雅人の気遣い!?

「あははははははは~。これは夢だよ~夢~。あははは~」


 梨香子りかこはいつの間にかパーティ会場に足を踏み入れていた。周りはうかれて華やかな格好をした男女がグラス片手に、にこやかにご歓談中だ。


 ここは婚活パーティの会場。そこにポツンと梨香子りかこはたたずんでいたのだ。


――  みんな…幸せそう。嫌だな…帰りたい。お化粧も服もぐだぐただし…。しかも、ここってモジャばかりじゃん。


 正直梨香子りかこは、合コンやら婚活パーティやらが苦手なのだ。タイプな男性はいなさそうだし、みな雅人のようなモジャモジャ頭をしている。今の流行りの髪型なのだろうか…? タイプな男性がいたとしても、今の格好で相対する気力は梨香子りかこにはない。

 そう、周りの男女は結婚式会場のように素敵に着飾って、いつの間にかカップルも成立している。


 梨香子りかこの服装はと言うと、完全に普段着。ジーンズにふんわり白シャツを羽織っているだけで、おしゃれ感ゼロだ。

 お風呂にも入っていなかったことを思いだし、猛烈に誰にも気付かれたくない気分になる。


 そんな梨香子りかこの目の前に差し出されるシャンパングラス。


「どうぞ」

「えっ? ど、どうも」


 梨香子りかこは差し出されたグラスを受け取り一気に飲みほす。味も喉ごしも全く分からない。


「もう一杯どうですか?」

「あ、いえ。もう帰るんで」

「あはは。青木さん、遠慮しないでとりあえず飲んだら?」


 どこかで聞いた声が聞こえる。


――  えええ? 鳥山くん? 何でここに?


 驚きながらも、言われるがまま、直樹なおきに連れられ会場からベランダに移動する。そこはまるでお城のベランダのようだ。木々の間から、キラキラ光る湖が見渡せる。昔から知っているような感覚を、梨香子りかこは覚え始めていた。


「鳥山くん、今日はお嫁さん探し?」

「まーそんなとこかな? 人生のスケジュールで言うと、来年が結婚式の予定。そして次の年に家を買うんだ。中古だけどね。これが僕の人生線表」


 直樹なおきは長い巻物のような紙を懐から出し、梨香子りかこに見せてくれた。何だか棒グラフのような線が連鎖するように続いている。


「へぇ~、すごいね。人生設計ってことかな?」


 直樹なおきは、ニコニコしている。


――  なんのこっちゃ? 人生の線表? ウケる(笑) 鳥山くんらしいっちゃ~らしいけど…私には関係ないかな? えへへ。それより…早く帰らなくちゃ。


「ねぇ、見てよ。僕の予定では、この地点で出会った将来の嫁さんは君だから。二人で結婚までのスケジュールを立てなくちゃね」

「そろそろ…帰ろうかと…、って。えっ? 結婚?」


――  今何て?


 爽やかな顔で直樹なおきがしれッと重要なことを言う。冗談を言ってるのかな? って感じで、梨香子りかこ直樹なおきの顔をまじまじと見つめる。


 見つめ…?


――  えっ? ちょっと待った! 待ったぁーーー!


 梨香子りかこは夢中で直樹なおきを拒む。顔が近いっ。どうみても、チューーーって顔だ! 

 梨香子りかこが真剣に拒むから、ムギュって直樹なおきの顔が歪んで、これはこれで面白い。


「ちょっと! 離れてくれない?」


 あまりにも強引で、力では勝てない梨香子りかこ


 もぉ、チューぐらいいかな? 疲れたし直樹なおきなら許容範囲だし、って梨香子りかこが覚悟を決めたその瞬間! 


「ちょっと待った!」

「「な、何?」」


 ダンスを踊るように、別の男が軽やかに登場した。まるでミュージカルのワンシーンみたいだ。


 その人物は素敵なモーニングスーツを着こなし、白い手袋を片手に、もう片方の手に花束ならぬシャンパンの瓶を抱えて立っていた。


「た、高橋さん?」

「そんなガキから離れて、さぁおいで! 僕のもとへ。」


 海斗かいとが強引に梨香子りかこの腕をつかみ引き寄せる。がっしりして頼りがいのある胸元。しっかりと抱き締める強い腕。


 いつの間にかシャンパンは直樹なおきが、しっかりと抱えていた。


「高橋さん…」

海斗かいとって呼んでよ。って言ったよね?」


――  あぁ~素敵。何これ! やっぱり海斗かいとさんが一番素敵。


 梨香子りかこはうっとりと目を閉じる。そして、王子様は海斗かいとで決まりだ! なんて思い始めている。


――  うん? ちょっと待って。何かがおかしい。嫌な視線を感じる…。


「弟子1号?」


 梨香子りかこはそっと目を開ける。さっきまで頼もしく感じた腕は細くぎこちない。


――  えっ? えっ? 止めてっ!


 顔を上げ、側にいる人物を確認する。


――  も、モジャ!?


「ひっ!」


 梨香子りかこは自分の声で目が覚めた。なんとそこは会社のソファーの上だった。


 勢いよく目覚めた梨香子りかこの体から、何かがパラッと床に落ちた。


――  な…何? あ、そうか…。ここは会社だ…。寝ちゃったんだ私…。何ていう夢を見ちゃったんだろ。うん? これは?


 梨香子りかこはぼーっとする頭で、落ちたモノを拾う。ジャージか何か上着のようだ。

 背中の部分には、OHJIと刺繍が施されていた。中学生のジャージか?


大路おおじ…」


 雅人が風邪を引かないようにと、梨香子りかこに掛けてくれたのだろう。優しいところもあるのだ。

 でも、完全に寝姿を見られた。


 そんな雅人の優しさのことより、梨香子りかこはこのジャージが気になってしまった。


 そして思わずジャージをクンクンする。


「う…っ、げほっ、げほっ」


――  く、臭い…。


 梨花子はジャージの臭いに顔を歪める。でも、昨夜は寒くて目が覚めるなんてことはなかった。きっとこのジャージのお陰だ。優しいところもあるんだな~なんて梨香子りかこは思いながら、ジャージを畳んだ。臭くても文句を言ったら、バチが当たる。


 スマホを見ると、朝10時ちょい前。雅人にも謝らなければならない。納品はもうすぐなのだ。


――  ヤバい! 遅刻してる!

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