俺のパンツを洗濯してくれないか?

「で、そっちはどうなのよ?」


  奈緒子なおこがカルパッチョを頬張りながら質問をしてくる。


「どうって?」

「変人とペアリングされてるって聞いたよ? 梨香子りかこ大丈夫なの?」


 梨香子りかこもカルパッチョを口に運ぶ。白身魚のカルパッチョ。超美味い!


「大丈夫もなにも、弟子1号って呼ばれててさ~。あれは…、絶対私の名前覚えてないと思うんだよね」

「何それw」


 白ワインを片手に奈緒子なおこが興味津々で聞いてくる。まだ酔っぱらうには早いはず。


「それって、梨香子りかこが気に入られてるってことじゃない? いいな~。仕事できる先輩で」


  奈緒子なおこはうっとりとしている。


 そんな良いもんでも何でもない。理不尽なことで怒られるし、指示はめちゃくちゃだし…。それを経験したとしても、いいな~と言えるのだろうか。


 ただ、雅人はお客様からの信頼が高いのも事実だ。


「ま~仕事が出来る人なんだろうなーっていうのは認めるよ。でもねー。頭はいつもぐちゃぐちゃだし、何考えているか分からないし…。朝は酒臭いし。細かいし。パワハラ野郎だし、もう人としてどうなの? って感じだよ」

「あはは。梨香子りかこも変人先輩にどっぷり浸かってるね。もう付き合っちゃえば?」


  奈緒子なおこは楽しそうに無責任なことを言う。


「あのね~。絶対ないから。あの人の彼女になる人がいたら顔を見てみたい。会社に住んでるし、野菜は絶対食べないし、俺様だし、超めんどくさい!」


  奈緒子なおこはニヤニヤしている。


「な、何よ」

「それって、彼氏の愚痴を言ってるように聞こえるよ」

「ちょっ。やめてよ~~~。ぜったいないから!」


 梨香子りかこはカルパッチョを刺したフォークをブンブン振って抗議をする。しかしそんな梨香子りかこを見て 奈緒子なおこは嬉しそうだった。


―― 私だって、格好良くてスマートに仕事ができて、そしてプライベートも充実できる優しい彼が欲しいっ。


 チラッと梨香子りかこの脳裏に海斗かいとの顔が浮かんだ。


―― 高橋さん、奥さんとか恋人とかいるのかなぁ~? いるよねーきっと。あんなにカッコイイんだもん。女性がほっとかないよね~。


 ぶるんぶるん。梨香子りかこは大きく首を降りイメージを振り切った。近場で探しすぎだ。


 当の変人雅人は家にも帰らず、会社に泊まったりしている。たまにどこかに行っているようだけど、近くのホテルか飲み屋に居るという噂をきいたことがある。

 なんでも…半年ぶりに家に帰ったら、お風呂の中にネズミが…(これ以上の描写は自粛)。それ以来怖くて家に帰れないらしい。


 引っ越せばいいのに。梨香子りかこはその話を聞いて絶句した。しかもそんな生活を雅人は送っているから、会社のロッカーにスーツとシャツの替えをストックしている。どうやら近くのクリーニング屋さんに定期的に出しているみたいだ。


「弟子1号。すまないが俺のシャツを取りに行ってきてくれないか?」

「えっ? 今何て?」

「俺のシャツを向かいのビルのクリーニング屋に受け取りに行ってきてくれない? って言ったんだけど」


 な、何をいいだすのだろう? 梨香子りかこは唖然とする。衝撃を受けると人は咄嗟に反応できないらしい。頭の中で今起きていることを一から整理する。


 そのうち俺のパンツを洗濯してくれないか? と言われそうな気がして、さすがの梨香子りかこもきっぱりお断りをいれる。


「そうゆうのは、自分でやってください。私は秘書でもなんでもありませんから」


 あ~スッキリした。もっと言ってやろうかと思ったが、今後のことを考えるとこの程度で我慢する。梨香子りかこは日ごろ忖度し続けている自分に喝をいれた気分だった。自分に拍手を!


 その後、あの変人に物を申した女がいるぞ! と梨香子りかこは社内の有名人になってしまった。


 当の雅人は自分の発言が不適切だったことも気づかず、仕方ないな~後で行くかってう感じで気にも留めていない。

 頭をぽりぽり掻いて、パソコンに真剣に向かい合っている。


 お風呂はどうしてるんだろう? お酒も止めて欲しい。梨香子りかこは少し心配になる。雅人の死体の第一発見者にはなりたくない。


 まるで母親の気分だ。ありえない…。


―― あぁ~もぉ! 何なのよ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る