第34話 取り調べ2
私と京子は取調室に真中めぐみさんを呼んだ。
「めぐみ、座って」
真中さんは不安そうにおどおどしながら席についた。
「めぐみに確認しなければならないことがあるのよ」
「え、京子、これって、取り調べ?」
「そうよ」
真中さんはますます不安な表情になっていった。
「あのさー、めぐみ。ベーベルさんと付き合ってたよね」
「……え?」
「学生に聞き込みしたのよ。めぐみとベーベルさんが親しくしているところを見た人がたくさんいたわ」
「……」
真中さんは無言だった。
「デービスラボの人たちが亡くなった事件を解決するために、めぐみから聞かなければならないことがあるのよ」
真中さんは少し肩に力が入ったようだった。
「今私たち警察がわかっていることを話すわね。まずは、アームストロングさんが亡くなった事件。事件現場の近くの駐車場の車のドライブレコーダーに、アームストロングさんが非常階段から転落するところが写っていたのよ。彼は背が高すぎて、低い柵から誤って転落してしまった。おそらく、暑かったから、ジャケットを脱ごうとした時にバランスを崩したみたい。殺人じゃなくて、単なる事故だったの」
「……え、そうだったの……」
「うん、そうなの」
真中さんは驚いた。逆に京子は淡々としていた。
「さっき、大竹ただおさんを取り調べたのよ。大竹さんはシャ准教授が亡くなった23日の夜にデービスラボで起きたことを知っていたわ」
「!?」
真中さんは無言で驚いた。
「めぐみは、シャ准教授が亡くなった日、千葉ラボのみんなと一緒に21時半頃に帰ったって言ったよね。でも、国道のバス停に向かう道で、パトロール中の警官に、信号無視を注意されてる。記録によると時刻は22時24分。急いで走ってたそうね。そんな時間にそこにいたっていうことは、めぐみはみんなと一緒に帰ってなかったんじゃないの? 何をしていたの?」
京子は歯切れよく質問した。真中さんは深く息を吐いた。数秒沈黙が続いて、それから意を決したように真中さんは口を開いた。
「……あの日、私、千葉教授と増田さんが帰宅するから、私も一緒にラボから出たけど、バスの定期を忘れたことに気づいて、ラボまで戻ったの。そしたら、隣のデービスラボから大声でケンカしているのが聞こえてきて、窓の隙間から中を覗いたの。デービス教授とシャ准教授が取っ組み合いになってて、シャ准教授が押されて、机に頭をぶつけて倒れたの。デービス教授が出て行って、トイレの方へ行ったから、私はラボに入った。その時、今でもどうしてあんな悪いことをしてしまったのかわからないことを、私はしてしまった」
真中さんは、かなり感情が高ぶってきた。
「……倒れているシャ准教授のすぐ横に何かが転がっていたの。黒の錠剤みたいなものがいくつか。シタッパ成分だった。体内に入ってから数時間後に効力が発動するから、時間差で人を殺せる。だから、私はそれを拾って、デービス教授の飲みかけのコーヒーの中に入れたの。そしたら、教授が戻ってきたから、研究台の裏に隠れたの。教授はパソコンを触ったり、洗い物したりしてすぐに帰宅したわ。そして、急いで教授のパソコンで、遺書を書いた。それから、私はバスに乗るために、すぐにそこから離れた。一階の裏口から出て、国道のバス停まで走った。そこでパトカーに止められた……」
「どうして、遺書を書いたりとかしたの?」
「全部、デービス教授のせいにしようと思ったからよ」
真中さんの目には怒りがこみ上げているようだった。
「デービス教授は、最低の人間だった。スイスに留学するためには、自分が所属するラボ以外の運営者にも推薦書を書いてもらわなければならないの。だけど、デービス教授は書いてくれなかった。おまけに、アカデミック・ハラスメントがひどくて、デービスラボの人はみんな研究に支障が出るくらいの被害を受けていた。そのせいで、ナターリエが千葉ラボに移動してくることになったの。彼女が来てから、ベーベルは何かと彼女のことを気遣うようになっていって。推薦書のことをもう一度デービス教授に頼んでくれるっていう約束をしたけど、良い返事がもらえないままで。ベーベルはナターリエとだんだん親密になっていった」
真中さんは突然天井を見上げて深く息をついた。
「そうよ、京子。私とベーベルは付き合ってた。でも、うまくいってなくて、別れる寸前だったのよ。ベーベルが亡くなった日、私、一緒にいたのよ、駅前の公園で、私の留学のことを話してたのよ。留学のことだけは何としても力になってほしいと思ってた。けど、どうしてもベーベルのことを許せないという思いもあって、口論になったの。ベーベル、ハンサムだし、前に女子学生から逆ナンされることがあったの。その時、ベーベルは私のことをブスって言って、何人もの前で私のことを笑い者にしたのよ。そのことを急に思い出してきて、帰ろうとしたの。そしたら、ベーベルが追いかけてきて私の腕を掴んだから、私は振りほどいて走って逃げようとした。その時、ベーベルは段差につまづいて後ろに倒れてしまったのよ。暗くてどんな状況かわからなかったし、私は怖くなってそのまま帰ったの。翌日、亡くなったって聞いて……」
「……めぐみ、どうしてその時、逃げたのよ」
「だって、ベーベルがそんな重い傷を負ったなんてわからなかったし」
「次の日に、どうして本当のことを言わなかったの?」
「疑われるかもしれないじゃない。破局寸前のカップルがケンカしてたのよ」
「ちゃんと話してくれれば良かったのに。ベーベルさんは、地面の石で頭を打ったことで亡くなったの。その石は地面に固定されていて動かせないのよ。だから、ベーベルさんが亡くなったのは事故なのよ。めぐみ、ちゃんと話してくれれば……」
「……」
真中さんは驚いて、言葉を失ったようだった。
「大竹さんは、その日、めぐみを目撃したの。22時過ぎに三階の備品倉庫の整理を終えてから、デービスラボから走り去って行くめぐみを見たの。大竹さんがラボに行くと、シャ准教授が血を流して倒れていた。大竹さんは、めぐみがやったんだと思ったのよ。めぐみは、デービスラボに監視カメラがあることを知らなかったのよね。デービスラボの人間でもどこにあるのか見つけにくい所に監視カメラが設置してあったからね。大竹さんは、監視カメラからSDカードを抜き取ったのよ」
「……」
真中さんは目を丸くした。
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