第7話 モテ期到来
『はい』
「本日、愛斗君と会う約束をしていた折笠と如月ですけど」
「愛斗君ね。ちょっと待ってください」
応対してくれたのは女性だった。すこしの間音声が途切れたが、すぐに門が開いて小柄な女性が現れた。
「愛斗は今、昼の買い出しに行っているけどすぐに戻るから、家に入ってちょうだい。車は空いている駐車スペースがあるから、そこを使って」
「わかりました」
11時ごろに家に集合と約束していたが、まさか家で昼食をふるまってもらえるとは思わなかった。家に集合後、どこか別の場所に移動して昼食をとるものと考えていた。
私たちは女性の案内の元、道に停めていた車を駐車スペースに停め、愛斗君の帰りを待たず、家の中に入れてもらった。
『お邪魔します』
家の中もかなり広く、部屋数も多かった。リビングに至るまでの廊下も長く、改めて愛斗君の家が金持ちだと実感させられる。リビングに案内され、ソファに座って愛斗君の帰りを待つ間、女性と話をすることにした。
「自己紹介がまだだったわね、私は愛斗君の兄の妻、三ツ木麗奈(れな)です」
女性は私たちにお茶を出し終わると、私たちの正面のソファに深く腰掛ける。私のとなりには如月君がちょこんとおとなしく座っている。
「ああ、ここに居たのか。まったく、愛斗をいきなり買い物に送り出すから何事かと思ったら。まったく麗奈は」
「別にいいでしょう?愛斗君がいきなり女性を家に連れてくるなんて珍しいから」
「俺もいますけど」
ぼそりとつぶやかれた如月君の言葉は無視された。私たちの会話に入ってきたのは愛斗君のお兄さんだった。一度塾で顔を合わせているが、やはり中性的な男性だった。夫婦で並ぶと可愛らしい夫婦が並んでいるという印象だ。麗奈さんは150cmくらいで少年姿の如月君と同じくらいの身長で明るい茶髪を緩くカールさせて肩まで伸ばしている。ぱっちりした瞳が可愛らしい人だった。
「この前は愛斗の保護者と言っていたけれど、実際、俺は愛斗の兄だけど保護者みたいな存在だと思っている」
「はい」
「弟の身体のことは知っているよね。弟は一人暮らしをしていたんだが、あんな姿になってしまってひとり暮らしは大変だろう?しばらく俺たちの家に住んでもらうことにした。君は何か解決策を知っているみたいだね」
「まあ、その話をしに今日はここに来たんですけど……」
愛斗君のお兄さんは麗奈さんの隣にどっかりと腰を下ろす。私に話しかける顔が急に怖いものになった。まるで弟の姿を変えたのが私であり、弟の仇だとでもいうような鬼のような形相だ。中性的な雰囲気の男性とのイメージの乖離がすごい。もしかしなくても、『ブラコン』という奴だろうか。そんな怖い顔をした夫に対して、麗奈さんは何も言わずニコニコと微笑んでいるだけだった。
「ただいま。義姉さん、買い物行ってきたよ」
私と如月君、兄夫婦の間に続いた謎の緊迫した空気を破ったのは家に帰宅した愛斗君だった。少年姿の愛斗君は両手に大きな白いスーパーのレジ袋を抱えていた。私のために少年が働いてくれたかのかと思うと胸が高鳴る。
「ねえ、この子が本当に愛斗君を元に戻す方法を知っているの?」
「義姉さん、前に話した通りです。彼女のおかげで僕は元の姿に戻ることが出来た。だから、今日はそのお礼と今後の話をしたいと」
「それはわかっているよ。でも、どうしてこの場にもう一人少年がいるのか説明しもらわないと」
「はあ」
荷物をキッチンに運び、愛斗君は購入した食材を冷蔵庫に詰め始める。話を聞いていると、どうやら私は、兄夫婦にとって歓迎すべき人間ではないらしい。それなのにどうしてわざわざ愛斗君はこの家を集合場所に決めたのだろうか。
「僕、彼女のことが好きです。だから彼女とお付き合いすることにしました」
『えええええ!』
今日の天気でも話すかのような軽い口調で、愛斗君は爆弾発言をかました。その場には私と如月君の大声が部屋に響き渡った。
「愛斗、麗奈の質問の答えになっていないが」
「すいません。睦月先生の顔を見たら、つい口が滑ってしまいました。隣の子供については、彼女を呼ぶ際には、子供を連れてくるよと言っていたはずです。それも忘れてしまったのですか?」
「申し遅れました。僕は如月翔太(きさらぎしょうた)と言います。今はこのような姿をしていますが、元の姿は愛斗さんと同じ成人男性です。今回、その件で折笠さんに同行させていただきました」
兄夫婦に視線をむけられた如月君はソファから立ち上がり、自己紹介を始める。その言葉は少年姿とは思えないほど礼儀正しいものだった。少年が敬語を使っている姿もまた萌えるシチュエーションだ。
愛斗君は購入した荷物をしまい終えると、私の隣のソファに座った。私を真ん中にして両隣に私の好みの少年が二人。こんな状況でなければ楽しめたのに。残念ながら、私の頭の中は愛斗君の告白の言葉で頭がいっぱいだった。
「ふうん、折笠さんだっけ。あなた、ずいぶんと彼らから信頼を得ているみたいね?その容姿でどうやって二人を誘惑したのかしら?」
いきなり兄嫁の様子がおかしくなった。値踏みするような嫌な目つきにため息が出る。どこの二次元の話だと言いたくなるようなシチュエーションだ。せっかくの可愛らしい顔が台無しだ。
そもそも、彼女と愛斗君の兄は結婚している。だとしたら、私が愛斗君とどんな関係でも嫌みを言われる筋合いはない。自分の夫の事だけを心配したらいいのではないか。とはいええ、愛斗君が本気で私が好きで付き合う気なのかはわからない。
「ごめんね。俺の方からも言わせてもらうよ。最初に塾で会った時に俺も同じ印象を受けた。俺たちの両親は幼いころに離婚していてね。この家は父親のモノで、俺が受け継いだ。父親はもう亡くなってしまったけどね」
だから何だというのだ。突然の三ツ木家の家庭事情に戸惑いを隠せない。ここに来たのは、愛斗君と如月君を元に戻すための話し合いをするためだ。そのために足を運んだというのに。私の困惑した表情に気づいているのかいないのか、愛斗君の兄は話を続ける。
「だからね。俺は愛斗には両親のようになって欲しくない。お付き合いとか結婚とかは慎重に選ぶべきだと思っている」
「はあ」
「愛斗君はこのまま私たちの元で過ごせばいいの。その姿になったのも神の思し召しかもしれないでしょ。私と桃矢、愛斗君の三人で仲良く暮らすはずだったのに」
なんだか話の展開が怪しくなってきた。なんとなく部屋を見わたしてみると、愛斗君の置かれている危険な状況が見えてきた。愛斗君の告白は私への愛ではなくて。
「愛斗君を自分たちの子供代わりにしています?」
「先生!」
ソファの近くに置かれているテレビ台の横には、三枚の写真立てが飾られていた。三枚とも写真には兄夫婦と愛斗君の三人が映っていた。愛斗君は少年姿で最近撮った写真だとわかるが、その写真の構図に違和感を覚えた。
まるであなたたち夫婦の子供のように真ん中に愛斗君が映っている。
三人が映った写真は、事情を知らなければ、親子の仲睦まじい写真にしか見えなかった。愛斗君は私を利用して家を出ようとしているのかもしれない。
「あの、僕も睦月先生のことが好きです!なので、先生が愛斗さんと付き合うことはない、で」
「おまえ、バカか。先生と俺が付き合うんだよ」
「でも、そうしたら、僕の姿は?」
「だから、俺たち二人とこいつが付き合えば」
「なるほど」
部屋にまた言葉の爆弾が投げられた。今度の爆弾は如月君だ。兄夫婦は突然の少年たちの会話に目を白黒させている。自分の弟と同じように、如月君まで私に告白していることが衝撃だったのだろう。口を開こうにも言葉が出ないのか、口パクパクしている。とはいえ、私だって、一日に二人の男性から告白されて落ち着いてはいられない。
「ということだから、僕は今日でこの家を出る。そもそも僕はこの家を出てひとり暮らしをしていたんだ。本当ならこんな家に戻りたくはなかった。そもそも、僕はもう、元の姿に戻れるんだよ。お前らの家族ごっこに使う義理はない!」
愛斗君は如月君の腕を引いて立ち上がらせる。怒りに満ちた表情をしていたが、如月君に視線を合わせるとにやりと笑った。
「如月。お前もさっさと元に戻りたいだろう?」
「人前とか恥ずかしいですけど、まあ」
少年二人は互いに顔を近付いた。しかし。
「このままだと服が破れます」
「そうだな」
とんでもない場面展開だ。兄夫婦の私への敵意、愛斗君の私への告白、如月君の告白。そこからさらには少年二人の麗しのキス。頭がパンクしそうだ。
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