第33話 取り調べ

 まず、取調室に大竹ただおさんを呼んだ。係長と京子が席につき、私と先輩たちはマジックミラー越しに隣の部屋から見ることになった。

「すみませんね、大竹さん。どうしても確認しておきたいことがありましてね」

 係長はそう言って隣りに座る京子に合図をした。

「大竹さん、めぐみがベーベルさんと付き合ってたのを知ってましたよね?」

「おう、いきなりそんなこと訊くのかよ?」

 制止しようとした係長を無視して京子は話を続けていく。

「私は大学内で学生に聞き込みをして、大学院生がベーベルさんと親しげにしているという情報を得ました。前に、あなたはめぐみが誰とも付き合ってないって言いましたよね。あなたがそう断言したから、なんか妙だなと思ったんですよ。例えば、男女が付き合ってることは周りから見てわかるとしても、付き合ってないって、なぜ言い切れるのかなって」

「いや、狭い研究科で、同じく研究を志してる者同士、そういうことはわかってもおかしくはないんじゃないですか」

 大竹助手は襟足を指でなぞりながら答えた。

「ほら、襟足触ってますね。あなた、嘘つく時に襟足を触る癖があるでしょ。あなたのアパートでSDカードのことを尋ねた時も、あなた、襟足を不自然に触ってました」

「あ、いや、それは……」

「目をそらさないで下さい」

「……」

「日の本通販で販売されたデジタルカメラを購入したもう一人の方から、SDカードの提供を受けて、調べました。SDカードは車のドライブレコーダーにセットされて、24時間ずっと映像が記録され続けていました。シャ准教授が亡くなる前からずっとです。つまり、デービスラボの監視カメラに入っていたSDカードは、あなたが購入したデジタルカメラのものしかありえません」

「……」

 大竹助手はうつむいて目を閉じた。

「……黙秘します」

 大竹助手はじっと動かなくなった。

「大竹さん、めぐみに連続殺人の容疑がかかるかもしれません。話してくれませんか」

 大竹助手はすっと顔を上げた。

「……え、真中さんに!?」

「はい。あなたの持っている証拠が、おそらくめぐみを救うことになると思います」

「……」

「めぐみのこと、気になってるんですよね?」

 京子が言うと、係長が即座に反応して、京子の顔を見てから、大竹助手の方を向いた。

「……SDカード、僕のスマホに入ってます」

 大竹助手はポケットからスマホを取り出した。係長はすぐに手袋をはめて、スマホを受け取った。そしてSDカードを外した。

 京子は大竹助手に、アームストロングさん転落死の真相を話した。真中さんがベーベルさんの事件に関係しているかもしれないことも。

 それから、大竹助手は、シャ准教授が亡くなった23日の夜、何があったのかを話し始めた。

「僕は、その日、22時頃まで三階の備品倉庫の整理をしていました。それが終わって、休憩スペースで一息ついていたら、デービス教授が教務棟の向こうの方を歩いて帰って行くのが見えたんです。もうこんな遅い時間なのかと思って、僕も帰宅するためにラボに荷物を取りに行こうとしました。そしたら、真中さんが血相変えてデービスラボから飛び出して行ったんです。なぜ真中さんがラボから出て行ったのか不思議に思って、ラボに入ったんです。デスクの上の物が散らばっていて、床に本が落ちていたりして、研究台の裏を見てみたら、シャ先生が血を流して倒れていました。僕は、どうしようかと思って、デービス教授は普段どおりに帰宅したみたいだったから、きっと真中さんがやったんだと思ったんです。そして、監視カメラのSDカードを抜き取りました。その時、悪魔の囁きって言うんでしょうか、警察の捜査を撹乱できるんじゃないかという悪知恵が頭の中に浮かんできて、黒板に、赤のチョークでCと書きました。連続殺人事件に無理矢理関連づけてやろうと思って……」

 大竹助手は時々若干感情的になったが、落ち着いて語った。

「家に帰ってカメラの映像を確認しました。次の日の朝、駐輪場で飯島さんと偶然会って、一緒にラボへ行きました。シャ先生が倒れているのを見て、僕は飯島さんに千葉ラボから人を呼んできてほしいと頼みました。飯島さんが呼びに行っている間に、予め壊しておいた、デジタルカメラ付属のSDカードを監視カメラに入れました」

「そのSDカードを入れたのは、どうして?」

「たまたま同じメーカー製のSDカードを持っていたし、SDカードが何者かに盗まれたということにしておけば良かったのかもしれませんが、それだったら、大学院の関係者が疑われてしまうと思いました。監視カメラが余所者にわかりにくい所に設置してあるので、SDカードが故障していたということのほうが、ごく自然なのかなと思ったからです」

 大竹さんは真面目に話し続けた。


 大竹さんへの取り調べが終わり、みんなでSDカードの中身を確認するために、鑑識の元で慎重に映像の再生が行われた。

 みんな固唾を呑んで映像を見ていた。

「なるほどな」

「これで、アームストロングさんの事件に続き、シャ准教授の事件も解決したということですね」

「おう、そうだな。じゃ、後は真中めぐみの取り調べだな。お前ら二人に任せるぞ」

 係長は真剣な表情で私と京子にそう告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る