梨香子 死体を発見する!?

 新しい生活が始まる。


 新人研修が終わり、今日から社会人として本格的にデビューする。

 配属先が発表され、今日がその初日。社会人一年生、青木あおき 梨香子りかこは緊張した面持ちで家を出発した。


 新しい出会い、新しい生活! 初めての独り暮らし。

 何もかもが新鮮でワクワクすることばかり。素敵な男性と廻り会い、恋に落ちる。ドラマのような恋がしたい! 白馬に乗った王子様は絶対いるのだ!


 期待しない方が嘘になる。社内恋愛も悪くなさそうだし、何と言っても理系族はまだまだ男性率が高いのだ。絶対に恋愛確率は上がるはず。

 さすがにドロドロした関係は嫌だけど、刺激は欲しい。退屈な毎日より、はるかに素敵。なんて期待している。


 ピッ。


  梨香子りかこは社員証で開錠しオフィスに入る。セキュリティーカードを使うところが、既に映画みたいでワクワクする。


「おはようございます!」


 梨香子りかこは大きな声で挨拶する。

 朝が早い。誰もいないのだからもちろん、返事をする人もいない。


「少し早く着きすぎたかな~?」


 社員証を振り回し周りをキョロキョロしながら、配属先の部署エリアに進む。確かこの先だったはず。入り口に案内図が書いてあったから間違いない。

 黒の着なれないスーツ、普段履かないパンプスが妙に落ち着かない。でも今日は初めて配属先にご挨拶する日。しっかりおめかしする必要があるのだ。だって、出会いはどこに転がっているか分からないのだから、油断大敵! 最初が肝心なのである。


 そんな 梨香子りかこの前に、何かが現れた。

 どう見ても人間の足に見える。 

 その足はオフィスの床に投げ出され、裸足でスリッパを履いていた。


「な、なに? 誰か……寝てる?」


 梨香子りかこは恐る恐る近寄ってみる。本当は怖い。でも救急車を呼ばなければならない状態であったら、放置しておくのは人として許されない。だから近づくしかない。

 その人物は椅子から座ったままの状態で崩れ落ちたように倒れ伏していた。


「ちょ、ちょっと……。まさか死んでる?」


 テレビドラマで死体を見ることはあったとしても、親族以外の遺体を見たことがない。ましてやこんな状態で死体に遭遇することなんて一度もない。


 念の為、時間と状況を確認しておこう。

 時刻は8:05。記憶完了。 梨香子りかこは何気に刑事ドラマ好きだった。変な知識だけはある。


「あのぉ~」


 反応がない。周りを見ると、デスクの下に桶と一升瓶、ウイスキーの瓶が置かれている。これはどう見てもアルコールだ。しかも一升瓶は空。


「何これ?」


 この死体(死体かどうかわからないけど)、モジャモジャの頭、細い体に裸足……。スーツのズボンにインナーシャツをINしている。シャツは何処にもない。どう見ても怪しい。

 近寄ってみるとアルコールの臭いがぷんぷんした。


 よくよく観察する。軽くお腹の辺りが上下しているから、どうやら息はしているようだ。


「会社の中でお酒を飲んでる? この時間でも寝てるってこと? どうゆうこと?」


 梨香子りかこは迷いながらも、ウイスキーをデスクの下の見えない場所に置き、一升瓶を外の給湯室まで捨てに行くことにした。これから出社する人に見られては、きっと大ごとになる。絶対になる。


「どうしよう……。起こすべき?」


 梨香子りかこが迷っていると、同期の鳥山 直樹なおきが二番手で入ってきた。


「おはよう。青木さん。早いね~」

「う、うん。おはよ。あのさ~……これ……」


  直樹なおきもこの異常さに気づく。「誰こいつ?」って顔で死体ではない物体を見ている。


「起こした方がいいかな?」

「いや……。そっとしておいた方がいいんじゃない?」

「でもさ……」


 意外と直樹なおきはクールなのだ。自分以外のことに興味がないというか。同期の中でも大人な感じだ。

 直樹なおきとそんな話をしていると、ぞろぞろと先輩たちが出社してきた。誰も倒れている人物に興味はなさそうに自分たちの席に着く。


 そんな中、背の高いイケメンの男性が倒れている男性に興味を示した。


「雅人、またやらかしてるのか」

「「おはようございます!」」

「おぉ~新人。えっと……?」

「青木です。よろしくお願いいたします」

「鳥山です。よろしくお願いいたします」


 声をかけてきた男性が、哀れみの目で梨香子りかこを見つめる。なかなかイケメンの先輩だ。


―― わ、私の顔……変なモノでもついてるのかな? ドキドキ。


「青木さんか~。そうか。そうか。あ、俺は高橋。高橋 海斗かいとよろしく」


―― キャー。何気にイケメンっ! 高橋さんかぁ~。素敵です!


 海斗かいとはそれだけ言うと自分の席に座ってしまった。もう少し話してみたいと思ってみたものの、それ以上話しかける機会を失ってしまった。

 せめて雅人という人物について教えて欲しい。


 雅人が起きないまま、始業時間がやってきた。新入社員の挨拶と、これからのペアリングが部長から発表された。


「でわ~、鳥山くんは高橋と。そして青木さんは……大路おおじとペアリングしてもらうから。仕事をしっかり学んでくださいね」


 部長は 梨香子りかこの父親と同じくらいの年だろうか。ハリのある野太い声で部署内をまとめている。きっと昔はモテたに違いない。そんなヤンチャな歴史を背負っている感じだ。見た目は、昭和のホストって感じ。


―― オオジ? 王子様!?


 大路おおじ先輩とはだれだろう? 梨香子りかこは先ほど挨拶した高橋とペアリングでないことを少し残念に思いながらも、大路おおじって? と期待度マックスで周りを見渡してみる。


 海斗かいとと目が会った。海斗かいとが何かゆびしている。その指の先には……。


大路おおじ、いつまで寝てるんだ? 起きろ」


 部長が眠りこけている雅人をトントン叩いて起こそうとしている。


「しっかりしろ! 昨日も泊ったのか?」

「あ……、あ~大越部長。おはようございます」

「酒臭いな~。いい加減にしろよ」


 大越が雅人を立たせる。雅人は最初に見た印象そのままで、細くてぬぼーとした不健康そうな感じがした。モジャモジャの髪を肩まで伸ばし、不思議度満載の雰囲気をかもしだしている。


「青木さん、これが大路おおじ。うちのエースだ。ま~見た目はこんなんだが、スキルはピカイチだ。いろいろ学んでくれ」

「あっ、はい! よろしくお願いいいたします!」


 梨香子りかこはペコリと挨拶をする。それを見てか見ていないか分からないが、雅人は面白くなさそうに大きな欠伸あくびをしている。


―― ちょっと失礼なんじゃない? それに……会社の中でお酒飲む? 普通飲まないでしょ……。何なの? このモジャモジャっ。オオジって……。オオジって何なのよ!


「顔、洗ってきま~す」


 なんともマイペースな男だ。しかも不健康極まりない。爽やかさのかけらもないコミ症。梨香子りかこの雅人に対する第一印象はひどい物だった。


「青木さん、ちょっとちょっと」


 海斗かいと梨香子りかこを呼んでいる。


「あいつ、ちょっと変わってるから。困ったことがあったら俺に相談して」

「あ、ありがとうございます。」


―― なんて良い人なのぉ~。イケメンの上に優しいなんて!


 海斗かいとの爽やかで清潔で素敵な笑顔が梨香子りかこの癒しとなったのは言うまでもない。モジャモジャ頭の変人っぽい雅人とこれから先やっていくことを考えると非常に気が重い。


―― いいなぁ~鳥山くん。高橋先輩優しそうだし。それに比べて……何? あの人。変わってる? そう言われるの分かる気がするっ!


 梨香子りかこは雅人の隣の机を当てがわれた。顔で笑いながらも、心の中で雅人に対して悪態をつきまくりながら、しぶしぶ着席をするのだった。


 これが変人雅人と梨香子りかこの初めての出会い。


 最悪だ……。梨香子りかこの絵に書いたような理想の出会い図に、メリメリっとヒビが入った音が聞こえた。


 どうなる?梨香子りかこ! 白馬の王子様は何処いずこに?


 もうすでに、嫌な予感しかしない。

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