影武者教室

空松蓮司

プロローグ 前編



――影武者ドッペルという存在を知っているだろうか?



 敵の魔の手から逃れるため、王や騎士団長といった権力者・指揮官に扮し、囮になる存在を言う。身代わりと言ってもいい。


 俺の住むこの国には9人の王子が存在する。その王子たちにはそれぞれ1人ずつ影武者ドッペルが存在する。ただこの影武者ドッペルたちは特別で、顔立ちが似てるとか体格が似てるとかそういうレベルじゃない。遺伝子レベルで王子たちとまったく同じだ。顔や体格はもちろん、声紋も指紋も、将来ハゲるタイミングも一緒だ。……いや、ハゲるタイミングはどうだろう。ああいうのってストレスとかも関係するって言うしな。


 影武者ドッペルは王国の高名な魔術師が作った王子のクローンである。

 王子のクローンたちは生まれてすぐ、ある施設に預けられ影武者ドッペルとして育てられる。王子たちと同様の栄養を取り、同様の教育を受け、王子そっくりに育てられる。


 施設は孤島にあって、必要になると船が出て王国に連れていかれる。

 生まれてから死ぬまで、彼らは身代わりとして生きる。

 彼ら、と他人事のように言ったが俺も影武者ドッペルの一人だ。


 第5王子“カルラ=サムパーティ”、それが俺のオリジナルの名前。

 影武者ドッペルである俺もカルラを名乗っている。いざ入れ替わった時、名前を呼ばれた際自然に反応できるようにするためにな。


 さてさて、今日も授業が始まる。


 木造建築二階建ての建物。二階の大半は寝室で、一階には教室と先生の執務室と食堂とトイレがある。校庭を含む学校の周りは一面森。さらに森の周囲を山々が囲んでいる。アホみたいに高い山のせいで俺たちは海を見たことがない。


 この教室には影武者ドッペル9人と先生が1人。

 孤島にいるのはこのたった10人。


 俺は誠に勝手ながらこの教室をこう呼んでいる。



――“影武者教室ドッペルルーム”と。



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 影武者ドッペルは王子たちと同じ教育を受ける。


 語学力、計算力、知識・知恵、体力から武術に至るまでなるべく王子たちと同等であることが求められる。王子たちは日々英才教育を受ける身、どんどん成長していく王子に置いていかれないよう、俺たちも勉学に励むのだ。


 さらには演技指導という授業科目もある。これが影武者ドッペルにとって一番重要な授業だ。

 目の前に“今日、私は昼食のデザートにプリンを食べました。とても美味しかったです。あなたは昼食のデザートに何を食べましたか?”という文章がある。想定の相手は使用人。

 これを、俺は第5王子カルラ風に読まなければならない。


「今日、俺は昼食のデザートにプリンを食べた。中々に美味だったな。お前は昼食のデザートに何を食べたんだ?」

「よろしい。きちんと第5王子カルラ様の口調を真似できてますね」


 そりゃよかった。

 ところで先生、プリンってどんな味?



---



「えー、先日、アルバトロスが亡くなりました」


 教室の黒板の前、フルフェイスのマスクを被った男が軽い口調で言った。

 この人は俺たち影武者ドッペルの“先生”だ。誰も顔は知らない。


「彼は第7王子アルバトロス様の要請で学校の遠足に身代わりで参加したのですが、その際に革命派の人間に攫われてしまったそうです。王家はアルバトロスを見捨て、魔術による爆撃でアルバトロスごと革命派の人間を焼いたそうです」


 先生は俺たちは呼び捨てで、王子オリジナルには“様”を付ける。わかりやすいことだよ。


「納得できません……!」


 そう言い放つは俺の隣の席の男、第4王子の影武者ドッペルであるクレインだ。


「どうして王家は救出に動かなかったのですか!?」


 銀色の髪の隙間から見える、鋭い瞳。クレインは声に怒りを込めていた。


「救出する価値がなかったからでしょう」


 キッパリと先生は言い切る。


「あなた達も肝に銘じておきなさい。我々の価値は王家にとっては0に等しい。攫われればまず見殺しにされます」


 そう、俺たち影武者ドッペルはそういう存在だ。

 ただのコピー、レプリカ。無価値の命、人生だ。


「せめて私たちだけでも、アルバトロスに黙祷をささげましょう」


 アイツの名前はアルバトロスじゃない。アルバトロスという名は……ただの記号だ。役名に過ぎない。

 俺がいま祈りを捧げているのは名も無き弟。



 アルバトロスであることを押し付けられた、名前すらない哀れな役者だ。



 --- 



「酷いと思わないかい?」

「んー?」


 休み時間。

 肌触りのいい芝生の上で寝転がる俺に、クレインは聞いてくる。


「僕らは人生を捧げて王家に尽くしているというのに、王家の方は僕ら影武者ドッペルに一切の感謝も敬意もない」

「そんなもんだろ。別に俺たちだってアイツらに感謝も敬意もないからなー。アイツらにとっちゃ、俺たちは奴隷みたいなもんだろ。いや……それ以下かな」

「アルバが可哀そうだ……」

「自業自得だろ。攫われるようなヘマしたアイツが悪い」


 クレインは手に持った本を閉じ、


「……アルバはまだ11歳だったんだぞ」

「1年前の俺でもそこらの賊には負けん。ましてや護衛もいたはずだ、護衛から離れなきゃ攫われることはない。どうせ外の世界に浮かれて、勝手に単独行動でもしたんだろ。それによ、王子を危険から守って死ねたんなら影武者ドッペル冥利に尽きるってもんじゃねぇか」

「本気で言ってるのか?」

「半分な」


 クレインは芝生に置いてあった木剣を手に取る。


「剣を取れカルラ。今の発言、聞き捨てならない!」

「おいおい冗談だろ。さっきまで散々打ち合ってたじゃねぇ――か!?」


 クレインは本気で剣を振り下ろしてきた。俺はそれを転がって躱し、すぐさま立ち上がる。


「まったく、冗談の通じねぇやつだな……!」


 地面に刺してあった木剣を抜き、構える。


「たまには全力を出してよ? さっきまでの打ち合いだってこれっぽっちも本気じゃなかったでしょ」

「お前と本気でやったらどっちかは必ず怪我するだろ。傷が残ったりしたら影武者ドッペル失格だ」

「失格でなにか問題があるのか。影武者ドッペルであることに……矜持なんてないだろ」

「……いい加減、オリジナルに嫉妬するのはやめろよ。見苦しいぜ」


 俺の挑発をきっかけに、クレインは飛び出してくる。

 俺も対応しようとするが――



「やめなさいっ!!」



 聞きなれた声が俺たちの喧嘩を止めた。

 俺とクレインは手を止め、声の主を見る。


「「カナリア……」」


 彼女は第6王子の影武者ドッペルであるカナリアだ。

 赤毛で、肩の位置で髪を揃えている。


「もう! 喧嘩する暇があるなら花摘み手伝ってよ!」


 カナリアの手にはなぜか花がある。


「なんで花なんて摘んでるんだ?」

「アルバへの献花だよ。お墓も作ろうと思ってるの。アルバは私と同じ、赤毛の子だったしね……これぐらいはしてあげないと」


 ここで影武者ドッペル豆知識。


 王の妻、王妃は3人いる。

 どの王妃から産まれたかによって王子、そして影武者ドッペルの髪色は違う。


 例えば第1王妃から産まれた第1王子オスプレイ第4王子クレイン第9王子ハクは銀髪。

 第2王妃から産まれた第2王子ワッグテール第8王子パフィンは金髪。

 第3王妃から産まれた第3王子シグネット第6王子カナリア第7王子アルバトロスは赤髪だ。


 俺のオリジナルは第2王妃から産まれたが、俺もオリジナルも金髪ではなく黒髪だ。父親、国王は黒髪だったため、第5王子だけが父親の髪色が遺伝したのだろう。


 第6王子カナリア第7王子アルバトロスは父親も母親も同じな完全な姉弟、そのクローンである二人も絆のようなものがあったのだろう。カナリアはアルバトロスのことを弟のように可愛がっていた。


 ちなみに他所よその国だと王の娘は王女と呼ぶらしいが、この国では男女問わず王の子供は王子と呼ぶ。これは王族内において男性優位も女性優位もないことが影響しているらしい。


「僕も手伝うよ」

「しゃーねぇな」


 正直アルバトロスとはあんまり接点なかったけど、一応11年共にした仲だ。これぐらいはやってやるか。

 それから30分かけて、俺たちは墓を作った。ゴツゴツの岩で作った不格好な墓。そこに花を添える。


「そういえば本で読んだけど、お墓には名前を彫るらしいよ」

「じゃあ彫るか? アルバトロスってさ」

「えー、でもアルバトロスは役の名前だから何かしっくりこないなー」


 それは同感だけど。


「あ、じゃあ明日までに私が名前を考えてあげよう!」

「おい。あだ名とか、名前を付ける行為は禁忌だぞ。忘れたか?」

影武者ドッペルに名前を付ける行為が禁止なんでしょ? この子はもう死んじゃったんだから影武者ドッペルでもなんでもない、そのルールは適用されません」

「……そういうの屁理屈って言うんだぜ」

「ははっ! カナリアらしいや」


 何かの文献で読んだが、死後名前が変わる人間は本当に存在するらしい。ただ死んでようやく名前を付けられる奴はコイツぐらいだろう。


「皆さーん! そろそろ授業を再開しますよ~」


 先生の声が遠くから聞こえる。


「とりあえず、この墓のことは先生には黙っておこう」

「さんせーい!」

「へいへい」


 俺たちは森の中から出て、教室へと足を進めた。

 名前、か。

 そんなもの無くたって別にいいだろうに――そう、思っていたんだがな。



---



 今日は一週間前にやったテストの返却があった。

 俺は500点満点で422点。まぁまぁいいな。


「クレイン、どうだった?」

「458点だったよ。君は?」

「422。ちっ、今回は俺の負けか」

「二人とも凄いよ~、私なんて380点だ」


 左隣の席で項垂れるカナリア。

 このテストの問題は名門王立学院のテストの問題と同じだ。380点でも凄いっちゃ凄いんだけどな。


「はい、私語はそこまで。今回のテストの結果を踏まえて、ワッグテールとカルラは居残りで勉強してもらいます」

「はぁ!? どうしてだよ先生! 俺、けっこういい点数だし、俺より低い点のカナリアが良くてなんで俺が……」

「あなたのオリジナルである第5王子カルラ様が同じテストをやった結果、点数は482点だったそうです。一方第6王子カナリア様は398点。オリジナルとの点数差は30点以内が原則です。カナリアは点数差が18点、あなたは60点。ゆえに、あなただけが補習です」


 くっそ! なに勉強頑張っちゃってんだ第5王子カルラさんよぉ……。


「どんまーい」

「こればかりは同情するよ」

「……クレイン、あなたは少し優秀過ぎますね。あなたのオリジナルは122点なので、もうちょっとおバカでもいいんですよ?」


 まぁプラスである分には構わないのですが。と先生は言う。


「……僕のオリジナル、そんなに頭が悪いのか」

「馬鹿なクレインってのはちょっと見てみたいな」


 クレインは適当にやっても勉学で補習をくらうことはないだろう。だからと言ってコイツが羨ましいとは思わない。なぜなら、


「クレイン! 足が止まってますよ!」

「はい! すみません!」


 午後のラストの授業は剣術だ。

 クレインと先生は中庭でそれはそれは熾烈な打ち合いをしている。他のみんなはもうクールダウンしているのに、クレインだけまだまだ終わる気配がない。


第4王子クレイン様は素手で熊を倒したそうです。まだまだ、あなたの力は彼に及びません」

「もう一本……お願いします!」


 そう、クレインのオリジナルは勉学がからっきしな代わりに戦闘力が凄まじいらしい。

 ハッキリ言って影武者ドッペルの中でクレインが一番剣術にける(アイツはなぜか俺を高く見てるけど)。それでもあの始末だ。こっちこそ同情するよ。


「カルラ」


 タオルで汗を拭っていると、金髪眼鏡が近づいてきた。

 第2王子の影武者ドッペル、ワッグテールだ。


「お前も補習だろ? 教室に行くぞ」

「おう」


 ワッグテールは一応、腹違いでも種違いでもない俺の兄ってことになる。あくまで遺伝子上はな。

 でもあんまり得意なタイプじゃない。思慮深く、疑り深く、いつも試すような目で見てくる。


「……なぁワッグテール、お前は外の世界に行ったことあるだろ。どうだった?」


 教室に着くやいなや俺は聞く。あんまり興味はないんだけど、他に話題もなかったんでな。無言の空間に耐えきれなかった。

 先生はまだクレインの相手をしていて居ない。


「飯は美味いし、部屋は広いしで快適だったよ」


 ここの飯は王子たちとまったく同じじゃない。王子たちが食べた料理と、ほとんど同じの栄養素を持つカロリーバーや栄養ドリンクを食わされる。味気ない。


 王子たちの一か月の食事のメニューは月の初めに決まるらしく、伝書鳩にメニュー表を持たせてこっちに送られる。そのメニューは当然豪華絢爛、美味な物ばかり。俺たちはその御馳走の栄養素だけを真似た粗悪品を食わされるわけだ。酷い話だね。


「俺が影武者ドッペルだと知っている人間は王族だけだったから、使用人たちは手厚く世話をしてくれたしな。まったくもってオリジナルが羨ましいよ」


 だったらもっと羨ましそうにしたらどうだ? 無表情で淡々と問題を解きやがって。

 ちなみにコイツはめちゃくちゃ頭がいい。今回のテストも465点で影武者ドッペルの中で一番だった。ただオリジナルが満点だったせいで補習を受けさせられているけどな。


「外の世界、俺も影武者ドッペルの依頼が来れば行けるんだけどな……全然依頼こねーし」

「依頼が来ずとも、あと4年で外に出られるだろ。王位争奪戦が始まれば顔を魔術で変えて解放される」


 王位争奪戦。

 9人の王子が王位を賭けて戦い、戦いに勝利した者が次代の王になる。参加する権利があるのは第9王子までで、争奪戦は第9王子が14歳になった時におこなわれる。

 第9王子の影武者ドッペルであるハクは10歳、だから4年後に開催される。俺たち影武者ドッペルは争奪戦が始まると同時に解放され、自由になると先生は言っていた。


「解放、ね」

「どうやら、お前は俺と同じ考えを持っているようだな」


 ワッグテールは教科書から目を離し、俺に視線を向けた。


「……解放とは、この世からの解放……つまり死だと、俺は考えている。影武者ドッペルの存在は外部に漏れてはならない。我々の存在を消すのが王族にとっては都合がいい。ま、あくまで勝手な予想に過ぎないけどな。確証はない」

「……」

「ふん。お前は『それならそれで別にいいさ』と考えているようだな」


 そう言うってことは、コイツはそれでいいとは思ってないということか。


「昔からそうだ。お前には自己愛というものが皆無。自己愛が強すぎる人間はどうかと思うが、お前のような人間もどうかと思うぞ」


 足音が廊下から聞こえてきたので、ワッグテールは説教臭い話をやめた。

 表情かおの見えない、仮面の先生が教室に入ってくる。


「お待たせしました。これより補習を始めます」


 クレインやワッグテールみたいに、この現状に不満を抱くのが普通なのだろうか。

 俺は別にいい。今がそこまで嫌いじゃない。この自分の人生を受け入れている。

 例え大人になれずに死のうが別にいい。

 俺は自分というものがそこまで好きじゃないんだろう。この世もそこまで好きじゃないんだろう。だから簡単に受け入れられる。

 衣食住はある。友達もいる。先生は影武者ドッペルの掟には厳しいけど、普段は優しい人だ。虐待とかは一切しない。

 この世には10年と生きられず死ぬ人間がごまんといる。ロクに食事のできない子供や勉強できない子供も多くいるだろう。それに比べたら、俺は遥かに幸せな人間。


 そんなに影武者ドッペルって嫌か? ジッサイ。おかしいのは俺か? 

 


 --- 



「名前! 考えてきたよ!」


 翌日。

 カナリアによって墓の前に集められた俺とクレインは、その墓に刻まれた文字を読み上げる。


「“アントス”……? どういう意味だ、これ」

「古代語で花って意味だよ! アルバはお花が好きだったからね」

「うん、いい名前だと思うよ。きっとアントスも天国で喜んでいるさ」


 影武者ドッペルに天国がありゃいいけどな。


「それでね~、ついでに、二人の名前も考えたんだ!」


 焦りつつ頭を振って周囲に先生がいないことを確認する。


「前も言っただろ! 名前付けは掟に……」

「まぁいいじゃない。聞くだけ聞いてみようよ」


 クレインがなだめてきやがる。コイツはカナリアに甘いんだよな。


「まず君!」


 カナリアはクレインを指さす。


「“レイン”! 古代語で、雨って意味!」

「クレインからクを取っただけじゃないか」

「違う! 似てるのはたまたま!」

「雨……ってあんまりいいイメージないけどね」


 クレインは苦笑いする。


「そんなことないよ!」


 カナリアは得意げに語り出す。


「雨はね、作物を育てたり、火事を消してくれたりしてくれるんだよ。いつもクレインは勉強が遅れている子や剣術が拙い子に付き合ってあげたり、喧嘩している子がいたら止めてくれる……だから雨がぴったりかなって思うんだ。恵みの雨、ってことだよ」


 喧嘩を止める、ね。この前はコイツから喧嘩売ってきたけどな。

 クレインはなぜか黙りこくってしまった。照れてんのか?


「それで君の名前は……」


 おっと、俺の番だ。


「ソル! 古代語で太陽って意味だよ」

「へ? 太陽? 俺が? 全然キャラに合って無いだろ……」

「そんなことないよ。覚えてないかな? 2年前さ、私がこの森で迷子になった時のこと」

「……あの嵐の日か」


 以前、カナリアは先生と喧嘩して家出したことがある。

 たしか『私は影武者ドッペルなんて嫌だ!』とか喚きながら走って外に出たんだ。そしてそのすぐ後に嵐が来て、みんなで大捜索する羽目になった。


「そう。みんなとはぐれて、大樹の中で一人泣いてた……でも君が、見つけてくれた。私がさ、影武者ドッペルの授業が嫌で逃げ出すと、いつも君が慰めに来てくれる」

「先生に頼まれたから仕方なく、な」

「君はさ、いつも誰かがピンチになると助けに来てくれる。頭を掻きながら『やれやれ』って感じでね。君は……私たちにとって太陽のような存在だよ」


 カナリアは屈託のない笑顔をする。

 やめてくれ……そういうのはホントにガラじゃない。照れる。


「ひぐっ」


 嗚咽が聞こえた。

 恐る恐る声の方を見ると、クレインが両目から大粒の涙を流していた。


「く、クレイン? おま、なに泣いてるんだよ……」

「ちがっ、これは……違くて」

「ご、ごめんね! 私の名前、そんなに嫌だった……?」


 って聞きながらお前も泣きそうになってんじゃねぇよ……。


「逆! 逆だよ……なんか、とても嬉しくて……」


 俺とカナリアは顔を合わせ、同時に笑った。


「まったく、大げさだな」

「ねぇねぇ! 私の名前はさ、ソルとレインが考えてくれるよね? 名前って自分で付けるものじゃないし……」

「嫌だよ」

「え~!? なんでよ!?」

「俺は掟を破るのなんざまっぴらなんだよ。名前を付けることには反対だ。俺のことは今まで通り、ちゃんとカルラって呼べよ」

「僕は……名前を付けるなんて大それたこと、できる気がしないなぁ。一応、考えてはみるけどさ」

「もうっ! 二人とも頭硬すぎ!!」


 プイ、っとカナリアはむくれてしまった。

 その後、俺は二人と離れ、森に流れる川に水を飲みに行った。


「……ソル……ソル、か」


 聞きなれない自分の名を連呼する。

 すると、ポタ……と瞳から何かが零れて川に落ちた。


「あれ?」


 視界が濁る。

 おかしい。なんでだ、目から涙が止まらない……。


「なんだこれ、なんなんだよ……これ」


 俺もクレイン同様、なぜか大泣きしてしまった。




 自己という意識が薄かった俺だったが、きっと名前を与えられたことでアイデンティティというやつが芽生えてしまったのだ。涙を流したのはこれが初めての経験だった。



 そう、この日に……ソルという人間は産まれたのだと思う。


---



 朝、俺たちは全員で校庭をランニングする。

 基礎体力作りだ。毎日早朝、10人で列になって走るのである。授業が無い日もランニングだけは欠かせない。


「う~……」


 その途中で、何やらカナリアが耳を塞いで苦しそうにしていた。


「どうしたカナリア」

「なんかね~、最近学校の近くに居ると耳鳴りがするんだ。ドクン、ドクン、って心臓の音みたいなのが聞こえるの」


 話をしていると、先頭を走っていた銀髪ロン毛が下がってきた。


「大丈夫かいカナリア!? 私が診てあげよう。ほら、服を脱いで――」


 バシン! と銀髪ロン毛改めオスプレイの頭をシグ姉が叩いた。


「引っ込んでいろシスコン。余計に体調悪くするだろう」

「酷いじゃないかシグネット! それにな、私はシスコンじゃない……! 弟たちも大好きだ! これはシスコンもブラコンも超えた新たなジャンル……そう! ファミリーコンプレックス、ファミコンと呼ぶのが相応しい!!」

「なんでもいいから先頭に戻れバカ」


 シグ姉はもう一度オスプレイの頭を叩く。


「あはは……相変わらずだね、オスプレイ」


 オスプレイは第1王子の影武者ドッペル。銀色の長い髪が特徴的だ。

 重度のシスコンでありブラコン。他の影武者ドッペルを溺愛している。


 しかしオスプレイはこの教室内で唯一人、ある人物を嫌っている。


「オスプレイ。列を乱してはいけませんよ」

「ふん。すぐに戻ったのだからいいだろう」


 オスプレイはなぜか先生を毛嫌いしている。反抗期ってやつかな。

 一方、シグ姉は第3王子の影武者ドッペル。赤毛のロングヘアーで、クールな感じ。

 オスプレイは長男で、シグ姉が長女、って感じだな。


「ねぇねぇ」


 背中をツンツンと突かれ、後ろを振り向く。

 金髪のチビッ子、パフィンだ。第8王子の影武者ドッペル。背が低くていつもクマのぬいぐるみを引きずってる女の子。俺に話しかけるなんて珍しい。


「どうしたチビッ子」

「ハクが遅れてる」


 後ろを見ると第9王子の影武者ドッペル、ハクが息を切らしながら減速していっている。

 ハクは末っ子だからな。俺より二つも年下、まだ10歳だ。とは言え、女の子のパフィン(11歳)がついてこれているのに情けないやつだ。


「仕方ねぇな」


 俺はハクのところまで下がる。


「休むか? ハク」

「……大丈夫」


 こっちに視線も合わせず、小さな声で言う。

 相変わらず無愛想な奴。普通末っ子はもっと可愛いもんじゃないかね。


「下向いてると余計に疲れるぞ。顔上げろ。あと腕の振りをしっかりとだな……」

「うるさい。あっち行ってて」

「君ねぇ、せっかくお兄ちゃんが親切に指導してやってるのに、その態度はないんじゃないかね?」

「ぼくは……アンタらを兄弟だと思ったことはない……」

「あっそう……」


 拗れてんなぁ。ガキの頃の俺そっくり。

 なんかこのまま引き下がるのも腹が立つ。よし……、


「隙あり!」

「うわっ!?」


 俺はハクをお姫様抱っこし、走り出す。


「お、おい! なにやってんだよ! 下ろして!」

「嫌だね! クソ生意気坊主は爆速お姫様抱っこの刑だ!」


 地面を蹴り砕き、全速力で走る。


「うおおおおおおっっ!!」

「うわああああっっ!?」


 最後尾から影武者ドッペルを追い抜いていく。


「あはは! 相変わらず馬鹿だね、カルラは」

「……朝からよくあれだけ元気あるよね」


 カナリアとクレインから呆れたような声。

 勢いそのまま全員を抜いて先頭を走る。


「ふははっ! 負けんぞカルラ! 私にもお姫様抱っこさせろぉ!!」

「うげっ! 来るなアホ長男!」


 後ろから追いかけてくるオスプレイ。

 俺はさらに速度を上げていく――その途中で、


「あ」


 石に躓いてしまった。

 ハクと俺は地面を勢いよく転がり、砂場に突っ込んだ。


「ぺっ! ぺっ! 口に砂入っちまった」


 ハクは顔面から砂に突っ込み、ケツだけが出てる。


「おーい、ハク。大丈夫か?」


 ハクは砂場から顔を引き抜く。

 やべぇ、どんだけ怒った顔してるかな……と顔を覗き見ると、


「ふふっ」


 ハクから漏れたのは意外にも、笑い声。


「うおっ! お前が笑ったの初めて見た!」


 と俺が言うと、ハクは顔を赤くして鼻を鳴らし、スタスタと砂場から出て行った。


――同時に、後ろに殺気!?


「カ~ル~ラ~! いつ影武者ドッペルの依頼が来るかもわからないのですから、怪我なんてもってのほかですよ! 危険な行動は控えるように!!」

「ご、ごめん先生……」


 頭に拳骨を頂戴した。

 思いっきりタンコブができたけど、これは怪我に入らないのですか? 先生……。


「やれやれ、お前は落ち着きがないな」


 シグ姉がため息交じりに言う。


「ば~か」


 パフィンがゴミを見るような目で言った。

 ウチの女性陣は手厳しい。



 --- 



 昼休み。

 俺は教室の隣にある先生の部屋に呼ばれた。


「カルラ、これを見てください」


 先生が出したのはマス目のある板。それと黒と白の大量の小さなアイテム。


「なんだこれ」

「これはチェスというゲームに使う道具です」

「チェス?」

「お互いに駒を取り合い、最後に敵のキングの駒を取ったら勝ち。駒それぞれにきちんと役割があり、奥が深いゲームです。面白いですよ」

「へぇ~。で、これがなに?」

「最近、君のオリジナルである第5王子カルラ様がこれにハマったようです。君に彼と同等の力を付けろとは言いませんが、ルールぐらいは覚えておいてください。これがルールブックです」


 先生からチェスとやらのルールブックを受け取り、軽く目を通す。


「これ二人でやるゲームみたいだけど、先生が相手してくれんのか?」

「いいえ、これはハクと遊んでください。ハクのオリジナルもチェスをたしなむそうなので」

「了解」


 ぱっと見、面白そうなゲームだ。こういう特訓なら大歓迎。

 教室でぼっちで本を読んでいるハクに声をかける。


「ハク! ちょい付き合え」

「……なに?」

「これ。俺とお前のオリジナルがハマってるゲームなんだって。先生が二人で遊べってさ」


 ハクにルールブックを渡す。

 ハクはルールブックに目を通すと、口角の片端を吊り上げた。


「面白そうだね」

「な! 早くやってみようぜ」

「待って。もっと説明書を読み込みたい……」

「こういうのはやってる内に覚えるんだよ」


 6種類16個の駒を使って相手のキングを追い詰めていくゲーム。

 単純な構造に見えて凄く戦略性があるな。面白い。

 午後の授業は免除で、俺とハクはずっと教室の後ろでチェスを差し続けた。


「……お前とこうして遊ぶのって初めてかもな」

「そうだっけ?」

「お前、俺のこと避けてたろ?」

「まぁね。だってカルラって、生徒の中で一番本心が見えないだもん」

「はぁ? そんなことないだろ。俺ほど正直な人間はいないぞ」

「そうかな? 外面は感情的に見えるけど……その実、内側は冷めている」


 ハクは駒を持った状態で止まる。


「チェスって相手の心が見えるね。カルラはやっぱり冷静だ。着実に、追い詰めていく手を選ぶ。一度良い配置を覚えると、必ずそれに寄っていく」

「……お前は冒険家だな。新手新手で来やがる」

「でもカルラが一番力を発揮するのは陣形が崩された時だ。追い詰められた時が一番怖い。だから、決める時は一気に決めないとね。逆転の機会を与えないように」

「……チェックメイトか。もう一回だ! もう一回!」

「うん、いいよ」


 20戦ほどやって、勝率は五分。

 いつの間にか教室から人は居なくなっていて、夕陽が窓から見えていた。


「この辺で終わりにしとくか」

「そうだね。オリジナルがハマるわけだ……凄く面白いね、このゲーム」

「授業とか関係なしに、これからも遊びでやるか?」

「うん!」


 初めてハクの年相応の笑顔を見た気がした。

 また明日も、ハクとチェスができると思っていた。だけど、そうはならなかった。


――ハクに、影武者ドッペルの依頼が来たのだ。



 --- 



「ハクに依頼が来ました」


 朝食の席で先生が言った。

 長方形のテーブルに生徒全員がついている。

 先生は真ん中の席にいつも座っている。ちなみに俺はいつも隅っこだ。


第9王子ハク様は明日、王都より南に位置する街へお顔見せする予定があったのですが、その街で今、伝染病が流行はやっていてね。大した病ではないのですが念のため影武者ドッペルに任せたいとのことです。心配はいりません。危険性はほとんどない依頼です」


 ハクは先生の隣に座っている。浮かない表情だ。


「今日、この後すぐに出ます。私も王都までハクを送り届けなければいけないので、半日いません。なので各々自習とします」


 少し前まで影武者ドッペルの依頼が来るとみんな羨ましがった。美味い物が食える、綺麗な景色が見れる、貴重な経験ができる。良いこと尽くしだったからな。


 でも今は逆だ。心配する目や哀れむ目が多い。


 恐らく全員の頭にアルバトロスの死が浮かんでいることだろう。

 食事を終えた俺たちは玄関までハクを見送りに行く。

 ハクは真っ黒なローブを着ている。フード付きで、フードを深く被れば顔も隠せるだろう。影武者ドッペルが外に行く時は毎度これを着せられる。他の面子も外に行く時はこれを着ていた。


「ハクぅ!! 無理はするな! 危険だと思ったら逃げるんだぞ!!」


 そう言ってオスプレイはハクを抱きしめる。


「痛いって……」


 俺はオスプレイの襟を引っ張って引きはがす。


「いい加減にしろ。これから重要任務だってのに、怪我したらどうすんだ」

「……くそ、やっぱり心配だ! 私も付き添いで行く!」

「シグ姉、ワッグテール」

「「了解」」


 俺が二人の名を呼ぶと、二人は縄を両手に持つ。


「な、なにをするんだブラザーたち!」


 シグ姉がオスプレイを羽交い絞めにし、ワッグテールが縄でオスプレイを縛っていく。


「……カルラ」

「ん? どうした? ハク」

「これ、預かってて」


 ハクは一冊の本を俺に渡した。

 タイトルは“勇者クロウリーの冒険記 第一部”。名前の通り冒険譚だ。クソ分厚くて、ハクは物心ついてからずっと読み進めている。


「まだ全部読めてないんだ」


 栞は4分の3地点に挟み込まれている。


「ぼくは器用じゃない。失敗して、アルバみたいに死んじゃうかもしれない。もしもぼくが死んだらさ、続き、読んでおいて」

「俺が読んで意味があるのか?」

「うん。天国で教えてよ。本の続き」


 ハクは背中を向けて、


「……任せたよ。お兄ちゃん」


 その言葉を最後に、ハクは先生と一緒に出発した。



---



 ハクを見送った俺たちは教室でダラダラとしていた。


「“ハンバーガー”、“銃”、“飛空艇”、“腕時計”。外の世界の技術は凄いね」


 とクレインは外から取り寄せた新聞を見て言う。


「よーし、今聞いた名前からそれぞれどんな物か予想してやるよ」


 暇つぶしに名前連想ゲームを提案する俺。


「面白そうだね。やってみな」

「ハンバーガーは名前の響き的に爆弾の一種だな」

「あ! 銃は調理器具でしょ! 焼く時ってジュウぅっていうもんね!」


 カナリアは自信満々に言う。


「……飛空艇は武器だな。弓やボウガンみたいに遠距離系の武器とみた」

「腕時計はあれだ、腕にこう鎖とかで時計を巻き付けるんじゃない?」

「カルラ全問不正解、カナリアは一問当たり。腕時計はそんな感じの認識で合ってるよ。ちなみにハンバーガーはパンにハンバーグやレタス、トマトを挟んだ食べ物。銃は弓よりも射程があって威力もある武器、飛空艇は乗り物だね。空飛ぶ船なんだってさ」

「マジか!? すげぇな飛空艇!」

「クレインはいっつも新聞読んでるねぇ~、好きなの? 新聞」


 クレインは新聞を閉じ、


「別に新聞が好きなわけじゃないよ。ただ最新の情報を常に得たいだけさ。僕らはあと4年もすれば外の世界に出る。その時に備えて少しでも外の世界の情報は仕入れておきたい」


 勤勉なことだ。

 ワッグテールが一度こっちに視線をやって、また手元の本に視線を戻した。『やれやれ、本当に外に出られると思っているのか?』……とでも言いたげだな。


「ねぇカルラ」


 カナリアが俺の顔を覗き込んできた。

 俺の机に肘を乗せ、まん丸の瞳で見上げてきやがる。


「カルラはさ、外の世界に出たらやりたいこととかあるの?」

「やりたいこと? うーん……特にねぇな」

「うえ~、つまんない男だねぇ」

「そういうお前はなにかやりたいことあんのかよ」

「海の水を飲んでみたい!」

「はぁ?」

「海の水と川の水って味が違うんだよ! 先生が言ってたんだ~」

「あれ、そこの川って海の水が流れてきてるわけじゃないのか?」


 俺が聞くとクレインが、


「学校の近くに流れてる川は雨水で出来てる。海から引いてるわけじゃない。だから海の水と、川の水は味が違うんだよ」


 ここら一帯は山々に囲まれており、その山を登ることは禁じられている。つまり、俺たちは海に到達できないのだ。当然海の水を飲むことはできない。


「きっとねぇ、海の水は甘いと思うんだぁ」


 海の味を俺たちは知らない。海を見たこともない。


「なぁオスプレイ、シグ姉、ワッグテール。お前ら外に出た時、海の水は飲んだか?」

「海水は飲んでいないがコーヒーとやらは飲んだぞ! 不味かった!」

「私は飲んでないな。カナリアが海の水に興味あると知っていれば汲んできたのに」

「それは駄目だ。外の世界の物は持ち帰ってはならない。影武者ドッペルのルールの一つだ」

「ふむ。海も外の世界の物に含まれるか?」

「含まれると前に先生が言っていた。俺は海の水を舐めたことがあるが、どんな味だったか聞きたいか?」

「ううん、大丈夫! 自分で味わってみたいの!」

「……そうか」


 海水の味か。想像したこともなかったな。

 大して興味もないけど。


「カルラは海の水、どんな味だと思う?」

「……そうだなぁ、しょっぱかったり辛かったら面白いな」

「そんなわけじゃん! しょっぱかったり辛かったらお魚さんたちは海に住まないよ!」


 甘い水ならいいのかよ。


「ハクは今頃、先生と海の上だよね。海の水、飲んだかな?」

「どうだろうな。アイツ好奇心旺盛だし、飲んでるかもなぁ」


 まぁなんだ。

 できるだけ楽しんで帰ってきてくれるといいな、ハクのやつ……。


「クレイン、暇だしチェスやろうぜ。ハクが帰ってくる前に腕をあげておきたいんだ」

「チェスってあのボードゲームだよね。いいよ、僕も興味あったし」


 帰ってきたらあのクソガキ、ボコボコにしてやろう。


 ……ちなみにクレインには3戦目でボコボコにされてしまった。



 --- 



「ハクが亡くなりました」


 ハクが外に出て、一週間後の朝。

 教室で唐突に、そう告げられた。


 思わず、俺は「は?」と声を漏らしてしまった。


「先ほど王都より連絡が来ました」

「なんでだよ……」


 俺は先生に問う。


「危険はないって……! アイツは――!」


 喉に出かかった言葉をせき止める。

 なにを熱くなってるんだ俺は……アルバの時は何も感じなかったクセに。


「説明を求める。詳しい、説明をな……!」


 オスプレイは怒り心頭、という表情だった。 

 オスプレイほどではないが、クレインも心中穏やかではない様子。


……カナリアは、泣きそうな顔をしている。アルバの時もそうだったな。


「説明したところで、恐らく理解はできないかと思います」

「そんなにも複雑な事情があったと言うのか?」

「いいえ。そうではないのです。きっと……理由で、ハクは焼き殺されました」


 焼き、!?


「ハクを殺したのは、第9王子――ハクのオリジナルです」

「オリジナルが影武者ドッペルを!?」


 クレインは机を叩き、立ち上がる。


「どういうことですか!? なぜ……なぜ!!?」

「……国王様が直接、理由を聞いたそうです。第9王子ハク様はこう答えたそうです。『自分とまったく同じ姿の人間を燃やしたら、自分はどう感じるのか知りたかった』……と」


 なんだ、それ。

 そんな……蟻の巣に水を入れるような感覚で、ハクは殺されたのか……?

 そんな子供の、好奇心で……。

 俺たちの命はそんなにも、軽かったのか?


――絶句。


 怒っていた二人も、他の面々も、言葉が止まってしまった。


「――すみません。こんな時にですが、また新たに影武者ドッペルの依頼が来ました」


 いま、二人連続で依頼の最中に死んでいる。

 こんな状況で、行きたい人間がいるはずもない。

 静寂の教室で、誰もが息を呑んだ。


 先生が目を合わせたのは――


「君です」


 外の世界に対する好奇心が、恐怖心に切り替わった時。

 こんなタイミングの悪い時に限って、


「カルラ。次に外の世界に出るのは……君だ」


 そうだなぁ~。

 絶望でもない。かと言って希望では断じてない。今の俺の心境を一言で表すなら、


 めんどくせぇ。だ。



---



 出発は二日後。

 任務は三日後の晩餐会に第5王子の代わりに参加すること。

 三日後は俺と第5王子の誕生日だ。ま、いわゆる誕生会だよな。多くの客が来るそれなりに規模の大きい誕生会らしい。

 その誕生会で第5王子を殺すと殺害予告が手紙で王宮に届いたそうだ。


 悪戯の可能性もあるが、大事を取って影武者ドッペルを仕込む、とのことだ。


「……君ともあと二日でお別れか……寂しくなるね。安心して、墓は作っておくから」

「縁起でもないこと言うんじゃねぇ」


 俺たちは真っ黒な石の塊を運んでいた。

 目指すのはアルバの墓がある場所だ。墓に着くと、花束を持ったカナリアが待っていた。


「ほれ、墓石持ってきたぞ」

「うわ、おっきぃね!」


 アルバ……もといアントスの時と同じで、墓づくりをしている最中である。


「名前は決めたの?」

「うん! あの子が好きだった本の主人公から取ったんだ」


 カナリアは墓に“クロウリー”と刻んだ。


「……アントスもクロウリーも、骨も入れてあげたかったなぁ」

「そういやアイツらの死体ってどこにいったんだろうな」

「王都で処理したんだと思うよ。多分、跡形もなく消したんだと思う。だって影武者ドッペルの死体は王子の遺伝子が入ってるんだから、残しておくはずがない」


 それもそうか。


「うっ……」


 突然、カナリアが耳を押さえだした。


「どうした?」

「また耳鳴りが……」


 クレインは耳に手を添え、聞き耳を立てる。


「なにも聞こえないな。どこから聞こえてるの? その音」

「多分、学校……かな。学校の下の方から聞こえる……」

「コイツは耳がめちゃくちゃ良いからな。俺たちに聞こえない音まで拾っちまってるんだろう」


 カナリアは苦しそうにうずくまる。

 俺とクレインは顔を合わせ、小さく頷く。


「ちょっと調べてみようぜ。音の出どこ」

「そうだね。今日は授業休みだし、時間はたっぷりある」


 影武者ドッペルと言っても毎日授業漬けではない。一週間の内、二日だけ授業は休みなのだ。


「ありがとう。二人とも」


 俺たちは音の出どころを求めて学校に戻る。




――恐らく、俺たちの運命が捻じれ出したのはこの決断のせいだ。


 何も知らなければ、俺は楽に死ねたのに。



 --- 



 カナリアの耳を頼りに、一階の廊下を歩いていく。


「ここ。この部屋から音が聞こえる」


 カナリアが指さした部屋は……先生の執務室だった。

 先生はこの部屋で寝泊まりや作業をする。そして原則、この部屋は立ち入り禁止だ。


「どうする? カルラ」


 クレインが聞いてくる。


「カナリア。学校から先生の声聞こえるか?」

「ううん、聞こえない」

「よし、なら行っちまおう。バレたら謝ればいいさ」

「カルラ隊長がそう言うなら仕方ありません。入りましょうか」

「え?」


 クレインは困った顔をする。コイツ……俺に責任をかぶせる気だな。


「カルラ隊長の仰せのままに」


 カナリアが悪乗りする。


「お前らな……」

「さぁ入るよ」

「レッツゴー!」

「やれやれ……」


 先生の部屋に入る。

 先生の部屋にはベッドと本棚と作業机とクローゼットがある。


「そこの本棚の裏から音が聞こえてきてる気がする」


 クレインは本の詰まった本棚を横にスライドさせる。相変わらずの馬鹿力。

 本棚の裏には人が通れるスペースが空いており、中はすぐ階段になっている。階段は下へと続いている。


「なんか、ヤバそうな感じするな……」

「どうしますか、隊長」

「入るだろ。ここで退いたら年中モヤモヤする羽目になる」


 俺たちは階段に足をかける。


「本棚、元の場所に戻せるか?」

「大丈夫、後ろに取っ手がついてる」


 クレインは本棚を元の位置に戻す。


「なるべく痕跡は残さないようにね」


 とクレインの忠告。


「なんか、明るいね」

「ホントだ。灯りは見当たらないし、陽の光も入ってこないってのに」

「上を見て」


 クレインの声で俺は上を向く。


――天井に敷き詰められた石が青白く輝いていた。


「夜光石だ。光の届かない場所で輝く人工石だよ」

「さすがの博識だねクレイン調査員」

「お褒めに預かり光栄です、隊長」


 調査隊ごっこをする俺とクレイン。

 一番にこういうノリに同調しそうなカナリアが黙っているので背後を見ると、カナリアは苦い顔で片耳を押さえていた。


「……気持ち悪い……なんだろう、この音」

「カナリア、気分が悪いのなら引き返すけど」

「ううん、大丈夫。進むよ……進まなきゃ、いけない気がするんだ」


 俺とクレインは目を合わせ、警戒を強めた。

 洞窟のような道を進んでいくと、扉が見えた。

 ドアノブを下ろす。鍵は掛かっておらず、容易に開いた。俺たちは部屋に入る。


「へぇ、地下にこんな部屋があったとはな」

「カルラ! 前、前見て!」

「は?」


 俺は正面を向き、腰を抜かした。


「なんだ、こりゃ……!?」

「……黒い、卵?」


 部屋の中心には真っ黒な巨大な卵、およそ3メートル程の卵が鎖に繋がれ吊るされていた。

 周囲には見慣れない装置がある。


「魔導器。魔力を動力に動くカラクリだ。ほら、そこに魔力を生み出すコアがある」

「へぇ、こいつがね。名前は聞いたことあったけどよ」


 魔導器から伸びた細い管が黒い卵に繋がってる。


「ここまで近づくと俺たちにも聞こえるな」

「そうだね……」


 卵は脈打っている。心臓の音、ドクンドクンという音が一定のリズムで耳に届く。


……気持ち悪い。


 これをずっと聞かされていたカナリアは相当なストレスだっただろうな。と思い、カナリアの方を向くと、カナリアは地面に膝をつき、俯いていた。


「カナリア! どうした!」


 カナリアに近づき、肩をさする。


「……欲しい、王の血が欲しい……足りない……助けて……」

「な、なに言ってんだ……?」

「聞こえるの。卵から……しかもこの声、アントスとクロウリーの声だ……」


 卵から二人の声が?

 王の血が足りない? 助けて? ……どういう意味だ……。


「中に二人が居るってことかい?」

「違う。中に二人は居ない……うっ」


 カナリアは吐き気を催したように口を押さえた。


「よくわからないけどカナリアが限界だ。カルラ!」

「ああ! 撤退するぞ!」

「待って!」


 カナリアは扉の方を見て、


「誰かが、先生の部屋に入ってきた……この足音のリズム、先生だ……!」


 ゾクり。と背筋が冷えた。

 もしもここにあったものが先生の隠したエロ本の山だったなら、こんなにも慌てることはない。

 けど明らかに、この黒い卵は見てはいけない物だ。それこそ、口封じで何をされるかわからない。


「隠れるぞ!」


 選択肢を絞り、クレインの方を見る。


「あそこの樽に入ろう!」


 クレインの指示で、俺たちは部屋の隅にある二つの樽の蓋を開いた。


「ぐっ!?」


 樽の中から漂ってきた鉄臭い、気色の悪い匂いに思わず鼻をつまむ。

 樽の中には所々赤い炭のような物が付着している……。


「カルラ……迷ってる暇は」

「わかってる! 一番図体のでかいお前が一個使え。俺とカナリアが二人で一個に入る!」

「えっ、あ、うん、わ、わかった」


 歯切れ悪くそう言って、クレインは樽に入った。


「カナリア!」

「うん!」


 俺とカナリアは抱き合うようにしてもう片方の樽に入った。



――部屋の扉が開かれる。


 むせ返りそうなすさんだ空気の中、俺とカナリアは肌を寄せ合い、震えを止める。


「やれやれ……たった二人吸収しただけで、ここまで活発になるとは……」


 先生の声。

 いつもより声色が低い気がする。


「生徒の中には耳の良い子が居てね、少し静かにしてもらいますよ」


 ブシュ。と何かを刺すような音が聞こえた。その途端、黒い卵から聞こえる鼓動の音が小さく小さくなっていき、いずれ音は完全に聞こえなくなった。


「……もう暫しお待ちください。

――王卵おうらんよ」


 おう、らん?


 初めて聞くワード。あの卵の名前か?

 足音が遠ざかっていく。扉が閉まる音。

 それから10秒間を取って、カナリアが俺の腕をタップした。


「大丈夫だよ。先生は部屋に戻った」


 樽の蓋を開ける。


「ぷはぁ!」


 地下の空気を思いっきり吸い込む。 

 ここの空気もおいしいとは言えないが、樽の中の空気が地獄過ぎた。こんな地下の空気が砂糖ぐらい甘く感じる。


 それに樽の中が汚れていたせいで体の至る所が赤黒くなっちまったな……。


「いやぁ、もうちょいでカナリアの頭に吐くところだったぜ」

「サイテー! それやってたら絶交だったからねっ!」

「なにはともあれ、見つからないで良かったね」


 クレインは樽をジッと見つめ、「まさかね……」と呟き、扉の方を向いた。


「後は脱出するだけだ。カナリア、先生は今どこにいる?」

「えーっと、食堂のキッチンかな。夕飯の仕込みをしてるんだと思う」

「よし、そんじゃ早くここ出て川で体を洗おう。服の汚れもこの程度なら水で落とせる」

「了解隊長。カナリアの耳を頼りに慎重に川まで行こうか」

「うん! 任せて!」


 カナリアから先生の位置を聞きつつ、地下から脱出。

 先生の部屋から出て、裏口から外に出た。


「それでカナリア、音はどう? まだ聞こえる?」

「ううん。もう聞こえない」

「部屋を出る時気づいたんだが、あの黒い卵……先生が王卵って言ってたやつにくだが一本新しく刺さってた。薬品でもぶっこんで音を消したのかもな」


 とにかく、カナリアの耳鳴り問題はこれで解決した。ま、俺たちが何もしなくても解決してただろうけど。


「うし、久々に泳ぐか」


 川に着いた俺は服を全部脱ぎ去る。


「ぎゃーっ! ちょ、ちょっとカルラ! なんで裸になってるの!?」

「はぁ? 体洗うんだから脱ぐに決まってるだろ。早くお前らも脱げよ」

「……あのねカルラ、カナリアはいまデリケートな年頃なんだから気を遣いなよ……」


 カナリアは両手で両目を隠し、俺に背中を向けている。耳は真っ赤だ。


「昔は一緒に風呂入ってたろ? なに照れてんだ」

「もうっ! 本当にデリカシーがないよね! 私あっちにいるから終わったら呼んで!」


 カナリアは肩を上げ、怒りながら森の中へ歩いて行った。


「なんだアイツ」

「やれやれ、カルラはまだまだ子供だね」

「む」


 大人ぶるクレインに苛立った俺は、両手にすくった水を思いっきりクレインの顔に叩きつけた。


「……」


 水浸しのクレインは無言で俺を睨む。


「大人のクレイン君は子供の悪戯に対して、いちいちやり返したりしないよなぁ?」

「……もちろんさ。この程度でぼここ!?」


 話途中のクレインにまた水をかける。


「にっひっひ!」

「……躾が必要みたいだね」


 クレインはパンツ一丁になり、水をかける――のではなく、ドロップキックを繰り出してきた。


「あっぶね!」


 間一髪で俺は避ける。

 だが川に落ちたクレインの水しぶきで、頭から水を被った。


「ちっ」

「水の仕返しがドロップキックっておかしいだろうがっ!」

「ごめんごめん、飛び膝蹴りでいくべきだったね」

「直接攻撃から離れろ!」

「……そっか! 投石――」

「違う!」


 コイツ、冷静沈着に見えて意外に野蛮なところあるんだよな……。


 それからしっかり体の汚れを落とした俺とクレインは服を洗い始めた。


「さすがに夕飯までには乾かねぇよな。先生には川で水遊びしたって言えば大丈夫か」

「服を着たまま?」

「じゃあ他にどんな言い訳があるんだよ」

「カナリアが川に落っこちて、それを助けようと僕らが飛び込んだことにした方が自然じゃない?」

「こんな浅い川にカナリアが落っこちてわざわざ飛び込むか?」

「……確かに」


 ポタ、ポタ、と空から水が降り始めた。


「どうやら言い訳は必要なさそうだ」

「だね」 

「……なぁ、王卵ってなんなんだろうな。アレ、絶対良いモンじゃねぇよな」

「うん。先生はなにか大切なことを僕らに隠している」

「それによ、あの樽……お前も気づいてるんだろ?」


 クレインは苦い顔をする。


「樽に付着していた赤黒い物体、あれは固まった血液だ。あの樽にはきっと、血まみれの人間が詰められていたんだと思う」

「……樽は二つあった。それで、カナリアはあの卵の中から死んだ影武者ドッペル二人の声を聞いた。これについてどう考える?」

「樽にアントスとクロウリーを詰めてあの地下室に運び、そして卵の中に二人を入れた……と考えるのが自然だ。でも死んだはずの二人が声をはっするのはおかしいし、その行為に何の意味があるかはわからない。けれど、わからないで済ませていい問題ではないよね」

「……」

「カルラ、とりあえず話の続きは任務を終えて、君が帰ってきてからにしよう。今は任務に集中するべきだ」

「わかってるよ」

「慎重にね。君が死ぬとカナリアが悲しむ」

「お前は悲しんでくれないのか?」


 クレインは小さく笑い、


「大泣きするよ」

「嘘くせーなぁ」


 王卵のことも気になるが、今は目の前の影武者ドッペルの任務に集中しないとな。

 このために12年間勉強して、運動してきたわけだし。



 それからは遊びもせず、第5王子の情報と当日の予定をひたすら頭に叩き込み、

 あっという間に出発の日はやってきた。



---



 出発日の朝、学校の玄関。

 みんなが見送りに来ている。


「カルラぁ!! 無理はするな! 危険だと思ったらすぐに『助けて』と叫ぶんだぞ!!」


 オスプレイが駆け寄ってくる。


「近づくなアホ」

「ぐへっ!?」


 俺はオスプレイを廊下の壁まで蹴り飛ばした。


「……や、やっぱり心配だ! 私もついていく!」


 立ち上がり、駆け出そうとするオスプレイをシグ姉が後ろから首根っこを掴んで止める。


「この馬鹿は私が抑えておく。今の内に行け」

「サンキュー、シグ姉」

「……気をつけてな」


 次にワッグテールがポン、と頭に手を置いてきた。


「無理はするなよ」

「はいはい」

「カルラ……」


 心配そうな目で見つめてくるカナリア。

 俺はカナリアの頭を撫でる。


「大丈夫だよ。俺ってそれなりに器用だからさ、うまくやるさ」


 クレインは腰に手を置いて、


「僕は何一つ心配してないよ。君は絶対に戻ってくる」

「ありがとよ。俺が居ない間、このお転婆な妹をよろしくな」

「任せて」


 次にパフィンがぬいぐるみを引きずって足元に寄ってきた。


「パフィンね、クレープっていうの食べてみたいの。お土産によろしく」

「あのな、外の世界の物はこの島に持ち込んじゃ駄目なんだよ。だからお土産は無理」 

「ぶ~……」


 パフィンの頭を撫で、扉の方を向く。


「……準備OKだ」

「そのようですね。行きましょう」


 黒装束を着て、俺は学校を出た。



 --- 



 森を抜け、島を囲い込む山の前に到達。

 山の壁を背にした小屋を見つけると、先生は「少し待っていてください」と言い、一人小屋に入っていった。

 そして戻ってきた時には大きな樽を抱えていた。その樽を見て、思わず目を剝きそうになった。


「船に着くまではこの樽に入って外を見ず、大人しくしていてください」


 樽は……あの地下室にあったものとまったく同じデザインだ。


「ど、どうして?」

「決まりだからです」


 それは理由の説明になってない。

 先生は樽の蓋を開ける。


「大丈夫ですよ。酔わないよう、なるべく揺らさずに運びますから」

「ああ、うん。わかった」


 樽には肩紐がついてる、背負って運ぶつもりか。地下室の樽には紐はついてなかったな。

 恐怖心はあるがここで変に躊躇ためらうと地下室に行ったことがバレるかもしれない。俺は大人しく樽に入る。

 俺が樽に収まると先生は蓋を閉じた。


――真っ暗だ。


 光が一切入ってこない。


「すみません、ちょっと回しますね」


 グルン、グルン、グルンと何度も樽を右へ左へ回された。方向感覚が完全に狂った。


「よっと!」


 大きな揺れ。

 背負われたのだろう。

 することもないので、ただ耳を澄ます。


――先生の足音、草を踏みつぶすような音。

――ズズ、と何かをズラすような音。その音がもう一度鳴る。

――カン、カン、カン、と階段を下るような音。音と一緒に揺れもくる。

――寒くなってきた……水の流れる音が聞こえる。

――ゴツン、とどこかに樽を置かれた。まだ出ていいとは言われない。

――ザー、と水面を滑る音が聞こえる。温かくなってきた。

――独特な揺れが三半規管を揺らす。気持ち悪い。


「もういいですよ」


 先生の合図。

 俺は蓋を開け、外に出る。


「うわっ!?」


 眩しい! 太陽の光が降ってきた。

 俺はいま、揺れる木の板の上にいた。ここは……船の上か!

 周りは巨大な水たまり……違う、これが海か……!


「はは……なんだこりゃ。言葉が見つからねぇ」


 遥か後方には島が見える。外から見ると山しか見えないな。

 船は大きくはないけど、小さ過ぎもしない。定員は8~10人ぐらいかな。帆のない船だ。先生は船の先頭で操縦桿ハンドルを動かしている。


「どうですかカルラ、外に出た気分は?」

「……気持ちいいな。これが潮風ってやつか。つーかこの船、帆がないけど何で動いてるんだ?」

「魔力ですよ。この船は魔導船ですからね、ハンドルの中心にあるコアに魔力を注入すれば動きます」


 ホントだ。ハンドルの真ん中に赤い宝石みたいなのがハマってる。アレがコアか。


「……ここが外……」


 妙な気分だな。

 不安もあるけど、やっぱり……解放感とワクワク感もある。


「カルラ。私は操縦で手が離せません。今の内に私のカバンに入ってる物を身に着けてください」


 先生のカバンは先生のすぐ後ろにあった。

 中を探り、手に当たった硬い物体を手に取る。


――仮面だ。


「我々は影、本来陽のもとに出てはならない存在。第5王子として居る時以外は常にその仮面を被りなさい」


 ハーフマスク。鼻から額まで隠す仮面だ。

 黒くて金属特有のテカりがある。


「この面積のマスクで誤魔化せるモンか?」

「目元が見えないと意外に人はわからないものですよ」


 黒装束にマスク。傍から見りゃ不審者だな。

 たしかにこれでフードを被れば、ぱっと見じゃ誰だかわからねぇだろうな。


「王都まではあと40分ほどです。王都に着いたら君を親衛隊に預け、私は帰ります。今の内に聞きたいことがあれば聞いてください」


 王卵ってなんですか? とは聞けないし、他に聞きたいことがあるとすれば……、


「第5王子が影武者ドッペルと入れ替わることって、誰が知ってるんだっけ?」

「王族は全員知っています。後はあなたの手引きをする第5王子の親衛隊も知ってます」

「親衛隊ね、さすが王子様だ。俺が王子様役やってる時はその親衛隊ってやつ、こき使ってもいいんだろ?」

「ふふ。好きにしなさい」


 大海原の真ん中、小さな島があちこちに見える。

 興奮が冷め、海景色に飽きてきた頃、

 海の向こう、水平線の向こう側。

 多くの建物が見えてきた。

 本で何度も見たことあるし、話でも何度も聞いたことがある。だが、この目で実物を見たのは初めてだ。


 そう……アレが王都であり、

 俺が生まれて初めて見る『街』である。




――――――――――

【あとがき】

『面白い!』

『続きが気になる!』

と少しでも思われましたら、ページ下部にある『★で称える』より★を頂けると嬉しいです!

皆様からの応援がモチベーションになります。

何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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