来るもの拒まず、去る者追わず

 ランチも終わり、雅人の姿を見ないまま時は過ぎていく。


 直樹なおきからの衝撃告白に梨香子りかこは脳みそをフル回転させていた。

 あれは絶対どっかの部の課長さんだったはず。貫禄がすでに管理職だったもん。今の直樹なおきとは全くの別人だし、同一人物とは思えない!

 どんなに考えても梨香子りかこには思い当たらない。


――  鳥山くん、あ、もとい直樹なおきくんにからかわれた? イヤ…、う~ん。それが真実なら、ダイエット本が書けるよ。絶対売れる! そうしたら私、絶対買う!


 梨香子りかこが頭を悩ませていた時、フロアーの入り口から見知らぬ女性が入ってきた。すぐその後ろに海斗かいとが続く。


 何やらすごく楽しそう。


 その見知らぬ女性はとても綺麗で華やかだ。髪をアップにあげスタイルの良さが引き立つスーツと、ゆうに8cmはあるピンヒールを履いて、コツコツと華麗な音を立ててこちらに向かって歩いてくる。


 身長の高い海斗かいとと並んで、とても絵になる。バランスのとれた美男美女カップルという空気が二人を包んでいた。


――  きゃっ。まぶしい! 何なの? 輝いてます!!


「ただいま!」

「「お帰りなさい!」」


 直樹なおきとハモってしまった。


「へ~。ここが海斗かいとの島ね。そして君が直樹なおきくん」

「は、初めまして」


 直樹なおきが珍しくかしこまっている。やっぱり男どもは美人に弱いのだ。


「こいつは、俺と雅人の同期の遥香はるか。新しいツールのソリューション担当だから、直樹なおきたちもこれから一緒に仕事する機会があると思うよ」


 よろしくね。と遥香はるかがにこやかに挨拶する。梨香子りかこの存在は目に入っていない感じだ。モジャと同じ、失礼な人だ。


「そう言えば、雅人は?」


 失礼な女、もとい遥香はるかが雅人の名前を口にする。


「今日は休みなんじゃないかな? そうだよね、梨香子りかこちゃん?」

「えっ? あ、おそらくお休みかと」


 海斗かいとのふとした発言で、梨香子りかこは心が躍る。


――  高橋さんが! 私を名前で呼んでくれたぁ~! やった~! やった~!! 録音したぁ~い。(ガッツポーズ)


「じゃ、後で合流かな? 海斗かいと、また後でね」

「お~」


 遥香はるかは爽やかに踵を返しフロアーから去っていった。遥香はるかから、とっても良い香りがした。大人の女性の香りだ。




 と…言うことで、今梨香子りかこは飲み屋の個室に海斗かいと遥香はるか直樹なおきと共に座っていた。あの後海斗かいとから誘われたのだ。雅人も参加すると聞いていたが、今もって姿を現さない。


 海斗かいとも雅人も、遥香はるかと会うのは久しぶりだと言っていた。遥香はるかは新しいツールのトレーニングを兼ねて1年ほどアメリカの親会社に行っていたらしい。

 この時初めて梨香子りかこたちは、遥香はるかのフルネームを知った。坂本遥香はるかというらしい。


 なんだか海斗かいとがすごく嬉しそうだ。くしゃくしゃな顔で笑う海斗かいともカッコいい。


「さぁ、食べよう! 遠慮なしの直箸じかばしで良いよね?」

「もちろん!」

「ほら、直樹なおき梨香子りかこちゃんも食べないと無くなるよ?」


 海斗かいと直樹なおき梨香子りかこに醤油やお皿を慣れた手つきで用意してくれた。


「あ、ごめんなさい。気づかなくって」

「良いって、こんなところまで気を使う必要はないよ」


――  あぁ~何て良い人なの? 高橋さんって素敵です!


 梨香子りかこがうっとりしていると、個室の扉が急に開いた。


「ったく…、そうゆうのは、下っぱが率先してやるものだ」


――  げっ?


 入り口から雅人がぬぼっと現れたのだ。しかも誰? っていう感じに、こざっぱりとしてモジャモジャ頭も髭も綺麗さっぱりなくなっていた。


 なんと、鼻筋が通っていてバランスの良い小顔の雅人が、そこにいた。


 雅人はなにも言わず、梨香子りかこの横にどかっと座り用意されたお手拭きで顔をごしごししている。

 梨香子りかこは今まで以上にない近い距離感で、まじまじと雅人の横顔を観察する。


――  誰? 顔ちっちゃ!


「雅人! 久しぶりね」

「雅人生きてたか? おっ? 散髪してきたんだな」


 海斗かいと遥香はるかが、温かく雅人を迎える。そのテンションとは全く違って、雅人はいつも通りぶっきらぼうにビールを頼んでいた。


「ちょっと…青木さん。じっと見すぎだよ」

「えっ? あ…」

 

 直樹なおき梨香子りかこの袖を引っ張りながら、小さい声で耳元でささやく。それほど梨香子りかこは雅人の変貌ぶりに驚いていた。直樹なおきもまた驚きのあまり、梨香子りかこを青木さんと呼んでしまったくらいだ。


「雅人、元気だった? 私に会いたかったんじゃないの?」


――  えっ? 超自身満々に言ってますけど?


 梨香子りかこは、雅人がいつもの様に不機嫌になるんじゃないかと、オロオロしていた。その横で雅人が遥香はるかと目も合わせず、顔を拭いたタオルを置く。


「なわけないだろ?」


 雅人は少し不機嫌そうに、梨香子りかこに刺身をとってくれと言う。


「この子が雅人の部下なの?」

「あぁ」


 興味なさそうな雅人。こんな態度なら、来なければいいのに。と思ってしまう。


青木あおき 梨香子りかこです。お世話になってます!」


 お世話しているのは、 梨香子りかこの方かもしれない。


梨香子りかこさんね。よろしく。よくこの変人についてこれてるわね。ある意味尊敬するわ」

「あぁ~いいえ…」


 何と答えていいか分からない。変人なんかじゃないですよ、って言えば嘘になる。


「あの~、遥香はるかさんは、高橋さんと大路おおじさんと同期なのですよね?」

「そうよ~」

「こいつは、雅人の元恋人だよ」

「えぇぇぇ?」

梨香子りかこちゃん、驚きすぎだよ」

「あ、えっと…」


 どうりで雅人が不機嫌なわけだ。どうせフラれたのだろう。というかどうやったらこんな素敵な女性と付き合えるのか、それが聞きたい! 人間性はわからないけど、女の 梨香子りかこから見ても、見た目は最上級の女性だ。


「ふふ。びっくりよね~。私もびっくりだもん。この人頭はいいんだけどね~女性の扱いは全然。この私に冷たくできる男は、この男くらいよ」


 遥香はるかも普通にぶっとんだ物言いをする。 梨香子りかこは苦笑いをするしかなかった。雅人は我関せず、何を言われても動じない。


「直人は元気にしてるのか?」


――  直人さん? また新しい登場人物がでてきた!


「えぇ。たまには会ってあげたら? 実の弟でしょ?」

「えっ? 弟さんがいるんですか?」

「 あははは、梨香子りかこちゃん驚きすぎだよ。そう、直人くんは雅人の弟ね。そして、直人くんは遥香はるかの旦那」

「えぇぇぇぇ? あ…ごめんなさい。驚きすぎ…ですよね」

「大丈夫よ。驚かれるのも面白いもの。私の本名は、大路おおじ遥香はるか。坂本は旧姓ね」


 驚くことがいっぱいで、情報の整理が追いつかない。


――  何なの? この二人。


「弟子1号、俺のことはどうでもいい」

「どうでもって…」

「弟子1号って、雅人~あなた昔から失礼な奴だったけど、磨きをかけたわね。ま、そうゆうところ嫌いじゃないけど」


――  えぇぇぇぇ~?? 何なのこの人たち!? 高橋さんも、直樹なおきくんも何だか嬉しそうなんだけど…。


 その後の事はよく覚えていない。だって、あまりにも色々ことが衝撃的で。


 最後の最後で、男どもは梨香子りかこ遥香はるかに深々と挨拶をして去って行った。


「あはは。梨香子りかこちゃん、色々びっくりだよね。わかるわ~。あいつらと関わってると、毎日がジェットコースターみたいだったもんね」


 取り残された女2人で、駅に向かう。その途中で遥香はるかが楽しそうに梨香子りかこと肩を組みながら、鞄をぶんぶん振り上機嫌で話続ける。


「男どもはきっと、女の子がいるお店にいったのよ。いっつもそう」

「えっ? 大路おおじさんも?」

「あは。梨香子りかこちゃんって面白いわね。女に興味ない男なんているのかしら? それにお店の女の子たちはプロよ。お金払って楽しい時間を買うの。驚くことでもないわよ」


 はぁ…。梨香子りかこにはその考え方がわかるような、でも理解できないような複雑な感情がわいていた。直樹なおきまで汚れていくのか…、なんて思ってしまう。


「あ~! 今不潔~とか思ったでしょ?」

「えっ? あ…」

「いい? これは私の自論だけど、遊びを知らない男はつまらないわよ。それに遊んでない男もダメ。結婚してから遊ばれたら目もあてられないわ」

「そうゆうものですかね?」


 梨香子りかこは夢見る乙女代表なのだ。なんだか大人の話すぎてよくわからなくなってきた。


「あと最後に、私からのアドバイス! 海斗かいとは来るもの拒まず、去る者追わずよ。君が本気ならアタックしてみるといいかもね。でも私なら雅人を選ぶわ」

「ど、どうしてですか?」

「それはね~。落とし甲斐があるから。なんてね~」


 あははは~じゃ~ね~。と言って遥香はるかはタクシーを拾って帰っていった。


 駅前で、ポツンと取り残された梨香子りかこ


――  な、何だったんだろう? 何気に、つ、疲れました…。

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