第32話 想定外な報告

 翌朝、私はいつもより一本早い電車に乗って出勤した。課長と係長だけしかいなかった。しばらくすると、他の三人が出勤してきた。

「京子、おはよう」

「おはよー、小春ー、ふあーぁ」

 京子はおおきなあくびをした。

「さあて、捜査をどう進めていくかだな」

 みんなホワイトボードの前で情報を整理し直した。

「村田係長、トム・クーパーさんとジャン・ダントリクさんの警護はもう外してもいいと思いますが」

 課長が係長に尋ねた。

「そうですね。私もそう思います」

「もうー、ABCD順で事件が起こっちゃってるんだしー、その二人は狙われないと思いまーす」

「じゃあ、S県警とフランス警察へそのように伝えてもらいます」

 課長は関係各所へ電話をかけ始めた。

「おう、じゃ、聞き込みに行くか」

 係長がそう言った途端、鑑識係が段ボール箱を抱えて刑事課へ駆け込んできた。

「SDカードのデータの復元と、◯◯駅前公園の地面に書かれた、にじんで見えなくなってた血文字の解読、完了しました。SDカードですが、データを全てチェックして、常時作動中だったことが確認できました。ドライブレコーダー以外に使われた形跡はありませんでした。それから、シャ・コクリュウさんのパソコンのロックの解除ができました。これが、パソコン内の文書ソフトの内容をプリントアウトした物です。それと、アレック・デービスさんの検死結果です」

 二人の鑑識係はプロフェッショナルな技を誇ることもなく、颯爽と自分らの部署へと戻っていった。

 係長は箱から飛び出しているファイルを取った。

「デービス教授の死亡推定時刻は、23日の午前3時から4時の間、死因は心臓の破裂。おそらく持病の薬、狭心症治療薬のせいらしい」

「それってやっぱり、自殺だったんでしょうか」

 係長は箱から写真が挟まれたクリアーファイルを取り出した。

「おう、これが、血文字で書かれていたのか」

「すごーい、全然見えなくなってたのにー」

「すごいですね。ここまでくっきりとわかるんですね」

「でー、これ、何て意味ですかー」

 鑑識から渡された解析後の現場写真では、「Beantragen」という文字が読み取れた。

「ドイツ語だ。ベアントラーゲン。申請するとかいう意味だ」

「申請する、ですか」

「おう、何か許可とかを得るために、申請するとか提出するとか、そういう感じの意味だ」

「じゃあー、ベーベルさんの頭文字のBじゃなかったってことよねー」

「そうなるな」

 係長は箱からSDカードを取り出した。

「で、これが、雑居ビルの非常階段の映像が記録されているドライブレコーダーのSDカードだ」

「ずっとドライブレコーダーの中で作動していたということは、デービスラボの監視カメラに入っていたSDカードは、大竹ただおの物で確定ですね」

「そうなるな。おう、とりあえず見てみよう」

 係長はパソコンにカードを挿し込んだ。警視庁が開発した映像再生ソフトが自動で開いた。

「おう、映った」

 背中にAの文字のある赤いジャケットを着た外国人男性が雑居ビルの非常階段を上っていくのを確認できた。

「アームストロングだな」

 みんな食らいつくように映像を見た。


 10分くらいで映像は終わった。みんなしばらく無言状態だった。

「……まさかの結果だな」

「はい、まさか、こんなことが……」

 想定外の結末にみんな呆気にとられていた。またしばらく無言が続いた。


 そして係長は最後にシャ准教授がパソコンに残した記録のプリントを手に取った。険しい顔つきで読み終わり、係長はそのプリントを順に回した。順番に読み終えると、みんないろいろと思いを巡らせた。

「シタッパ成分か……」

 

 無言状態がしばらく続いていた中、交通課のまきちゃんがテンションアゲアゲで無線記録を持ってきた。

「京子さーん、お待たせしましたー」

「あー、まきちゃーん、ありがとー」

「おう、磯田、それ何だ?」

「23日のまきちゃんの夜間パトロールの交信記録でーす」

 京子は紙を指でなぞりながらチェックした。

「あー、小春ー、ほら、まきちゃんがめぐみを見つけて、赤色灯をつけて横断者に接近するっていう報告をしたのがー、22時24分。この場所からバス停まではー、えーっと、約300メートル」

「21時半頃にラボのみんなと研究棟を出たのなら、こんな時刻にこの場所を急いで走る必要なんてないわよね」

「小春ー、私ー、解けたかもしれない、この事件」

 みんな無言で私たちの方を向いた。私は京子を見た。真剣な顔つきだった。

「係長ー」

 京子が重い空気を切り開くかのように手を上げた。

「おう、なんだ、磯田」

「あのー、めぐみと大竹ただおを取り調べさせて下さい」

「事件が解けたかもしれないって、言ったよな?」

「はい」

「どういうことだ?」

「はい、でもー、複雑だから説明できません。だから、取り調べをさせて下さい」

 京子は真剣だった。係長は京子の目をじっと見ていた。京子も同じく、いつもキモいと言っている係長を真顔でじっと見ていた。

「どうせSDカードのことを問い詰めなきゃならんしな。わかった。俺も同席する」

 係長は、京子とともに取調室へ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る