第4話私と私

「ただいまー」


「おかえり」


「あ、維人……」


 私が玄関で靴を脱いでいると、維人が後ろを通り挨拶を返してくる。私は維人の後ろ姿ををチラりと覗き込むが、普段と変わった様子はなかった。


「ただいま」


「おかえり」


 リビングに入ると母親がソファーに座ってテレビを見ていた。私は台所に行き、コップを手に取り麦茶を注ぐ。


「あのさ」


「ん?」


「維人から学校のこととか何か聞いてない?」


「んーそうね、特に聞いてないわね」


「そう」


 私はコップに注いだ麦茶を、何か決意めいたものと一緒に飲み干す。


「何かあったの?」


「いや、なんにも」


 私はそう言い残すと、維人の部屋に向かった。部屋の扉の前に立つと体に緊張が押し寄せてきた。実の弟と話すだけなのに。


 コンコン


「維人、ちょっといい?」


 私は軽くドアをノックし、話しかけた。しばらくすると、部屋の中からこちらに向かってくる足音が聞こえた。私は維人の気配を感じて、生唾を飲み込む。


 ガチャ


 少し扉が開き、隙間から維人が体を覗き込ませた。


「どうしたの?」


「あーいや、その」


 話すことを決めていなかった私は、武器や戦闘の準備をおろそかにして戦場に赴いた兵士のように、慌てふためいた。戦場なら確実に死んでいるだろう。


 私は気取られないよう、必死に頭を落ち着かせようとした。


「あの、ちょっと中入っていい?」


「……」


 維人は少し考え込み、無言で扉を開けてくれた。どうやら入っていいようだ。


「お邪魔しまーす」


 私は部屋の中に入り、周りを見渡した。


(久しぶりに入ったな)


 二年振りくらいで詳細には覚えていなかったが、一点変わったところがあることに気付いた。


「……」


 昔、私が書いた維人の似顔絵が飾られていたのだが、今はどこを見渡してもなかった。


(まぁそうだよね……)


 私は少なからずショックを受けていた。


「あぁ、そうそう話なんだけど」


 ショックを振り払うように私は、維人に話を振る。維人は手をもじもじとさせ、終始無言でこちらを見ていた。


「突然なんだけどさ、最近学校で変わったことない?」


 維人が少し反応したように見えた。


「あ、久しぶりに話すのに、急にごめんね。いやただ最近どうかなーって思って、ないならないでいいんだけど」


 私はまるで、悪いことをしてばれた子供が言い訳をするように早口で言葉を並べた。


「特に……ないかな」


 維人は少し考えこんで言葉を発した。


「そう」


 言わないだろうとは思っていたが、少し期待している自分がいた。なんならこれを機にまた仲良くできるのではないかと不謹慎にも思っていた。


「おねえちゃん」


「え、なに」


 不意に言葉を発した維人に、私は少し驚いて声を出した。


「絵まだちゃんと描いてるの?」


「え、う、うん。ま、まぁ一応」


「遠い学校……行くんだよね?」


 予想だにしなかった質問の連続攻撃にあっけにとられる。


「んーそうね……」


 恐らくお母さんから聞いたのだろう。お母さんには県外の高校を受験するかもと既に話していた。


「ちょっと……まだ考えてて」


 そしてお得意のはぐらかしで攻撃をかわす。


「そっか」


 沈黙が訪れ、時計の秒針の音が、我が物顔で部屋を占領する。


 カーテンから漏れた夕焼けが、私たちを覆いかぶすように注がれる。


「あの!」


 秒針の独壇場を許さないと言わんばかりに、維人が声をだした。


「いや、やっぱ。なんでもない」


 しかし、維人の声は次第に小さくなり、再び秒針が支配権を握る。


「なにか話したいこ」


「あ、僕宿題あるから」


「あ、そう……なのね、分かった」


 私は消化不良の気持ちが残りつつも、維人の部屋を後にした。


 自分が嫌になる。

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