第5話フロッタージュ

「よっ」


「カズ……」


 学校の廊下でカズとすれ違い、向こうから声を掛けてくる。昨日、何の成果も得られなかった自分の不甲斐なさから、正直会いたくない気持ちがあった。


「その、昨日のやつ。どうだった?」


 カズが心配そうに聞いてくる。


「まぁ昨日、維人と話したんだけど、あのことについては、んー、何も話してくれなかった」


「そっか……」


 カズのうなだれる様子を見て、実の弟のように心配してくれていることが伝わってくる。


「あいつも頑張ってるんだけどな」


「頑張ってる?」


「あ、いや……」


 カズが焦りながら答える。


「そう……」


 少し気になったが、私の内心はそれどころではなかった。


「まぁ、じゃあ何かあったら教えて」と言い、カズは手を振り去っていく。


「はぁ」


 その場に残された私はため息を漏らし、自分の教室へと戻った。


 放課後、再び進路のことで呼び出されたが、何度も見たドラマが性懲りもなく再放送されるかのような同じやり取りが繰り広げられた。


 私は職員室を出た後、部室へと向かった。部室の前に着き、扉をあけて部屋の中を見ると、後輩の女の子が一人で絵を描いていた。


「あ、先輩。こんにちは」


「りっちゃん。こんにちは」


 りっちゃんは、丸くて可愛い目をこちらを向けて挨拶をしてくれた。小柄な体格も相まって、小動物を連想させる。彼女と会うたびに保護しないとという、こちらの中にある母性のようなものを刺激される。


「先輩も絵を描きに来たんですか?」


「んー、まぁそんなとこ」


 本当のことを言うと特に目的が無かったが、りっちゃんに話を合わせた。


「これ、コンテスト用の作品?」


 りっちゃんの絵を見て、訪ねた。


「そうです!でも中々難しくて。自分の中にはこう明確にあるのに、それを表現する技術が追い付いてないといいますか」


「分かる」


幾度となく同じ経験をしてきた私は共感し、笑いながら相槌をうつ。


「でも、それが楽しいんですよね!自分と対話している感覚といいますか」


「……そうだね」


 二年前の自分なら分かっただろう。りっちゃんの言葉にすぐに共感できなかった私は、今度は適当な相槌をしてしまう。


 ヴゥゥゥゥ


「あ、すみません」


 机に置かれていた携帯が震え、りっちゃんはそれを手に取り確認する。


「もう」


 りっちゃんは携帯を確認するやいなや、言葉を吐き出した。


「あ、弟からなんですけどね、私のプリン食べたちゃったから別のお菓子買っといたよって」


 不満そうに言いながらも、りっちゃんは笑っていた。


「りっりゃんの弟って中学一年生だっけ?仲いいんだね」


「そんなことないですよ!」


 りっちゃんは手をバタつかせて、すぐ様否定する。


「昔は可愛かったんですけどね」


 君の方が可愛いよとでかけた言葉を、私は何とか押さえつけて封印することに成功する。


「いっつも意地悪してくるんですよ」


「きっと構ってほしいんだよ」


 自分の放った言葉がストレートで飛んできて、顔面に見事ヒットした気持ちになった。


「そういえば、先輩も弟さんいますよね」


「うん。小学六年生の」


「仲いいんですか?」


「んーそこそこ」


 息を吐くように、嘘をつく。さっき喰らったストレートと合わせて、今すぐにでもダウンしたかった。


「確かに、先輩は優しそうだし。あ、そういえば昔」


「あ、そろそろ私帰るね!」


「あ、はい」


 りっちゃんの話を遮り、私は立ち上がり大声をだす。突然の出来事にびっくりしたりっちゃんは、丸かった目をさらにこれでもかというくらい丸くしていた。


そんな彼女を後にして、私は帰宅した。


「ただいま、あ……」


 家の玄関の扉を開けると、維人が靴を履き、どこかへ出かける準備をしていた。


「おかえり」


 維人がいつものように挨拶を返してくれる。


「で、出かけるの?」


「うん」


 維人は履いた靴をトントンとして、準備を終える。


「じゃあ行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 バタン


 維人はちょくちょく出かける。小学六年生だし、遊び盛りだし、当然と言えば当然なのだが、どうしてもあの時の光景が蘇ってしまう。


 私は少しの間、閉まった扉を静止して眺めていた。

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