第35話 取り調べ3

「私たちは大竹さんから、抜き取ったSDカードを回収して映像を確認したわ。めぐみの言ったことで合ってる」

 京子は、少し間をおいた。

「めぐみ、係長に保護を求めたでしょ。なぜ?」

「……」

「ラボの黒板にCの文字が書かれてあるのを見たことがずっと引っかかってたからじゃない? その前の日には書かれてなかったのに」

 真中さんは驚きの表情で京子を見つめた。

「Cの文字を書いたのは、大竹さんよ。警察の捜査を混乱させるために、無理やりABCの連続殺人事件に仕立てようとしたんだって。大竹さんはめぐみに気があったのよ。だからSDカードを抜き取った」

「……え……」

「めぐみがシタッパ成分の錠剤を入れたのは、デービス教授の席にあったグラスよね?」

「今さら、言い逃れなんてしようとは思わないわ。ええ、そうよ、私が入れたの。デービス教授を殺したのは私よ」

「めぐみ、ちゃんと言って。デービス教授の席にあったグラスで間違いないわね?」

「うん、そうよ。教授はいつもあのセンスのないグラスでアイスコーヒーを飲んでるのを知ってたから」

「間違いないわね?」

「うん、間違いない」

 それを聞いて、京子は一気に肩の力が抜けたようだった。

「ああ、良かったー」

「……え……」

「めぐみがちゃんと証言してくれて良かったー。めぐみ、めぐみは誰も殺してなんかいないのよ」

「え!? どういうこと……」

「監視カメラに写ってた範囲は、デービス教授のデスクの半分までだったの。つまり、めぐみがデスクの上のグラスにシタッパ成分を入れたところは写ってなかったのよ。だから、証言が必要だったの」

「……」

「シャ准教授は自分の身が危険にさらされる可能性を感じていて、自分のパソコンにもし何かが起きた時のために伝言を残していたの。『デービス教授に論文の件を話してみる。もし最悪の事態が起きた時のために、冷蔵庫にある教授のタンブラーの中に大量のシタッパ成分を溶かしておいた。何も起きなければ、タンブラーの中のコーヒーは処分する。もし何か起きた場合は、デービス教授の身にも私と同じことが起きる』ってね」

「……それって」

「シャ准教授の遺言みたいなものね。デービス教授の死因は、シタッパ成分を大量に摂取したことによる心臓破裂。シャ准教授がシタッパ成分を入れたコーヒーを飲んだことが原因で死んだの。シャ准教授は、デービス教授に論文の筆頭著者にしてほしいと直訴した。けど、デービス教授は断るだけじゃなくてシャ准教授に殴りかかった。それで、二人は争いになり、シャ准教授は殴られて倒れた。デービス教授はトイレに行って戻ってきて、めぐみが机の裏に隠れていることに気づかず、グラスのコーヒーを飲まずに捨てて、冷蔵庫からタンブラーを取り出して、帰宅した。シャ准教授が倒れていた実験台のあたりを全く気にすることなくね。めぐみがラボから出ていったすぐ後に、シャ准教授は意識を取り戻して、テーブルを掴んで自分で起き上がったの。けど、実験スタンドと一緒にまた倒れてしまって、その時に、実験スタンドが首を貫いてしまったみたい。そこへ大竹さんがやってきた、っていう流れね」

 真中さんは、何かを考えているようだった。

「……はぁ……」

「めぐみ、さっき言ったよね、ベーベルさんがめぐみのことをブスって言ったって」

「うん、私、学生たちの前で笑い者にされたのよ」

「違うのよ、めぐみ。シュルツさんに、その時ベーベルさんが何と言ってたのか聞いたのよ」

「え?」

「ベーベルさんは、自分には彼女がいるから君たちとデートできない、今から自分の彼女と一緒にバスで帰るんだ、って言ったの」

「……」

「ドイツ語では、バスのことを、『ブス』って言うのよ」

「……え」

「ベーベルさんは、めぐみのことをブスだって言ったんじゃないのよ。付き合ってる彼女がいるから学生たちの誘いを断っただけなのよ」

「……」

 真中さんは両手で自分の顔を覆った。

「ベーベルさん、地面に自分の血で文字を書いた。何て書いたと思う? Beantragenって書いたの。申請するとか提出するっていう意味なんだって。ベーベルさんは、めぐみのスイス留学の出願書類を気にかけていたんだと思うわ」

「……」

「めぐみ、ベーベルさんのことが好きだったんなら、どうしてドイツ語を勉強しなかったのよ?」

「……」

 真中さんは悲痛な表情でテーブルを見つめていた。遠くの方を見ているように。

 京子はものすごく悲しそうな顔をしていた。どんな時でもニコニコと意気揚々としている京子が、そのような顔をするのを初めて見た。

「真中さん、あなたがしたことは、警察の捜査妨害に当たりますので、罪に問われることは免れません」

「……はい、申し訳ありませんでした……」

 真中さんは少しだけ頭を下げて謝った。

「留学、いつかできればいいわね。応援するからさ、何でも言って」

「……ありがと、京子」

「……しかし、『責任を取って、私も死ね』って、面白いタイプミスだった。急いでたとはいえ、こんなおかしな凡ミスするなんて」

「ちょっと、京子」

 私は不謹慎に思って、京子を小声でたしなめた。

「そんなおっちょこちょいな人ばっかなのよね、私の親友って」

「え、それってどういう意味?」

 私は素で訊き返した。

「……ねえ、めぐみ、また今度おいしいもの食べに行こ。今度は三人でさ」

「……うん」

 真中めぐみさんの取り調べは終了し、一連の事件は全て解明された。

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