第36話 事件解決

 翌日、私は張り切っていつもより二本早い電車に乗って出勤した。係長だけがいた。

「おはようございます、係長。いつも早いですね。今日こそ私が一番だと思ったんですが」

「おう」

 それからみんな出勤してきた。

「小春ー、おはよー」

 京子はいつも通り元気そうだった。そして係長を見て近寄っていった。

「係長ー、泣いてるんですかー、目の下に筋ができてますよー」

「何だよ、まだ顔洗ってないだけだ。ここに泊まってたからな」

「うわー、汚いー」

「え、泊まったんですか……通りで早いはず……」

 私はポツリとつぶやいた。京子は本気で汚がってるようだった。

「おう、磯田、三人で飯食いに行くって真中さんに言っただろ。その三人って――」

「私とー、小春とー、めぐみの三人ですよー」

 係長が言い切る前に京子が言い切った。

「……だよな……」

「まったくー、単に頭の良さが憧れられてただけなのにー。それを勘違いするなんてー、男ってバカよねー」

 京子はスマホを確認しながら、素で言った。課長は大きく咳払いをした。嶋村先輩と高木先輩はものすごくわざとらしく聞こえてないふりをしていた。当の係長は頭をかきむしりながら、バツの悪そうな顔をしていた。

「係長ー、めぐみのこと、ちゃんと有利な証言して下さいよー」

「おう、当たり前だろ」

「失恋して大変でしょうけどー」

「おう、磯田、お前はひと言多いんだよ」

 京子はコートをハンガーにかけながら、口を尖らせていた。

 そこへ、交通課のまきちゃんがやってきた。

「あの、ナターリエ・シュルツさん、帰宅されるそうですのでお連れしました」

「あー、まきちゃーん、ありがとうー」

「俺の出番だなっと」

 係長は喜び勇む感じで立ち上がって、シュルツさんに説明し始めた。シュルツさんは書類にサインして、刑事課から去ろうとした。しかし、係長は次から次へと会話を無理矢理続けているようだった。

 そして――

 パシーーーン!

 会心のビンタの音が朝の静かな刑事課に響き渡った。

 シュルツさんはドイツ語で一言二言何かを言って怒りながら去っていった。係長は自分の右頬を手で押さえながら、肩を落としていた。すごくみっともなかった。

「あ、ははは、口説きすぎたかなーっと……」

 係長は何事もなかったかのように飄々と席について缶コーヒーを飲み始めた。私たちも何事もなかったかのようにスルーした、京子を除いて。

「はー、もうセクハラ相談窓口に通報でいいですよねー」

「いいわけないだろ」

「じゃあ、直接行ってきますねー」

「おい、こら、磯田、待て、待て」

 いつものようにおバカな会話が繰り広げられていた。

 

 国際インターナショナル大学に関係する一連の事件は解決した。

 検察は、デービス教授による過度のアカデミック・ハラスメントが真中さんと大竹助手の心理に多大な影響を与えたことを認め、二人を不起訴処分にした。

 しばらくしてから、デービスラボは千葉ラボに統合され、飯島さんと大竹助手、それから真中さんも元気に研究を再開した。

 後日、私と京子は真中さんを誘って、「ザ・イタメシ」に行ったが、店はつぶれていた。

 四人が亡くなった事件は、そのうち三人が事故だった。名字の頭文字順に起こったかに思われた事件は、連続殺人事件でも何でもなかったという衝撃のオチで幕を閉じた。

 今回の捜査では、京子が主役だった。彼女がいなければ重要な証言を引き出すことができなかっただろう。

 今回のこの奇妙な事件も、私は生涯忘れることはできないだろう。私は今回の事件のことを『アー・ベー・ツェー・デー殺人事件』と名付けたかったが、少しカッコ悪いので、オーソドックスに『ABCD殺人事件』と名付けることにした。

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ABCD殺人事件 真山砂糖 @199X

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