ひどし…モジャ男

「弟子1号。お前は彼氏がいるのか?」

「えっ?」


 変人雅人の部下に配属されて3ヶ月くらいがたち、だいぶ雅人という人との距離感を学んだ梨香子りかこ。そんな時にいきなりこのセリフって、ありえない💢。


 それは突然にやってきた。

 仕事の終わりの夜食タイム。近くのラーメン屋で味噌ラーメンと餃子を食べていると、隣の席でビールを飲みながら雅人が不躾ぶしつけな質問をしてきたのだ。


 梨香子りかこだって彼氏の1人や2人。今はちょっとお一人様だけど、いきなりなんてことを聞いてくるんだ? 


 思わず掴んだチャーシューをポタっと落としてしまった。


「飛んだぞ」

「あ、すみません」


 そりゃ、あなたが変なことを言うからですよ? チャーシューも、スープにダイブします。


 質問した当の雅人はしれっとラーメンをすすっている。食べ終わったら会社に戻って仕事の続きをしないといけないのに、ビールを飲むとは…。


「で?」

「えっ?」

「お前は彼氏がいるのか?」


 大事なのでもう一回言います! と言わんばかりに質問を重ねる。これってどんなハラスメントに値するのか、梨香子りかこは考えてみる。いや、それより何て答えるのが正解なんだろう。


 正直に言うべきなのか、笑ってごまかすべきなのか…。


「残念ながら、今は…」


 悩んだ挙げ句、正直に答える梨香子りかこ


 まさか…。奈緒子なおこの話が頭をよぎる。まさか、そんなことはね~。ないない。あったとしてもラーメン屋で麺をすすりながら話をすることじゃない。


 こう言う話は、もっとムードあるシチュエーションがいい!


「なら大丈夫だな」

「えっ?」


 な、何がですか? 梨香子りかこは変な想像をする。何が大丈夫なんだろう? もしかして梨香子りかこに好意を抱いているとか? こうして食事をご馳走してくれるのも下心があるからなの!? 妄想が爆発する。


 そもそも、雅人を男として見たことなんてない。見ようとも思えない。梨香子りかこにだって選ぶ権利はあるのだ。


「この後」


―― え? 何?


 梨香子りかこは雅人を凝視する。こんなところで言葉を切るなんて、なんて思わせぶりなんだ。なんだか、ドキドキする。


 そんな梨香子りかこの思いを無視して雅人はビールを注げ、と言わんばかりにコップを差し出す。


 仕方ないから梨香子りかこは瓶ビールから雅人のコップにビールを注ぐ。満足した雅人はビールをぐいっと飲み干し、また麺をすすりながら話し始めた。


「この後、お前も会社に戻って仕事するぞ」

「えっ?」

「お前に1つモジュールを作ってもらうことにしたから。仕様書は戻ったら渡す。30分もあれば出来るっしょ」


―― えーーーーーーーーーーーーーーーーっ。なにそれ? 彼氏がいようがいまいが関係なくない?


 梨香子りかこは思わず叫びだしそうになった。


―― 意味深な言い方をして~! って勝手に勘違いしたのは私だけど。働き方改革って知らないのぉ~~っ!? モジャめっ!


梨香子りかこはがっくりとこうべを垂れる。


「来週の納品に、モジュール1本足りなかったんだよね。頼むわ。作った方がいいっていう感じのレベルだけどな」

「はぁ…。新入社員の私にまかせていいんですか? しかもこのタイミングで」

「ま、大丈夫でしょ。簡単なものだから。出来なかったら俺がやるから」


 むーーーっ。やれるならさっさと自分でやればいいのに。と梨香子りかこは心の中で雅人に悪態をつきまくる。


「ドキュメントを確認するだけじゃ成長できないからな。ちょうどいいと思うよ」


 成長…。何それ、嘘でしょ? そんなことを考えてくれていることに梨香子りかこは少し驚く。雅人は絶対的俺様で、後輩は召し使いか何かかと誤認識している。絶対そうだ! だから後輩を育てるなんて意識があったことが驚きなのだ。


―― でも…もう20時過ぎてますけど…。


 梨香子りかこは意味がわからず泣きそうだ。仕事なのだから、やらねばならない時もある。だから仕方ないのはわかるけど…計画性ってものが大事でしょ? とイライラはマックスに。


 これから会社に戻るのだ。しかも雅人はビールをひっかけている。これで正確な指示を伝えてくれるかどうか非常に不安だ。明日じゃダメなのかな~…。梨香子りかこは弱気になる。


 案の定、雅人からは仕様書を渡されただけで、他のモジュールとの関係や、どこでどうやってコーディングをするのかも、テストをするのかも教えられることはなかった。


―― まぢか…。何も分からないよ? アジャイル方式だったら、環境さえ分かればなんとかなるかもだけど…。仕様書を読み解くところからか…。あぁ〜〜〜分かりませんっ。どうしよう。


 しばらく途方に暮れた梨香子りかこだったが、仕方がないから雅人に必要以上に質問をする。雅人が眠っちゃう前に、聞き出すべきところは聞かなければ終わらない。

 雅人の方が人として成長するべきではないか!? と思う。こんなんだから35歳になって変人扱いされて、彼女もいない生活を送っているのだろう。(彼女がいるかいないかなんて聞いてないけど。多分いないに違いない!)と、改めて納得する。


「この環境を使え。出来上がったらデバックの仕方を教えてやる。サンプルもはいってるから、好きに見ていいぞ」


 意外なことに、雅人は梨香子りかこのためにテスト環境を整えてくれていた。

 最初から言ってくれればいいのに…。さっきまでの暴言、お許しください。なんて気持ちにもなる。


 雅人といるとモヤモヤが晴れない。本当にめんどくさい。


 雅人にしてみたら、自分に質問してくるかどうかを試したかったのかもしれない。まなぶ姿勢があるかどうかが大事なのだ。

 そうゆう意味で梨香子りかこは合格だった。誰もが腫物を触るように雅人に接する人間が社内に多いい中、梨香子りかこは思ったことを口にする。それに決して仕事を投げ出さないし、食いついてくる。梨香子りかこの根性を気に入ったのだ。


「出来たら~起こしてくれ」

「えっ? 寝ちゃうんですか?」

「俺は仮眠をとる」


―― まぢか…。


 この日、梨香子りかこは不本意ではあるが雅人と徹夜することになった。当の雅人はソファーで眠り込んでいる。例の死体騒ぎの時に副社長が雅人のためにソファーを購入してくれたのだ。せめてここで寝ろという親心だろう。


―― 何なの!? 人にまかせて寝るなんてありえないっ。むむむむ。


 梨香子りかこはモヤモヤしながらも、テスト環境を整えてくれた雅人にほんの少しだけ感謝しながら、トレーニングや研修ではない、お客様に納品する一部のプログラミングにトライするのだった。


―― あーもーーっ。ありえないぃ~~っ。私の王子様! 早く迎えにきて~~っ。

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