〈第2話〉素敵なプレゼント

 ……。


 …………。


 ……………………。


 …………さむ…い…………わ。


 …………それに…………真っ暗…………。


 ……ここは、どこなの?


 声が出ない……。

 喉でも枯れているのかしら……?

 ……いや、そもそも 身体からだの感覚がない……。

 私は、確か……。


 バラを抜いたと思ったら、思ったら……。

 ……思い出した……!

 何かに、喉を、刺されて……、そのまま……。


 どうすればいいのか、全く分からない……。

 私は、どうなってしまうのかしら……。


 その時、突然 目の前が光に包まれた——!


 「────ッ!?」


     *


「──イ──ヴァさ──ん──エイ────エイヴァさん」

「ハッ!?」

 夢から覚めたように、意識がハッキリとした。

 気が付いたら、私は椅子に着いていた。

 周りはたくさんの花が咲いている。どれも見たことのないものばかり……。


 そして 私に向き合って座っているのは、顔つきの良い金髪の女性だった。

「エイヴァさん。大丈夫ですか? かなり乱暴に投げ出されてきましたが……」

 女性は心配そうに頭を傾けた。

「こ、ここは……!?」

 私は目の前の状況が理解できず、バッと立ち上がって辺りを見回す。

 私が焦って問うと、金髪の女性は──

「────ぷっ、はははははははははハハハハハハハァ!!」

 私が呆然と突っ立っていると、女性は笑いながら立ち上がり、私の方に歩み寄ってきた。

 私は後ずさろうとする私の肩に手を置いて、女性は言った。

「すっげー間抜けな死にづらしてたわよ!!」

「…………はい?」

 まさかの言葉に、私は真顔で聞き返した。

 女性は笑いを堪えながら続ける。

「あなたついさっき、私の部下の『天使』に刺されたでしょ? で、喉貫かれたときのあなたのアホづらが、完全にツボで……!」

 女性は我慢できなくなったのか、また口を抑えて笑い始めた。


 しばらく笑って、またこちらに向き直って私の顔を見ると、また笑い始めた。

 すごい。

 ここまで人を殴りたいと思ったのは、生まれて初めて……。

「白目いて……!! 棘刺さった状態でよ.....!? あ、り、得、な、い……!!!」

「あなたも、白目きたいの?」

 殺気ににらまれても、女は腹を抱えて笑い続けている。

「……私は……令嬢……なのよ? ただで済むと……」

 きっと、今の私の顔は、この女にとって面白くて仕方がないのでしょうね。


 私の手がピクッと動いた瞬間、女は笑うのをピタリとめると、その場を無言でスタスタと立ち去って行った。


 ──と思ったらまた、どこからともなく現れた。

「あーあはは……。……あなたがー、エイヴァさんですねー……?」

 「なかったことにしないでくださる?」

 誤魔化しているのは見え見えだが、もはや清々しい。

 何故かしら。怒っているのが馬鹿馬鹿しく感じてきた。


 「それじゃそれじゃ、エイヴァさん。……どうぞ そこの椅子に腰かけてくださいな」

 「……分かったわ」

 あまり状況が分かっていない以上、下手な行動は取るわけにはいかないわね。

 大人しく椅子に腰かけた。


 女も椅子に腰かけ、一息をつくと話を切り出そうと口を開いた。

「……さて、エイヴァさん、あなたのことですが」

 「──その前に、あなたは誰なのかしら。それと、どうして私の名前を知っているの?」

 女はハッとしたように、わざとらしく口を抑えた。

「いっけないわ! 私としたことが、名乗るのを忘れるなんてね!」

 女は胸に手を当てて名乗った。

「私は オフィーリア。まぁ、俗に言う神様。よろしくね」

 「本当にさっきと同じ人?」というくらい落ち着いた声。

 神様──ということは、私はやはり──

 「なるほどね。私は召天しょうてんして、地上の罪が許されたりするのかしら?」

 親から聞かされた話をそのまま言った。

 するとオリーフィアは、手を合わせて 何故か申し訳なさそうな顔をした。

「……なに?」

 オリーフィアはしばらく黙っていたが、やがてつばを飲みこんで話し始めた。

「……そのことなんですが、あなたは、そういうのは一切受けなくていい、です……」

「あら、随分ずいぶんと気が利くわね」

「……それでー、そのね。……あなたにはお願いがあるの」

 何かしらねー。死んだばかりのお嬢様に。

「……そのお願いって、言うのは、ね? ……あなたに、ある”仕事”を……してもらいたくて……」

「何を勿体もったいぶっているのかしら……? さっさと要件を言ってくださる? ただですら死人なのよ?」

 あおるのか遠慮するのかハッキリしてほしいものね、まったく。

 私がにらむと、オリーフィアは意を決したように、顔を上げて目を合わせた。

「あなたには、私の”忘れ物”を取りに行ってほしいの……」

「忘れ物?」

 オリーフィアは足をモジモジ動かしながら言った。

「……それは……”天使”よ……」

「天使って、あなたの部下か何か?」

 私が訪ねると、オリーフィアはうなづき、さらにモジモジと続けた。

「はい……。ある日、新人のその子にちょっとおつかいを頼んで、地上に行かせたの。……あ、あなたの住んでる世界じゃない、別の世界に……」

「別の世界、ね……」

 まぁ、不思議に思っちゃいけないわね……。

「それで、いつまで経っても帰ってこないのよ……」

「……そういうこと。迷子にもなったのかしら……」

「その原因を調べて、天使を見つけてほしいの」

 オリーフィアは、何故か冷や汗だくだくだった。


 まぁ、心配な気持ちは分からなくはないわね.....。

 けれど、私に この人の願いを叶える義務はあるのかしら。

 何せ、この女は──


 オリーフィアが冷や汗をかいている理由が分かった。


 私は高貴な令嬢。煽られた程度でムキになったりはしないわ。

 でも、この女は私を——

「──”そのためだけに”殺したのね!!!」

「ギクリ」

 図星。

 まぁ、それはそうよね。『あのバラ』はこいつの部下だって言っていたし。

 全く、人を殺しておいて『おつかい』だなんて図々しい。


 ──神様ことオリーフィアは、かなり焦っていた。

(あらら~。ここで効率的に人手を稼いだのが、裏目に出ちゃったわね~。

ローズが乱暴だったとはいえ、これは完全にミスだわ……。私、ホント無能☆)──


 あの女、何をニヤニヤしてるのかしら。

 機嫌とって誤魔化そうだなんて、何て卑劣な。どうしてくれようかしら?


 私が立ち上がって一歩足を踏み出すと、オリーフィアは見苦しく交渉を始めた。

「わ、分かったわ。そ、それなら報酬! 報酬は……」

「この女……」

 全く、誠実なお嬢様が報酬なんかに釣られるわけないでしょ?

「その、ことが終わったら、あなたの世界に返します! 身体からだ も治します! それで、あなたの欲しい物は何でも差し上げます……!」

「へぇ、例えば 何かしら?」

「……お金、とか……?」

「私の家は名家。お金には困ってないのよ」

 オリーフィアは困ったように頭をかいた。

「……まぁ、どっち道お金は無理なんだけど……。それなら、 ”絶対に死ぬことのない蝶’’をあなたにあげる……。これでいい……?」

 気付けば、彼女の手には綺麗な”白色の蝶のような物”がとまっていた。

 確かに美しく見える……。

 絶対に死なない蝶、ね……。


 少し心を動かされた。

 まぁ、結局生き返れるなら……。


 —―エイヴァが考えている最中、オリーフィアはふとあることに気付く。

(あ……! ……もうこんな時間!? 帰ってきちゃうじゃないの!?)

 壁につるされた時計を見て 慌てて目をこすった。

(彼が! 彼が帰ってくるわ! 早くこの子を、あっちの世界に送らないと……!)

 あたふたしているオリーフィア。エイヴァはまだ考えている。

(もしも私がこの子を殺したってバレたら──今度は私が殺される!)

 エイヴァは石像のように固まって考えており、かなり迷っている様子。

(……もう、時間が無いわ……!!)──


 「……確かに蝶は好きね…………。だけど、 ”全く場所も分からない物”を探すのも、ね……。いや、でもやっぱり…………」

「エイヴァさん!!」

「ふぇ!? ……な、なによ……?」

 なにかしら? 品のないな声が出てしまった……。


 オリーフィアはこれまでにない様子で慌てている。

「エイヴァさん! 決まりましたか!!?」

「いや、まだ。ちょっと、難しいわね……」

「早く!!」

 オリーフィアは急に立ち上がって叫んだ。

 何よ、うるさい女は嫌われるって、知らないのかしら?

「今迷ってるのよ。……あー、やっぱりやめとこうかしらね……。いや、でも……」

 私がいよいよ腕を組み始めると、オリーフィアはもう血相を変えて言った。

「わ、わか、分かったわよ! もうこの蝶(に見せかけた別の虫)はあげるから! 一旦帰って!!」

「それでいいのかしら? まぁそれなら、ありがたくいただくけど……」

 オリーフィアは私に蝶を押し付けると、どこからともなく表紙に魔法陣の描かれた分厚い本を取り出した。

 「あら、それが魔導書かしら? どんな魔法を使って私を地上に返してくれるの?」

 私が魔導書を覗こうとすると、オリーフィアはすぐに本をバタンと閉じてしまい、何かを詠唱し始めた。


 すると、私の足元がピカッと青く光り、体がフワリと浮かんだ。

「あら、本当に返してくれるのね。ところで何でそんなに慌てて」


「──*****イピート・マイエン・ホーリー*****──」

 オリーフィアが叫ぶと、彼女のローブがものすごい強風に揺らぎ、私の手の中の蝶がバタバタと暴れ始めた。

 「あ、ちょっと。よしなさい、あなたはもう私の──蝶……?」

 あら? これ、蝶じゃなくて──

「はい、さよならーーーー!!!」

「あ、あら、さようなら~.....?」

 オリーフィアは強風の中 叫んで、最後に──

 「(あ、これ行けるなぁ)──嘘です! やっぱ行ってください! いせかーい──!!!」

「ふぇ──!!?」

 直後、目の前が真っ暗になった。

 それは、あの時と同じように——。

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