第6話 やばい兄弟
「愛斗の保護者の三ツ木桃矢(みつきとうや)です。愛斗がいつもお世話になっております。こいつがどうしても塾でもっと勉強したいというものですから。無理を言って申し訳ありません」
「いえ、勉強熱心なことは良いことです。ですが塾にも規則というものがありますから、今回は特別です」
愛斗君を迎えに来た相手は、昨日は教室の外で待っていたのに、今日は教室の中に入ってきた。保護者という言葉を使っているが、この男が愛斗君のお兄さんだろうか。
身長は私より同じくらいで、165cmくらいだろう。中性的な顔立ちの童顔、色素の薄い愛斗君とは正反対に真っ黒な髪と瞳だった。顔立ちは良く見ると愛斗君に似ているなと感じる程度だ。
「保護者面するなよ。僕はお前の息子じゃ」
「帰るよ、愛斗。では失礼いたします」
「こいつが僕の兄だ。僕と10歳離れている」
「まあ、そうなりますよね」
教室を出る直前、愛斗君は私にこっそりと迎えにきた相手がだれか教えてくれた。見た目だけだとかなり若く見え、愛斗君より10歳も年上には見えない。しかし、年齢的に見ると、愛斗君の兄と愛斗君の見た目は親子と言っても信じる人が多いだろう。
彼が少年姿になったら、とても可愛らしいだろう。今でさえ、なかなか私の好みに一致している。成人男性でも私の好みに合う人はいるのだと新たな発見をした。
「こいつには手を出さないほうがいいぞ」
「なにを言っているんだ。俺は既婚者だぞ」
愛斗君はとんでもない発言をして帰っていった。それにしても残念だ。愛斗君の兄は既に他人のものとなっていた。さすがに既婚者を少年姿にするわけにはいかない。謎の女性もその辺はわきまえているはずだ。
「そういえば、愛斗君の元の姿の容姿を教えてもらっていないな」
年齢と職業は教えてもらったが、愛斗君はどんな見た目の成人男性だろうか。兄が中性的で可愛らしい感じだから、弟も似たようなものか。日曜日にでも聞いてみよう。
愛斗君が帰った後、簡単に塾の後始末をした私も、タイムカードを切って教室に鍵をかけて帰宅した。今日は残業時間が10分程度に済んだ。塾を出たのは夜の10時40分で空を見上げると、星一つない真っ暗闇が広がっていた。
(日曜日が楽しみだ。この様子だと愛斗君の兄嫁もきっと良い人なんだろうなあ)
帰宅して入浴中、私は日曜日に思いを馳せていた。そして、愛斗君に重大なことを聞き忘れていたことを思い出す。
「日曜日の集合場所がどこなのか、愛斗君が今はひとり暮らしなのか、兄夫婦宅に居候しているのか聞きそびれた」
とはいっても、愛斗君とは連絡先を交換している。住所を送ってくれる際に聞けば問題はない。問題は彼らの今後についてだ。私が助言できることは少ないが、彼らのために何か策を考える必要がある。
入浴後、寝る直前になるまで考えたがこれといった解決策は思い浮かばなかった。そして、成人男性なのに、少年姿になったからと言って弟を塾に通わせる兄夫婦の異常さに私は気づいていなかった。
「ねえ、睦月、結婚はどうするの?あなたも、もう28でしょう?もうすぐ30歳になるわけで、周りも結婚し始めているだろうし、そろそろ考える時期じゃない?」
あっという間に日曜日当日を迎えた。如月君が少年になったと塾にやってきたのが火曜日。今週は密度が濃い一週間だった。如月君がいかに優秀なアルバイトだったのかを実感させられた一週間でもあった。彼は優秀だ。少年姿は惜しいが早く完全に元に戻ってバイトに戻って欲しい。
日曜日にしては珍しく早起きした私が出かける支度をしていると、朝から母親が頭の痛い話を吹っかけてきた。私のことよりも今は優先すべきことがある。わざわざ出かける予定がある日に言わなくてもいいではないか。
「そんなこと言われなくてもわかってる。ていうか、まだ30じゃないから」
母親はここ最近、結婚の話をよく口にするようになった。実はこれが初めてではなく、定期的に結婚を考えろと言ってくる。少年が好きで、成人男性にあまり興味のない私には当然、彼氏などいるわけがない。結婚相談所に登録する気にもなれず、私は結婚からかなり遠い位置にいた。
「今日は出かけるからお昼は要らない」
「塾のアルバイトの男の子と会うのよね。気を付けて」
母親が娘の将来を心配する気持ちはわかる。しかし今はそっとしておいて欲しいというのが本音だ。両親に迷惑をかけたくないが、結婚は人生を一転させる大事なイベントだ。そう簡単に決められるものではない。とりあえず、私の予定の邪魔をしてはいけないと思ったのか、それ以上母親が結婚について触れることはなかった。
家を出て空を見上げると、雲一つない青空が広がっていた。6月に入って梅雨入り間近とは思えないほど良い天気だ。車で如月君のアパートに迎えに行くと、既にアパートの近くで少年姿の如月君が外で待っていた。
「おはようございます」
「おはよう」
服装は身長に合わせた黄色のTシャツに七分袖のジーンズをはいていた。今の世の中、ネット通販もあるので、そこで少年姿に合う服を買いそろえたのかもしれない。背中に大きなリュックを背負っているのが気になるが、中身は聞かないことにした。
「その服……」
「や、ヤッパリ塾と同じじゃ堅苦しいかな?でもさ、服にお金をかける気になれなくて」
私の今日の格好は塾で働いているときと同じ格好だ。白いカッターシャツに夏用の黒い薄手のカーディガン。黒いスラックスを履いた姿はオフの格好には見えないだろう。とはいえ、普段の私服は如月君たちに見せられるものでもないので、苦渋の決断だった。
「なんとなく折笠先生の私生活が見えてきたので大丈夫です。それより、急ぎましょう」
急に不機嫌になった如月君だったが、なんとなく理由は聞けなかった。愛斗君との待ち合わせ時刻に間に合うよう、如月君が車に乗ったことを確認して、私は指定された場所に向かって車を走らせた。
「愛斗君の家ってお金持ちなんだね」
「お金持ちのほうがいいですか?」
「別に。お金持ちって、お金持ちになるだけの理由があるから、凡人の私とは釣り合わない」
愛斗君の指定した住所は車を20分ほど走らせた場所にある住宅街の一角にあった。立派な門がついている。
「愛斗さんと連絡先を交換したみたいですね」
「何を怒っているの?」
「別に俺は」
家の前の通行の邪魔にならない場所に車を寄せて、スマホで三ツ木君とのメッセージのやり取りを確認していたら、助手席から如月君が私のスマホを見ようと近づいてきた。
「俺とも交換しましょう」
「いや、如月君の携帯番号はもう登録してあるよ」
「……」
愛斗君とは日曜日のこと以外でメッセージのやり取りはしていない。それなのに隣の如月君の態度を見ていると、妙な気分になってくる。
「なんか、如月君に浮気していないかチェックされているみたい」
「何を言って!」
それは私のセリフだ。何恥ずかしいことを口走っているんだ、私は。チラリと如月君の顔を見ると、真っ赤な顔を両手で覆ってうつむいていた。少年姿の真っ赤な顔に萌えるが、その姿に成人男性の如月君の姿が重なり、私の頬も赤くなった気がした。
『今、愛斗君の指定した家の前に居るよ。車で来たけど、どこに停めたらいい?』
『買い出しして家にいないから、インターホン押してくれ。あいつらが対応してくれる』
家に着いたはいいが、車を停める場所を見つける必要がある。長居をするつもりはないが、道路に路駐するのはよくないだろう。
愛斗君に連絡を入れると、すぐに返事がきた。如月君にスマホの画面を見せると、軽く頷かれた。私たちはいったん車から降りて、門の前に立つ。私は深呼吸して目の前のインターホンを押す。静かな住宅街にインターホンの音はやけに大きく聞こえた。
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