦なんかに参加する気はない。この国の玉座になんか興味ないし、その素養があるとも思えない」

「どうかな? お主には余と同じ血が流れている。いずれ否応でもわかるさ、自分には王の器があるとな」


 まるで俺より俺を知り尽くしているような物言いだ。

 ここまでの話はあくまで前座、俺にとって重要な話はここからだった。


「さて、ここまで争奪戦について話してきたが、残念ながらお主はこのままいくと争奪戦が始まる前に命を落とすことになる」

「なに? どういうことだ?」

「お主……というか、影武者ドッペルたちは争奪戦の前に抹殺される手筈だ」

「……」

「驚かないところを見るとその可能性を察知してはいたか」

「俺たちは争奪戦の前に解放されるって言われていた。けど、そんなうまい話があるとは思えなかった」


 いや、心のどこかでそんなうまい話はあると思っていたんだ。

 目を逸らしていた。

 不幸な未来から目を逸らして、幸せな未来だけを見ていた。


 改めて現実を叩きつけられるとキツいな……。


「俺たちを殺す目的は――口封じだろ?」

「違う」


 違う?

 なら他にどんな目的が……。


「お主らは自分たちの役割がなんだかわかるか?」

「何度も言ってるじゃねぇか。お前たちの身代わり……影武者ドッペルだろ」

「本当にそう思うのか?」

「どういう意味だ。回りくどい聞き方はやめろ」

「考えてもみろ。これまで影武者ドッペルを使ったのはオスプレイ兄様が一回、ワッグテール兄様が二回、シグネット姉様が一回、余が一回、アルバトロスが一回、ハクが一回のみ。恐らく争奪戦開始までにあと数回ぐらいしか影武者ドッペルは使われない。その程度の回数しか使わないのにわざわざ島を一つ貸し与え、細かくお主らを管理すると思うか?」


 確かに……影武者ドッペルの出番の数と、その管理に費やすコストの量は釣り合ってない。

 クレイン、カナリア、パフィンの3人に至ってはいまだに影武者ドッペルの仕事が来てないわけだしな。


「俺たちに他の役割があるってことか?」

「その通り。そして、あの絵本を読んだお主ならその答えにたどり着ける」

「――さっぱりわからん」

「はぁ~。それでも知勇兼備ちゆうけんびたる余の影武者ドッペルか! 思い出せ、ホルスクラウンの素材がなんだったか……」

「……っ!? まさか」


 王位争奪戦、その中核を成す要素の一つは王冠ホルスクラウン。

 そして、絵本の記述通りだと、ホルスクラウンの素材は8人の王子。


「ホルスクラウンの素材に、俺たち影武者ドッペルを使う気か!?」

「ホルスクラウン、もといその欠片ピースとなる8つの王冠には王族の遺体が8つ必要だ。だが第二回目以降の争奪戦の形式上、争奪戦の前にホルスクラウンを造らなくてはならなくなった。ゆえに、造ったのだ。王族の分身を……影武者ドッペルという偽りの役割を与えて」

「待てよ! ホルスクラウンは第一回目に造られた物を使いまわしているんじゃないのか!?」

「いいや、ホルスクラウンには消費期限みたいなものがあってな、何十年と間があっては流用はできん。素材を再利用することも不可能だ」

「なら、これまでの争奪戦で死んだ王子の遺体を使えばいいじゃねぇか! 前回の争奪戦で死んだ連中の遺体を使えば!」

「争奪戦で死んだ王子の遺体は最終的にホルスクラウンに吸収される。ホルスクラウンをより、高位な王冠とするためにな。例えば前回の争奪戦で死んだ王子たちはその争奪戦で使われたホルスクラウンに全て吸収されている」


 パチ。とカルラオリジナルは駒を置いた。


「つまり、現在ホルスクラウンは存在せず、その素材となる王族の遺体もない。あくまで、王都ここにはな」


 俺は現実逃避するように、駒を動かす。


「争奪戦の前に、お主たち9人……いや、今は7人か。7人の内6人は殺され、ホルスクラウンの贄となる。王族8人の遺体を喰らい、ホルスクラウンのピースである8つの王冠、争奪戦の宝となるピースクラウンを作る装置を――」


 パズルが埋まっていく。

 絶望という、パズルが。



「“王卵”と呼ぶ」



 先生が地下に隠していた真っ黒な卵、あれが王卵。

 カナリアは王卵から二人の影武者ドッペルの声を聞いた。

 王卵がアイツらを喰らったから、王卵の中からアイツらの声がしたってことか。


 辻褄が合う。合ってしまう。


「これが、余が父上より聞いた争奪戦の全貌。父上は嘘を言っているようには見えなかった。しかし……なにか隠していることはある気はしたが」


 カルラが嘘をついている感じはしない。

 相手が自分と同じ遺伝子の人間だからか、それはわかる。


「余の理想的なシナリオはお主以外の8人の影武者ドッペルが王卵に飲まれ、ホルスクラウンのピースとなり世界に散らばる。その上でお主だけは島を脱出し、王位争奪戦に参加すること」


 駄目だ。 

 駄目だ駄目だ……!

 カナリアも、クレインも、他の影武者ドッペルたちも、見捨てることはできない。


「お前の思い通りにはならないっ! 俺は、みんなと……島を脱出する!」

「くく……! それはそれで面白い。やってみろ。しかし動くならなるべく早くから動くことをお勧めする」


 カルラオリジナルが、詰みの一手を繰り出す。


「この盤面のように手遅れになる前に……チェックメイトになる前に」


 すでに、黒が逆転する路はなくなっていた。


「……影武者ドッペル9人の内、8人をホルスクラウンにするならば、残りの1人はどうなる?」

「言わずともわかっているのだろう? お主の考えている通りだよ」


 ……そういうことか、全部。


「話は終わりだ。ところでお主、名前はあるか?」


 カルラオリジナルは腕を組み、揺るぎない瞳で見てくる。

 本当に自分と同じ遺伝子を持ってるのだろうか。こんな堂々とした、覇気のある目を、俺にもできるのだろうか。


「ソルだ」

「ソル、か。良い名だな。古代アルニコ語で太陽という意味だったか。ソルよ。余はお主を一つの個として認める。己を認めよ、自分を持て、プライドを持て、アイデンティティを確立せよ。余の影としてではなく、余の宿敵として、また会おう」

「……アンタの期待に応える気はない。情報をくれたことには感謝する」


 俺が立ち上がると同時に、部屋の扉が開かれた。


「そろそろ出発の時間だよ、影武者ドッペル様」

「……わかった」


 俺は元の黒装束に着替え、仮面を被り、王宮から出た。

 今は早く、カナリアやクレインの顔を見たかった。


 来た時と同じく、アルハートとリンと共に馬車へ乗り込み、出発する。

 港に着いたら船に乗り、大海原へと漕ぎ出す。


 王都が遠くなっていくにつれ、胸の疲れが取れていくような気がした。


「王都はどうだった? ……って、観光もできてないのにどうだったって聞かれても困るか~」

「とにかく疲れたよ。ただ……来てよかったとは思う」


 ホント、怒涛の三日間だったな。


「我が主とも話をしたのでしょう? どんな会話をしたのか、興味がありますね」

「当たり障りない会話さ。まぁあれだ、お前らのご主人様は……かなり変人だな」


 俺が言うと、リンとアルハートは顔を合わせて笑い、


「「違いない」」


 と声を重ねた。

 二人のその笑みからカルラ=サムパーティへの強い忠誠を感じた。


――さて、


「……」


 俺は二人の目を盗み、その場に座り込んだ。


「どうしたの?」

「ちょっと靴紐がな」


 靴紐を結び直すフリをして、船に打ち付けられていた外れかけの釘を一本拝借し、口に入れ、立ち上がる。


「あ、お迎えが来たよ」


 リンの指さす方を見る。 

 魔導船に乗って、見慣れた仮面男がやってくる。


「梯子を下ろしましょうか?」

「いや、いいよ。――じゃあな二人共。もしかしたら会うのはこれで最後かもな」

「どうですかね」

「僕はまた君に会う気がするよ。――またね」

「ご苦労様でした」


 最後に小さく手を振って、俺は大型船から魔導船へと飛び降りた。


「おかえりなさい、カルラ」

「ただいま、先生」


 俺が魔導船に無事着地したのを確認して、大型船は離れていった。


「右手、怪我をしたのですか?」

「ちょっと無茶してな」

「帰ったらまずは治療ですね」


 優しい言葉に惑わされてはいけない。

 カルラオリジナルが言うことが本当なら、この人は……敵だ。


「早速で悪いですが、手荷物検査をさせて頂きます」


 先生は俺の体をパンパンと叩き、何か隠し持ってないかを念入りに調べた。

 髪の中からパンツの中まで、全部だ。


「うん、大丈夫ですね」


 外の世界の物を持ち込んではいけない。そのルールを守るためだろう。

 残念先生、詰めが甘いよ。調べるなら口の中――舌の裏まで調べないとな。


「最後に口を開いてください」

「っ!?」


 俺はゴクリと喉を動かし、大きく口を開ける。


「……舌を上げてください」


 舌を上げる。


「なにもないですね。閉じていいですよ」


 口を閉じた後、俺は喉を動かし、釘を口の中に戻した。

 俺の隠された特技、俺は飲み込んだ物体を喉の底の方に留めて好きなタイミングで戻すことができる。ただ留めている間は呼吸が止まるため、留めておける時間には限りがある。

 影武者教室は暇な時は暇だから、こういう無駄な特技が増える。

 ばっちぃからやりたくなかったけど、やむを得なかった。帰ったらまずうがいをしたい。



 --- 



「ぷはぁ! やっと外に出れる!」


 海を暫く進んだところでまた樽に詰め込まれ、運ばれ、そして見慣れた森で開封された。


「……あー、この樽だけは慣れねぇな」

「すみません。これもルールなので」


 脱出ルート、船までの道のりを悟らせないための処置だろう。

 俺と先生は帰り道にある花畑を歩く。


「アイツ、なにやってんだ?」


 花畑に、花を摘む人影が一つ。


「あ! やっぱり、先生とカルラだ!」

「カナリア……」


 先生は俺の頭をひと撫でし、


「先に行ってますよ。二人共、あまり遅くならない内に帰って来てくださいね」


 先生は学校の方へ歩いて行った。


「おかえりなさい!」

「ん? あ、ああ……ただいま」


 純粋な笑顔。

 やっぱりオリジナルと全然違うな。


「ねぇ、ちょっとだけ目、瞑ってくれる?」

「はぁ? なんでだよ、めんどくせぇ。俺は疲れてるんだ。早く帰らせてくれ」

「いいから早く早く!」


 仕方なく目を瞑る。


「屈んで!」

「……」


 渋々、屈む。

 すると頭にストン、と何かを乗せられた。


「開けていいよ」


 目を開き、頭に乗った物を見える位置まで持ってくる。

 これは……花冠?


「お誕生日おめでとう! ソル!」


 パチパチパチ、とカナリアの拍手の音が響く。


「あ――りが、とう……」


 誕生日は王都で散々祝われた。

 でも、だけど、あそこで祝われたのはカルラ=サムパーティだ。


 ソルの誕生日を祝われたのは、今が初だ。


 やばい……泣きそう。ダメだ、耐えろ。さすがにダサいって……!


 その時、

 ポタ、と雫が落ちた。


「え?」


 俺じゃない。

 涙を流したのは……カナリアだった。


「無事でっ……! 無事でよがっだ……!! よがっだよぉ……!」


 鼻水垂らして、不細工な泣き顔でカナリアは言う。


「なんで……おま、お前が……泣くんだ、よ」


 釣られて、俺も泣いてしまった。


「……だっで! アントスもクロウリーも戻ってこなかったから……ソルも戻ってこなかったらどうしようって……!!」


 ああ、やっぱり、コイツは……駄目だ。

 コイツと居ると、俺は人間になってしまう。


「また、会えて……ほんどうによがった!!」


 コイツのせいで、俺は俺を認識してしまう。

 自分なんてどうでも良かったのに。自分なんて無かったのに。コイツのせいで自分を大切に思ってしまっている。

 昔の俺なら王卵に抗うことなく、運命を受け入れて安らかに死んでいた。なのにコイツのせいで、絶対に抗おうと、運命に抗おうとしまっている。


 たった4年じゃ駄目なんだ。

 これから先、10年、20年、もっともっと多くの時間をお前らと過ごしたい。



 だから俺は――



---



「無事だったか愛しの弟よ~!! ぶへっ!?」


 夕食の準備中、抱き着いてこようとするオスプレイをシグ姉が肘鉄で撃退する。


「おかえりカルラ。無事でよかったよ」

「なんとか生き残れたよ」


 シグ姉に挨拶を返すと、テーブルにコップを並べながらワッグテールが、


「本来、影武者ドッペルの任務で死ぬことは滅多にない。みんな大げさなのさ」

「こんなこと言うけど、ワッグテールもすっごく心配してたんだよ」

「……クレイン、適当なことを言うな」

「カルラが居ない間ずっとソワソワしていたじゃないか」

「そんなことはない」


 頑ななワッグテールに対しクレインはため息をつく。


「おかえり、カルラ」


 クレインが右手を挙げて言う。


「ただいま」


 クレインの右手にハイタッチする。


「ねぇねぇ」


 パフィンがズボンを引っ張ってきた。


「クレープは?」

「だから、外の世界の物は持ち帰れないって言ったろ? ないよ、クレープは」

「……カルラきらい」


 そんなこと言われてもな……。


「ほらほら皆さん、配膳を手伝ってください」


 はぁ、また栄養だけある無味な飯を食わされるのか。

 あんな美味い料理を食べた後だと吐いてしまいそうだ。

 緑のパンにブロック状に切られた野菜が多く浮かぶスープ、カロリーバー二本、栄養ドリンク。懐かしいメニューが並ぶ。

 夕食を食べて、風呂に入って、二階の男部屋でベッドの準備をする。

 男部屋にはベッドが6つある……だが、今使われているベッドは4つのみだ。

 オスプレイは髪をタオルで拭いていて、ワッグテールは教本に目を通し、クレインはストレッチしている。


 俺は部屋の扉を開け、廊下を覗く。廊下に誰もいないことを確認し、扉を閉める。


「なにしてるの? カルラ」


 クレインが聞いてくる。


「先生がいないかどうか確認していた」


 俺が言うと、オスプレイとワッグテールが俺の方を向いた。

 俺のただならぬ雰囲気を察したようだ。


「全員、聞いて欲しい話がある」

「愛しの弟の話ならなんだって聞くさ!」

「手短に済ませよ。睡眠不足は脳に悪いからな」

「話をする前にお願いがあるんだが……これから話すことは結構衝撃的だと思う。どれだけ驚いても大きなリアクションはしないでくれ」


 そう注意し、俺は話した。

 王都で経験したこと、カルラオリジナルから聞いた話。

 王位争奪戦、王卵、影武者ドッペルの真の役割……その全てを。


 オスプレイは話を聞き、怒りの表情をしたが深呼吸して自身を落ち着かせた。

 ワッグテールは目を見開いて驚いたものの、すぐに考え込む素振りを見せた。

 クレインは「そんな……!」と怒りと悲しみが混じった表情をしていた。


 3人の反応から察するに、クレインだけが影武者ドッペル全員無事に解放されるものだと信じ込んでいたようだ。他の二人は影武者ドッペルたちに未来はないと薄々感じ取っていた……そんな反応だった。


「……君のオリジナルが言っていたことは、本当に事実なのかい?」

「どうだろうな。そればかりは確かめようがない。話を聞き終わった時にはもう帰る時間だったしな」

「私は信じるぞ。そもそも私は先生を信じたことは一度もない。顔も明かさず、こんな島に子供を閉じ込めているあの男を信じる道理はない。逆に第5王子の話は筋が通っているし、納得できる点も多い」

「俺も同感だな。第5王子がお前に嘘をつく意味が思い当たらない」

「……僕は」


 クレインだけは信じたくない、って感じだ。

 でもクレインは頭も良い方だ。それに俺と一緒に王卵も見ている。


 ……わかっているはずだ。


「そう気を落とすなクレイン。この段階で我々の運命を知れたことは幸運だ」


 オスプレイが笑顔で言い、クレインの肩を叩いた。


「まだ4年の猶予がある。4年もあればやれることは多い」


 こういう時、このアホ長男は頼りになる。


「そうだな。この馬鹿の言う通りだ。カルラ、よくこの情報を仕入れてくれた。今ならできることはある」

「別に俺が調べたわけじゃない。オリジナルが勝手に話しただけだ」

「この話、パフィン以外の全員で共有するべきだろう。カルラとクレインはカナリアに伝えてくれ。俺とオスプレイからシグネットに伝えよう。パフィンは思考がまだ幼い、教えるにしてももっと年月が経ってからでいいだろうな」


 ワッグテールが話をまとめる。


「今日のところは全員、心の整理をつけたいだろうから話はここまでにしよう。特にクレイン、お前は少し落ち着け」

「う、うん。わかってるよ……」


 俯いているクレインに声を掛ける。


「クレイン……大丈夫か?」

「……ねぇ、カルラ」


 クレインは俯いたまま、


「僕らって何のために生まれてきたんだろうね……」

「……」

「生まれてからずっと、誰かの身代わりとして育てられて、必要がなくなったら賞品トロフィーの素材となって命を終える。僕らはどこまでも……名前もない、ただの道具として扱われるんだ。それが、僕らの運命」

「だから俺たちは――」

「わかってる。その運命に抵抗するために、これから動くんでしょ。それはわかってるんだ。でも! ……自分の生まれに愛情がないことはわかっていた。けれど最低限、人として生まれたのだと信じたかった。だけど違った。僕らは人間としてじゃなく、王冠の素材として生まれたんだ。鉄や布と同じさ。どうでもいい部分だと思うかもしれない……けど僕にとってはとても、大切な部分だったんだ……!」


 どうでもいい部分じゃないさ。

 そこでしっかりと落ち込めるお前は、確かに人間だよ。


「生まれ変わればいい」


 クレインの隣に座って、俺は言う。


「ここから出て、ソルとレインとして生まれ変わろうぜ。今度は人としてな……」

「……ああ」

「ぶっ潰してやろうぜ。くだらない運命全部」

「――コテンパンにね……!」


 クレインはもう大丈夫だ。悔しさを怒りに変えて、立ち直った。

 俺たちの先に待ち受けるのは多くの壁、絶望的な運命だ。

 でも心配はいらない。


 俺とお前が手を組めば何だってできるさ。


 恥ずかしくて、こんなこと口では言えないけどな。



---



「きっのみ採り~♪ きっのみ採り~♪」


 今日は授業が休みの日だ。

 俺とクレインは暗い顔で森を歩いていた。数メートル先をカナリアが歩いている。


「……おいクレイン、お前から言えよ」

「……どうしてさ。昨日みたいに君が言えばいいじゃない」


 二人して貧乏くじを押し付け合う。

 カナリアは不意にこっちを振り返ると、


「ところでさ、この島から脱出するには具体的に何をすればいいの?」

「「え……?」」


 カナリアは籠に入れたオレンジ色の木の実を手に取る。


「とりあえず食料は必要だよね~。このガルの実はね、干すと常温保存でも7年はもつんだよ」

「……お前、知ってたのか? その……俺たちがどういう目的で造られたか」

「昨日君から聞いたんだよ」

「いや話してねぇよ」

「あ、そっか。カナリアの耳の良さだったら隣の部屋の会話ぐらい……」


 あ! そういうことか……コイツの耳の良さ、完全に頭から抜けてた。


「まったく、内緒の話するならもっと小声でやりなよ」

「それなりに小声で話してたけどな」


 恐るべし、カナリアの聴力。


「カナリア、大丈夫かい?」


 カナリアは僅かに表情を暗くして、


「うん。昨日の夜は眠れなかったけど、もう大丈夫! 覚悟はできたよ」


 俺とクレインは顔を合わせて小さく笑った。

 俺たちの心配なんて無用だった。カナリアは俺たちが考えていたよりずっと強い。


「この島を脱出するために必要なこと、か。とりあえず避けて通れない大きな問題が一つある」


 クレインが言う。

 言わずともわかる。俺たちにとって最大の障害は間違いなく、


「先生の打倒だ」 


 クレインの瞳が冷たく暗くなる。


「先生はきっとホルスクラウンを作成することで何らかの報酬が約束されている。僕らが脱走しようとすれば全力で止めに来るはずだ。この島で唯一最大の敵が先生だ」

「で、でも先生を倒すなんてできるのかな……? だって先生はすっごく強いよ。全員で武器持って戦っても丸腰の先生に勝てないんじゃない?」


 うん、間違いなく勝てない。

 先生とは何度も剣の稽古をした。だからわかる。先生の戦闘能力は常軌を逸している。

 素手で岩を砕くし、木刀で大木を容易に切り倒す。以前、クレインと二対一で戦ったことがあるが……一切攻撃を加えることはできなかった。


「戦って勝つ必要はない」


 そう言って木陰から姿を現したのは、


「ワッグテール!」

「シグネットとも情報を共有した。その上で3人で話し合い、結論を出した。先生には毒を使う」

「毒殺するってことか?」

「いいや、パライヤの実を使う。食べると全身麻痺を起こす果物だ。この島で採取できるし、加工も容易だ」


 知ってる知ってる。

 昔、興味本位で食って1日中寝た状態から動けなかった思い出がある。


「加工して細かくしたパライヤの実を先生の飯に混ぜる。先生が麻痺したら縄で縛って終わりだ」


 この島に一口食って死ぬような毒物はないし、先生を殺す……ていうのは最後の手段にしたい。

 これが最善か。


「決行は王位争奪戦が始まる一か月前、4年後の4月1日を予定している」


 今が創暦そうれき1864年3月16日。

 ハクの誕生日、王位争奪戦が始まるのが1868年5月1日。

 そして決行日が1868年4月1日、か。


「すぐにはやらないんだね」

「決行の日は遅ければ遅いほどいい。これはシグネットの意見だ。俺も同意見だ。時間が過ぎれば俺たちは成長し、先生は衰えるからな。この4年の中でやることは三つ」


 ワッグテールは指を一本立て、


「一つは戦闘力の強化。毒による無力化が失敗した場合は戦って無力化するしかないからな。先生は勘がいいから毒物を避けられる可能性は高い。それに外で生き抜くためにも戦闘力は必要になるだろう」


 ワッグテールは指を二本立て、


「二つ目、食料の備蓄びちく。カナリアがいま持ってるガルの実をはじめ、干し魚などの保存食を作り、集めておく。外の世界で俺たちが食料を安定して補給できるようになるには多大な時間を要する。それまで食いつなげるだけの量が必要だ」


 ワッグテールは指を三本立て、


「三つ目は脱出ルートの確保だ。カルラは知っているだろうが、この島のどこかに魔導船がある。アレを何とか見つけ出し、使えるようにしないとならない」

「任務で外に出たことあるなら魔導船の場所も知ってるんじゃないの?」


 クレインの問いに対し、ワッグテールは首を横に振る。


「先生は魔導船の場所に行く前に俺たちを樽に閉じ込めるんだ。一切隙間のない樽にな。樽から出た時にはもう海の上……ゆえに俺たちは船の場所まではわからない」

「いや、わかるぜ」


 したり顔で俺は言う。


「なんだと……?」

「この前帰ってくる時、口に釘仕込んで樽に小さな穴を空けたんだ。そんで穴から外をずっと見てた。おかげで魔導船の場所はわかったぜ」

「お前は……抜け目ないな」


 俺は3人を連れて落石が多くある野原へ行った。

 魔導船の隠し場所に足を運ぶところを先生に見られたら最悪だが、カナリアが耳で見張ってるからその心配はいらない。


「野原の中央に大きな岩が三つあるだろ。あれの真ん中の岩はズラせるようになってるんだ。岩をズラすと下に石階段が続いていて、階段を下った先に大空洞がある。大空洞を進んでいくと海に続く水路に出て、そこに船はある」

「……あの岩をズラすのは難しそうだな」


 クレインはキョトンとした顔で、


「そう? みんなで押せば動きそうじゃない?」

「忘れていた。そういえばここにパワー馬鹿が居たな」


 クレインは先生に次ぐパワーを持つ。

 クレインが居れば岩を動かすこともできるだろう。


「これで方針は固まったな。カルラ、クレイン。お前らは戦闘力の強化に務めろ。修行に関しては先生の前で堂々とやっても問題はない。人目を気にせず強くなれ」

「おう」

「了解!」

「カナリア。お前には食料の備蓄を手伝ってもらう。お前の耳で先生の監視を振り払ってもらう。食料を集めているところは先生に見られたくないからな」

「うん! 任せて!」

「……後の問題は魔導船の操作の方法だが……これは俺が何とかしよう。先生が魔導船を動かすところは何度も見てきたし、あとは魔力の使い方を習えれば……魔力操作についての本がどこかにあったはず……」


 ワッグテールはブツブツと呟き、思考を整理した後、俺たち3人を視野に収め、


「さっきも言ったが決行は4年後、創暦1868年4月1日。この日までにやれることは全てやっておけ。俺たちは7人でこの島を出る。絶対にだ」


 ワッグテールはそう締めくくった。

 4年後……時間はある。

 カルラオリジナルに感謝だな。もしあの話を聞いてなかったら何もできずに全員死んでいた。


 でもまだ間に合う。


 7人で、外に出る未来がある。

 掴んでみせる……。



 ◆◆◆



 夜。

 執務室に一人の客がやってきた。


「待ってましたよ。報告をお願いします」


 客は椅子に座ると、先生に脱出計画について話した。


「なるほど。決行は4年後ですか。それなら問題はないですね」


 なぜですか? と客は聞く。


「そういえばまだ言ってませんでしたね。王卵を起動させるのは3年後なのです。4年後の4月1日はきっと、彼らは王卵の中に居る」


 先生は立ち上がり、窓から外を見る。


「一応、魔導船の場所には門番を置いておきましょうか。王都から魔獣を発注しておきます」


 客が不安そうな顔をすると、


「大丈夫ですよ。私に協力してくれたあなただけは長生きできる。そう、次の『先生』としてね」


 先生は客の頭を撫で、


「あなたは本当に賢い子だ……誰よりも早く王卵に気付き、誰よりも早く己の運命を知った。そして私と交渉し、次代の『先生』の座を獲得した。これからも子供たちに何か動きがあれば教えてください。いいですね?」


 客は頷くと、部屋を出て行った。

 王卵起動まで、あと――3年。



――――――――――

【あとがき】

『面白い!』

『続きが気になる!』

と少しでも思われましたら、ページ下部にある『★で称える』より★を頂けると嬉しいです!

皆様からの応援がモチベーションになります。

何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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