第31話 無事保護

 30分くらい経過してから、先輩たちから連絡がきた。

「課長、嶋村です。大学前のエッフェルに来ています。経営者は外国人男性で、その男性は、我々が警察手帳を見せたら、奥から外国人女性を連れてきました。その女性ですが、学生証で身分を確認したところ、ナターリエ・シュルツさんでした」

「おいおい、マジかよ。シュルツさんに怪我や異常はないか? おう、わかった、すぐに連れてきてくれ」

 みんな驚いた。

「え、なぜシュルツさんがそこに……」


 先輩たちがシュルツさんを刑事課に連れてきた。係長が事情聴取することになった。シュルツさんはひどく落ち込んでいるように見えた。だから刑事課で私と京子が横について、コーヒーや紅茶を飲みながら、話を聞いた。

 英語とドイツ語でのやり取りだったので、係長にしか内容がわからなかった。時計を見ると、夕方6時だったので、コンビニでサンドイッチなどを買ってきて、適度に休憩を入れながら事情聴取は続いた。


 それから一時間ほどで事情聴取は終わった。

「フラウ・シュルツは、ベーベルが亡くなって、マスコミが騒ぎ出し、自分も狙われるのではないかと思い始めたらしい。それで、学生寮には戻らず、行きつけだったバー・エッフェルのマスターに相談して、しばらく身を隠すことにしたそうだ。それから、シャ准教授も亡くなり、デービス教授も亡くなり、ますます恐怖を感じてエッフェルから出られなかったということだ。ところが、高木と嶋村が店に来て、マスターが警察に保護してもらったほうがいいだろうと考えて、彼女を説得したそうだ」

「そんな理由が……」

「係長ー、シュルツさんは、ベーベルさんとは付き合ってたんですかー?」

「ちゃんと聞いたよ。彼女は、ベーベルとは付き合っていなかった。同じドイツ出身の単なる留学生仲間だったということだ。ベーベルが誰かと付き合っていたかについては、知らないそうだ」 

「ふーん、わかりましたー」

「だが、ちょっとな……」

 係長はシュルツさんから聞いたことを話し続けた。確証はないがもしかしたらそうなのではないかとシュルツさんが考えて話したことを。


「とりあえず、しばらく、警察で身柄を保護しよう」

「そうですね」

 シュルツさんは大分ほっこりとした表情に変わっていた。そこへ、刑事課の電話が鳴った。

「はい、もしもし、山崎ですが。ああ、はい、はい。わかりました。じゃ、よろしくまた」

「課長ー、何かありましたかー」

「ああ、フランス警察がやっとジャン・ダントリクを保護したそうだ。A、B、C、Dと四人がすでに亡くなった今、トム・クーパーとジャン・ダントリクの保護を継続するかどうか、明日にでも決めなくてはいかん」

「んー、どうするかだな」

 缶コーヒーを飲みながら係長はつぶやいた。

「さてと、フラウ・シュルツを女性用の仮眠室まで案内するかなっと」

 係長が言うと、すぐに京子がシュルツさんの前に立ちはだかり、係長を遮った。

「ダメですー、係長ー。私がシュルツさんを案内しますー」

「おう、こら、県警内で何か起こるわけないだろが」

「女性用の仮眠室ですからー、男性は行ってはいけませーん」

 京子は両腕でX印をつくった。

「さあ、行きましょー、シュルツさーん」

 京子はシュルツさんを連れて行った。


「係長、これからどうします?」

「事件解決の糸口がつかめそうにないな」

「地道に聞き込みを続けるしかありませんね」

 嶋村先輩が言った。

「係長、もしデービス教授が自殺ではなくて、また次に誰かが狙われる可能性は……」

「おう、俺も考えてたんだがな。その心配はないんじゃないか」

「係長、Eをドイツ語ではどう発音するのでしょうか?」

「Eは、エーと発音する」

「エー、ですか。イーじゃなくて、エーなんですか。ということは、飯島さんは無関係だし。大学院関係者の中には、エーという発音で始まる人はいませんね」

「おう、だから、これ以上犠牲者は出ないはずだ」

 そこまで考えていたとはさすがは係長だなと私は思った。

「係長、もう一つひっかかるんですよね」

「何にだ? 香崎」

「はい、大竹ただおが例のSDカードの件に絡んでいるのは確かなんでしょうけど、それなら、なぜ急に身の危険を感じるようになったのでしょうか。犯人と共犯関係にあるのか、それとも……」

「おう、どうだろうな」

「しかも、真中さんも、急に警察に保護を求めてきましたし」

「そうだな」

「まだ未解明な部分が多いですね」

 私がふと後ろを見ると、課長が不機嫌な顔をしてパソコンを見ていた。

「ああ、国民放送でも特集やってるな、ABCD殺人事件だと」

 課長はニュース放送を視聴しながらぼやいた。

「ABCD殺人事件ですか、なんか良いタイトルですね」

 高木先輩が素でつぶやいた。みんな一斉に先輩の方を向いた。

「あ、すみません、不謹慎でした」

 みんな疲れが溜まっているようだった。そして京子が戻ってきた。

「おう、もうこんな時間だ。今日はここまでにしよう、また明日な」

 みんな帰宅する準備をし始めた。

「じゃー、お疲れ様でーす」

 京子はそそくさと帰っていった。私はすぐに追いかけた。

「京子、京子、ちょっと、待って。何か用があるんでしょ」

「あ、ごめーん、忘れてたー。めぐみを仮眠室に連れて行った時、交通課のまきちゃんに引き継いだのよ、そしたらさー、まきちゃんが勤務中にめぐみに会ったって言うのよー」

「勤務中に?」

「そうなのよー、まきちゃんが夜勤のパトロールでー、大学近くの道で赤信号を走って横断してためぐみに注意したんだってー。研究で遅くなって、バスに間に合わないから急いでたって言うから、見逃したんだってー。それでさー、調べてみたら、まきちゃんの夜勤は23日だったのよー」

「シャ准教授が亡くなった日ね。それで?」

「めぐみってさあー、おっとりしてるじゃない。だからー、信号無視して走ってたって変なのよねー」

「真中さん、その日は確か、みんなと一緒にラボを出たって……急がなきゃいけなかったのかな」

「そうなのよねー。無線記録が残ってるそうだから、交通課で調べて、刑事課へ報告してほしいって言っておいたのよー」

「そうなの。気になるわね」

 お互いに時計を気にしたので、私と京子はすぐに帰った。

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