鳥山くんが直樹になった理由
週末をのんびり過ごした
「おはようございます!」
朝も早いのでオフィスには誰もいない。そして雅人の姿もなかった。ソファーで寝ているのかと思い、パーテーションを覗いてみるが雅人はいなかった。
「あれ? いない」
うーんと考えてみるも、これが普通なのだ。雅人もたまには家に帰って、ちゃんとした布団で眠ってほしい。だから朝に雅人がいないのは喜ばしいことなのだ。
誰もいないうちに、ジャージのお礼を伝えたかったけれど、これはこれですごく良いことなんだと、
―― よしよし。たまには家に帰りたまえ。
ジャージの入った紙袋を机の下に置き、
メールは、特に重要なものはなかった。お客様からの問い合わせもない。今週は受け入れテストの週だから、何かあるとすれば…明日以降だろう。
雅人に送ったLINEのメッセージは既読になっているものの、この週末返事は一言もなかった。もはや返事を期待などしてはいけない。
了解とか、スタンプとか期待してみたけれど、おじさまにはきっとハードルが高いのだろう。そう思うことにした。
―― 気にしない気にしない。
脳内で、小さな
―― そうだ! そうだ!
そうこうしているうちに、
「おはようございます!」
「おはよう! 青木さん今日はスッキリした顔をしてるね。良いよ良いよ! ゆっくり休めたかな?」
「はい。お陰様で、めちゃくちゃ寝ました」
あははと笑いながら
「これお土産」
「えっ? 可愛い~。どちらに行かれたのですか?」
「可愛いでしょ? 富士山にね行ってきたんだ」
「食べるの勿体ないですね。あれ? 高橋さんって、登山が趣味なんですか?」
「登山が趣味に見えるかい?」
「うーん。ごめんなさい。イメージになかったです」
「だよね。登山はやらないけど、富士山とか自然とか好きなんだよね。週末にバイクで山中湖に行ってきたんだよ」
「え~!? なんだか素敵ですね」
――
「おはようございます!
「あれ? 青木さん何か良いことあった?」
「あ、えっと。おはよう!」
「あ、タイミング…悪かったかな?」
「そ、そんなことないよ。あ、あのね」
挙動不審とはこうゆうことを言うのかもしれない。
「俺がね、お土産を渡してたんだ。ほれ、
「あ、ありがとうございます! 山中湖ですかぁ~良いですね。」
―― なんだ…鳥山くんにもあるのか…。ま、そうだよね。あぁ~、高橋さん、彼女さんとデートだったのかなぁ。あ、でもまさか! お子さんと!?
それに、いつの間にか二人は、下の名前で呼びあってる。良いなぁ~なんて
―― モジャ
雅人が
そんなやり取りをしながら、平常運転が始まった。だが…その後も雅人は姿を現さない。
―― 何なの? 今日はお休み?
―― どうしよう? どこかで倒れてる? もしかして、具合が悪いのに誰にも気付かれず、助けを求めてたらどうしよう…。
さらに妄想はつづく。
―― あの体の細さだから、電車とホームの間に落ちて…、誰も助けてくれずに困ってるとか? ありえる。
さらに妄想はエスカレートしていく。
―― まさか! 鼻の下伸ばして女の人について行って、どこかの安くて汚いホテルで悪いヤクザに脅されてるとか!? …それはないか。
「青木さん? どうしたの?」
「鳥山くん…。あのね。
さっきから
「電話してみたら?」
「うーん。でもさ~、もしただの寝坊だったら…起こすのも申し訳ないじゃない?」
「いつものことだから、放っておいて大丈夫だよ。そのうちふらっと来るさ」
「高橋さん、今日はおしまいですか?」
「まさか~。これからランチミーティング」
ノートパソコンを抱えて、コーヒーを持って立っている
「
そう言うと、
―― あぁ~高橋さん、カッコイイ~。彼女さんが居てもいい。奥さんとかお子さんとか沢山いてもいいのです! 私の推しです!
「青木さん」
「…」
「青木さんってば!」
「雅人さんに連絡しなくていいの?」
「雅人?」
「
―― そうだった…。完全に忘れてた。
「あ…、忘れてた」
「あは。青木さんってやっぱり面白いよね。ま、ほっといてもよさそうだったじゃん?
「う、うん。ていうか私って面白い?」
「だって、時々どっか遠くに行ってるでしょ? なんか変なこと考えてるって感じ(笑)」
「えっ?」
―― えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ? 見透かされてる!?
「そ、そんなことないよ。普通よ普通!」
「ふ~ん。ま、いいけどさ。面接の時から見てきてる僕としてはさ、気になるよね? 何考えてるのかな~って」
―― えぇぇぇぇぇ? 面接? 何の事?
「やっぱり…。覚えてないよね」
「えっと、グループ面接?」
「そう」
ちょっと、何のこと? あの時確かに大きいサイズの男子がいたのは覚えてるけど…。あとは可愛い感じの女子たちだったよね。
「しかたないよ。覚えてなくても」
「うぅ…ごめん」
少しづつ記憶を遡ってみる。
そういえば、背も高くて体も大きいビックボーイと駅まで一緒に帰った記憶と、その人のことを会社の課長さんか部長さんだと思ったことを思い出した。
「えっと?」
「僕ね。あの時から20Kg痩せたから、分からなかったよね。僕は同じ部署に配属になって、すごくうれしかったんだけど。青木さん、はじめましてって言ってた(笑)」
―― えぇぇぇぇぇっ??? 嘘でしょ? 全然面影が…。
ただ、
「鳥山くん、ごめん…ね」
「いいよ。そのかわり~僕の事、これからは
「もちろんだよ! そんなことで許してくれるなら、呼ぶ呼ぶ!」
「…」
こうして一時、雅人は
―― あれ? 私なにか忘れ物してる気がする…。
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