ゆれる乙女心!?

 梨香子りかこは今、自室にいる。何とか一人で暮らす部屋に帰ってきたのだ。

 そして、3日目に突入した服を脱ぎ捨て、洗濯機に放り込む。ベトベトしている気がするのは、気のせいなんかじゃない!


 ユニットバスに湯を張って、これから疲れをとる作戦。


 ちょっと迷ったけど、雅人のジャージもネットにいれて一緒に洗濯機に突っ込んだ。父親以外の男の人の服と一緒に自分のものを洗濯することは初めての経験だ。だからなんとなく下着とバスタオルは別便にする。臭いから…と言う理由もプラスされていることは間違いない。


 回る洗濯機を見ながら先程のやり取りを思いだし、梨香子りかこは悶々としていた。


―― 何なのよ。



 時間は1時間ほど前にさかのぼる。



「おはようございます! すみません…。遅くなりました」


 いつものモジャモジャ頭の大路おおじの姿がない。


「あのぉ~大路おおじさんは?」

「おはよう。雅人? 珍しく朝イチでお客さんのとこに出掛けてったよ。青木さん…また雅人と泊まったんだね?」

「泊まったって言うか…」


 髪は乱れて化粧なんて落ちていたはず…。それでも優しい 海斗かいと直樹なおきが、そこにいた。でも意味深な言い方は心臓に悪い。好きで泊まった訳じゃないのだ。そして、楽しいお泊りなんてもんじゃない。


 大越部長も会議かなにかで席にいなかった。何より雅人の姿がなかったので梨香子りかこは焦る。


「青木さん、疲れきった顔してるね。可愛そうに…。今日はもう帰って良いよって、雅人から伝言を預かってたんだ。今日はもう帰りな」

「…私、置いて行かれたのでしょうか…?」


 無性に悲しくなってきた。お前は出来ない奴だって宣告されたような気分…。だから仕事も途中だけど帰れって言われた気がしてならないのだ。


「いや、それは違うと思うよ。ほら頑張ったんだから、今日は家でゆっくりして、来週に備えよう。ね」


  海斗かいとはどこまでも優しかった。くたくたな心のオアシス。


 そんなやり取りの後、半ば放心状態で梨香子りかこは帰り支度を始めた。寝たはずなのに、疲れがどっと押し寄せてくる。これは、翼を与えてくれるエナジードリンクに頼らなきゃいけないレベルだ。


 パソコンを閉じた机の上を見ると、そこにチョコレートの箱が置いてあった。


「これ、誰のか分かる?」


 梨香子りかこ直樹なおきに箱を見せながら尋ねた。


「あ、それ? 大路おおじさんが置いてったよ。コンビニで朝会ったんだけど、青木さんがいつも食べてるチョコってどれだ? って聞かれて…。間違ってた?」

「う、ううん。これ一番好きなやつ」

「そっか、食べて良いんじゃない? それより早く上がりなよ」

「う、うん。そうする。じゃーね」


―― 何なのよ。


 ピーピピピ~♪ お風呂に湯が張り終わった合図が聞こえ、思考が途切れる。


「バカじゃないの? メールでもLINEでも、メモでも良いから、自分でメッセージを残せってーーの!」


 何ともモヤモヤするから、とりあえず今日は帰った旨を、報告しておく。黙って休むのは気持ちが悪いのだ。


『昨日は申し訳ございませんでした。お言葉に甘えて、帰らせていただきました。何かありましたらご連絡お願いいたします。では、また来週どうぞよろしくお願いいたします。』(送信)


 チョコのこととか、ジャージのこととか、お礼を言おうかと思って文字にしてみたけれど…、結局事務連絡だけにとどめておいた。


「もう知らないっ」


 梨香子りかこはスマホを伏せてお風呂に向かった。大事な下着は、洗濯第2陣に回す。


 お湯加減は最高だった。


 お風呂から出た梨香子りかこは、たっぷりの美容液とお土産でもらった韓国コスメのパックで女子力チャージを忘れない。

 ここまでやれて、やっと気分が落ち着いた。頭も体も顔もスッキリ奇麗になった気分。やっと自分を取り戻したような気さえしていた。


 梨香子りかこの部屋は狭いキッチンがついているワンルーム。なのでベッドとローテーブルとテレビ台しかないスッキリとした部屋だった。ベランダはあることはあるのだが、洗濯物は部屋干しが基本なのだ。


「アレクサ!癒しの音楽をかけて」


 梨香子りかこの部屋にエンヤの「Only Time」が流れてきた。とっても癒される音楽だ。子どものころ親戚のおばさんが勧めてくれたのがエンヤだった。すごく心が洗われる気がする。


 でも…心が洗われるような気がしたのは一瞬だった。


 変人雅人のジャージが、ゆらゆらと頭上で揺れているのが目に映るのだ。ベッドに横になっても見える。狭い部屋での部屋干しなのだからしかたない。


「平常心、平常心」


 梨香子りかこは目を閉じ、大自然を想像する。いつもならまだ見ぬ運命の王子さまと壮大な自然の中で穏やかに過ごすイメージで癒されるのだが、この日は違っていた。


 今もパソコンと戦い続けているであろう雅人のことが、気になってしかたがないのだ。仕事を途中で放棄してしまった自分の罪悪感があるのかもしれないが、梨香子りかこは今、この数時間に起きたことが頭から離れない。


―― 何なのよ。無理難題を押し付けて、怒ったり不機嫌になってさ、「寝ろ」と言い…。つけ放されたって思えば、チョコレートとか用意してくれちゃって。ジャージもかけてくれたりしてさ。


 梨香子りかこは寝返りを打つ。


―― もぉ、何なのよ。


 もう一度反対側に寝返りを打つ。


―― やっぱり、キライ。変人モジャなんて…。大キライなんだから。


 エンヤの音楽が、優しく梨香子りかこを包み込む。おやすみ梨香子りかこ

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