第3話ドライポイント

「浅田さん、進路のことは考えた?」


「そうですね……考えてはいるんですが」


 私は得意技、はぐらかすを使った。


 コンテストの結果通知から何日か経ち、私は再び先生から放課後の職員室に呼び出されていた。


「前にも言ったけど、ここの高校はどう?」


「そうですね……」


 オウムが覚えたばかりの言葉を繰り返すかのように、私は呟く。先生が提案してくれている学校の美術部は、多くのコンテスト入賞経験もあり、そこそこ有名だった。


 ただ、この高校は県外にあり、家から通うことは困難なため、この高校に決めると家から出て寮生活になる。


「浅田さんの成績なら、十分いけそうだし」


「んーそう……ですね」


 また同じことを言いそうになり、言葉を言い淀む。結局、同じ言葉を紡いでしまったわけだが。


 私は、とにかく決断が遅かった。何をするにも先延ばしにしてしまう。その結果が今のどっちつかずの状況を生み出している。維人とのことも含めて。


「もう少し考えます」と先生に告げて私は職員室をでる。


 私は俯きながらそのまま下駄箱へと向かった。


「よっ」


 下駄箱に向かう途中でカズと出会った。


「あ」


「今から帰るとこ?」


「そうだけど」


「じゃあ一緒に帰ろうぜ」


 カズは返事を待たずに、私の隣を歩く。まぁいいんだけど。私たちは下駄箱で靴を履き替え、校門を出た。


「職員室からでてくるとこ見たけど、呼び出し?」


 カズが私に質問を投げかける。


「進路のことで呼ばれてた」


 カズは、あぁそれねと納得したように頷く。


「で、結局どうすんの?」


「んーまだ考えてるとこ」


「相変わらず優柔不断だな」


「うるさいなー」


 カズの方を見ると、いたずらに成功した子供のように笑っていた。


「絵を続けるかで悩んでる?」


「まぁそんなとこ。でも、コンテストで結果残せなかったし、このまま続けてもなぁって」


「昔はあんなに楽しそうに描いてたのにな」


「……」


 私はカズの何気ない言葉を聞いて黙り込む。


「カズはどうなの?」


 話題をすり替えるようにカズに質問を返す。


「おれはダンスの専門学校に行くよ。ダンス好きだし、踊ってるときが最高に楽しいから」


「そっか」


「そっちから聞いてきたくせに、反応薄いな」


 私はいつからか好きなものを好きと胸を張って言えなくなっていた。だから、カズが少し羨ましかった。


「そうだ、少し寄り道していかね?」


「いいけど、どこ行くの?」


「画材屋って言うんだっけ? 昔一緒に行ったことのある。久しぶりにどう?」


「どうしよ」


「ほら行くぞ」


 また私の有無を介さず、引っ張っていく。


 昔は画材屋さんに行くとき、カズによく付いてきてもらっていた。二人で行くのは久しぶりのことだった。


「ちょっと懐かしいな」


「そうだな」


 私たちは画材屋がある筋の道路脇を歩いていた。


「最後に行ったの確か、おれたちが中一の時だったな」


「んー確かそう」


 私ははっきりと覚えていたが、わざと曖昧な振りをした。


「でも急になんで行こうと思ったの?」


「まぁ気分転換」


「そう」


 カズなりに気を遣ってくれているのだろうと、私は心の中でほんの少しだけ感謝した。


「あれ、維人じゃね?」


 少し歩いていると、カズが道路を挟んだ向こう側を指差した。カズの指先を見ると、行き交う車の間から維人が見えた。


「……」


 維人を見た私は少し様子がおかしいことに気付く。


「あれってふざけてるだけか?」


 カズも同じことを思っているようだった。維人の前に、維人と同学年くらいの男の子三人組が仲良さそうに喋りながら歩いている。


 しかし、自分たちのランドセルや荷物を持っていなかった。代わりに、彼らのものであろう荷物を維人が持っていた。ふざけているようには見えなかった。彼らは維人を会話に混ぜる素振りを見せない。


「おい、お前ら!」


「待って!」


 声を荒げながら道路を渡ろうとするカズの腕を引っ張り、引き留める。


「なんで! いいのかこのままで!」


「ここで私たちが出て行った方がややこしくなる! 話は……帰ってから私が聞くから」


「……わかった」


 納得してなさそうだったが、カズは私の言うことを聞いてくれた。


「くそっ、だから学校のことは何も言わねーのか……」


 私は色々と考えていたせいで、周りの音が聞こえなくなっていた。私たちは結局その日、画材屋には寄らず少ししてからその場で解散した。

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