直樹とマッチングアプリ

 衝撃の事実を知ったあの日から、海斗かいとチームも雅人チームもそれぞれ忙しい時間をすごしていた。

 雅人は他のチームのトラブルを鎮火させるために、一人黙々と仕事を進めていたし、海斗かいと遥香はるかが持ち込んだツールの検証や、追加開発の設計などでバタバタしていた。


 だから雅人から、過度なパワハラも感じない日々が続いている。これはこれで正しいことなのだか、何か物足りない。雅人と絡みのない日々は退屈なのだ。


 梨香子りかこは雅人から、何とか引き出した指示で、先日納品したアプリの改修案の検討や、顧客のニーズのヒヤリングなど…、そこそこ忙しくしていた。


 そんなある日、雅人も海斗かいとも一日席にいない日が訪れた。だから梨香子りかこは思い切って、直樹なおきをランチに誘う。


「ねぇねぇ~直樹なおきくん! 今日、よかったらランチ一緒にいかない?」

「あ、ごめん。お弁当持ってきちゃったんだよね」

「えっ!? 作ってもらってるの?」

「まさか!? 独り暮らしの身としては、作ってくれる人なんていないよ。自分で作ってるの。そんなにしっかりしたモノじゃないけどね」


――  まぢか…。私より女子力高い…。


「あ、よかったら外で食べない? 梨香子りかこちゃん何か買ってきてくれたら、一緒に食べれる」

「りょーかい! そうしよう」


 ということで、梨香子りかこはコンビニでおにぎりとサンドウィッチと飲み物を買って、直樹なおきと合流した。


 直樹なおきはビルの横にある芝生やベンチが設置されている場所を確保してくれていた。さすがである。直樹なおきはあまり自分以外のことに興味はないくせに、調整ごとなど細かいことが得意だ。同期の中でも落ち着きのあるお兄さん的存在なのだ。


梨香子りかこちゃん、こっち!」

「あ、ありがとう! お待たせ! さぁ~食べよう! お腹すいちゃったよ~」


――  うん? 


 梨香子りかこ直樹なおきのお弁当が気になった。だって、わっぱ飯っていうの? ちゃんとしたお弁当箱に、彩りが考えられた素敵なお弁当がそこにある。ブロッコリー、プチトマト、卵焼き、おそらく生姜焼き? 海苔と梅干のご飯。何なの!? しかも、フルーツの入ったジップロックまである。


「うわ~美味しそうだね。ちゃんとしてる…」


 梨香子りかこは思わず心の声が漏れてしまった。


「ありがとう~。これ昨日の残りの生姜焼きを詰めただけだよ。卵焼きくらいかな~? あ、でも朝ごはんに食べてるから、ほとんど詰めただけ。で、梨香子りかこちゃんは何買ってきたの?」


 いや、気にしないで。と言い梨香子りかこはおにぎりを頬張る。完全に男子の直樹なおきの方が女子力が高い。


「あのさ~、サラダを買ってくるとかしないの? 野菜はキライだったっけ?」


 あまりにも偏った食事をみて直樹なおきが心配そうにそう言った。


「ううん~キライじゃないの。ただ何となく今日は選ばなかっただけだよ」

「そっか。よかったらこれ食べる? あ、人の作った物とか食べるの嫌だったらごめん」

「えっ? あ、ありがとう~。でもまだサンドウィッチも2つ買ってるから、大丈夫だよ。ありがとう!」


 バランスを摂ってって話だよ。と直樹なおきの顔が曇る。梨香子りかこは全然お構いなしだ。雅人との食事=野菜キライで、梨香子りかこの生活習慣もバランスを壊し始めているのかもしれない。


 二人はご飯を食べながら、それぞれの仕事の話やテレビの話などたわいもない話で盛り上がった。直樹なおきといると、女子の友達と話しているようで心地がよいのだ。女子会に直樹なおきがいたとしても、違和感なんて全然ないだろう。本人にとっては喜ばしいことなのかは、不明だ。


「ねぇ~さっきからスマホ気にしてるみたいだけどさ~、次ミーティングとかあるの?」

「あ、ごめん。違うんだ」

「うん? 違うならいいんだけど~、無理しないでね。戻るなら戻れるよ?」


 梨香子りかこはゴミをまとめ始める。


「ごめんごめん。戻らなくちゃいけないわけじゃないんだ。あのね、実はさ~」

「何々?」

「今週、アプリで知り合った人と会うことになってってさ~」

「えぇ!? そ、それって、今話題のマッチング?」


 梨香子りかこは過剰に反応する。だって、直樹なおきはそんなツールを使わなくったって、モテそうな感じがするから。


「うーん。ちょっと違う。」


――  何が違うの? 何? 何?


 えぇ~気になる~気になるぅ~。 脳内の小さい梨香子りかこたちが、ソワソワソワソワしちゃって、その辺りをウロウロして騒いでいる。


「昔で言うところの、結婚相談所のアプリでね。理想の条件をインプットすると、マッチする人をリコメンドしてくれるんだ。でね、お互い会ってみたいってなった時、会う約束をするんだけど、初めて会う相手とは、結婚相談所の方で連絡とか管理してくれるんだ。」

「えぇぇぇ!? 直樹なおきくん、結婚相手を探してるの?」

「あはは、相変わらずだね。驚きすぎだよ。」


 あ、ごめん…。と梨香子りかこは買ってきたお茶を一口。


――  落ち着け私! これは、いつもの直樹なおき節に違いないわ。きっと…。私を驚かせたいだけに違いない!


 梨香子りかこは自分に言い聞かせる。


「で、今週会うんだけど、会う時間は2時間って決まっていてね。どこで会うかどうするか、担当の人と連絡のやりとりをしてるから~、ちょっと気になっちゃってさ」

「そ、そうか~。本当に結婚相談所とか行く人、初めて見た」


 梨香子りかこは、改めて直樹なおきの顔をまじまじと見つめた。どう見ても合コンとか行けばモテ男になること間違いナシだ。


 『直樹なおきくん、結婚しちゃやだよー。とか言っちゃえば~?』なんて無責任なチビ梨香子りかこたちが、浴衣で盆踊り大会をしているように騒がしい。


「どんなタイプが良いとか、直樹なおきくんの条件ってなんなの~?」


――  これは、ただの興味です! 直樹なおきくんの幸せをぶち壊すつもりはないからね!


 梨香子りかこは、チビ梨香子りかこたちに言い訳をする。


「あ、聞いてもよかった?」

「うん、全然いいよ。特にこれっていうのはないんだけど、結婚したら家庭を壊さないこと。かな~?」

「それ、当たり前のことじゃないの?」


 ゴクンゴクン。梨香子りかこはペットボトルのお茶を飲む。


「うーん、そうなんだけどさ。別に奥さんになる人には僕以外に好きな人がいてもいいんだ。その気持ちを隠さず話してくれれば。嘘をつかないってことかな? そしてちゃんと家庭に帰ってくる人であれば、容姿とかこだわりはないんだ。」

「えっ? え?? よくわからないんだけど」


 梨香子りかこは驚きのあまり、ペットボトルの蓋を取らずに口に運ぶ。


「あ…」


 直樹なおきの眼差しは、どこまでいっても穏やかで優しい。蓋閉まってるよ、何て言って笑ってる。


「うまく言えないんだけど、僕は好きな人と結婚しちゃいけないんだ。好きになるとのめり込みすぎちゃってね。気になっちゃうんだ。今何してるんだろう? 誰といるんだろう? 僕の事どう思ってるんだろう? とか。それって一歩間違えたら犯罪でしょ?」

「う、うん。そうだね」

「だから梨香子りかこちゃんとは結婚できない」

「えっ?」


 梨香子りかこには直樹なおきのカミングアウトが良く理解できなかった。しかも、しれっと結婚できないとか言われ、付き合ってもいないのにフラれた気分がする。


「あ、ごめん。梨香子りかこちゃんを困らせるつもりはないんだ。好きな人を好きでいるために、別な人を愛する。ってことかな? だから結婚相手も同じ価値観をもっている人がいいな~って」

「うーん。良く分からないけど、いわゆる生涯の生活を共にするパートナー探しってことだよね? 良い人だといいね。その人」

「ありがとう! そだ。梨香子りかこちゃんもアプリ使ってみたら? どんなタイプが好きなのか? どんな人と相性がいいのか? なんていうのも分かって、それだけでも面白いと思うよ」


 ありがとう~、なんて言いながら複雑な思いで直樹なおきとのランチ会は終わった。


――  それって…、結婚しても浮気(?)本気(?)の恋愛は自由。だけど決して家庭は壊さない。ってことだよね? それって…相手の気持ちはこれっぽっちも考えてないってことだよね? う~ん。謎。


 梨香子りかこの周りは、やっぱりちょっと変な人が多いいらしい。


 『元気だして! 男が全員直樹なおきみたいな価値観じゃないんだからね!』って脳内のチビ梨香子りかこ(代表)が腰に手を当て叫んでる。



 梨香子りかこは、さっき直樹なおきから教えてもらったアプリをダウンロードしてみる。会員登録の必要事項を入力し、「送信」ボタンを押すところに来てためらった。例え、マッチングアプリがはじき出した相手だったとしても、次のステップに進めなかったら、それはそれで凹む。


――  直樹なおきくん、みんなにこのアプリ…教えてるのかな?


 梨香子りかこは「送信」ボタンをタップすることなく、アプリを削除した。

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乙女の恋愛事情!王子様は変人⭐なのだ! 桔梗 浬 @hareruya0126

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